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ハルマのお願い

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 ステアデルは暴れるザイラスをものともせず担ぎ上げ、軽く一礼をすると、俺たちの前から去っていった。

 それにしても、獣人ってやっぱりすごい力持ちなんだなって、改めて思う。

 ザイラスは成体の獣人に比べるとまだ小さいけど、それでも俺なんかより全然大きいし、筋肉質だ。

 なのにステアデルはザイラスを重い様子も見せずに持ち上げていた。

 かっけーな!!

 なんて羨望のまなざしで見ていた俺の服の裾を、ハルマが引っ張る。

「ん? ハルマ? どうした??」

「んとね、父上も、出来るよ?」

「……は?」

「父上も、強いよ??」

「……そうだなー。

 父上は強いな!!」

「うん!!!」

 なるほど、ゲルマたん以外の男性に目を奪われていた俺に、ハルマはちょっぴり不安になったらしい。

 まー、ゲルマたんの魅力は可愛くて……うん、可愛くて、可愛いとこだな!!

 かっこよくもあるけど、それは上っ面のとこじゃなくて、ハートの方だからなー。

 見た目も、かっこいいっていうより、とにかく綺麗。

 ……異世界人としても東洋人としてもすべての造作が違っていて他の誰とも比べ物にならないんだよな。

 惚れた欲目かも知んねーけど。

 そう思って改めてゲルマたんを見ると、ちょっぴり嫉妬していたのかジト目で見られた。

 ……何故に。

「弟は、ザイラスは、どうなりますか?」

 しばらく沈黙していたルシアが、ゲルマたんに聞いた。

「……死にはしない。

 しかし、相応の罪は償ってもらわなくてはならぬ。

 ……特に、あのマリモアの白毒を用いたことは許し難い。

 あの毒を大量に飲まされたせいで、私は名も分からぬほどに記憶を葬した。

 死ぬことは無かったとしても、薬の影響で錯乱していてもおかしくはなかったのだ。

 無論……そうなっていたとしたら、首はつながっていなかっただろうが」

 低い声が、ゲルマたんから紡がれた。

 錯乱、してたかもしれないんだ……。

 そんなに、危険だったんだ。

 たぶん俺が心配しないように、皆黙ってくれてたんだな……。

 少なくとも身体的には無事なことが分かってたし、無暗に心を痛めないように、ライフェルトもステアデルもそうしてくれてたんだと分かった。

「も……申し……訳ありません」

 ルシアは蒼白な顔で頭をうなだれた。

 ゲルマたんを救出するまでは対外的には詳しいことは秘匿とされてた。

 ファ・ムフールに送った抗議文も、ザイラスが「王族」を浚った、としか記載していなかったはずだ。

 それが今、ゲルマたんだったと知らされたのだ。

 衝撃は相当なものだろう。

「今、その謝罪は受け付けない」

 ゲルマたんははっきりとこう述べた。

「……また、フェルメンデを嫁すならば、王妃でなければ認めない。

 ハルマの言うことがまことに起きれば、王太子は父親を弑する逆族にしか他ならない……。

 ルシア殿。

 王位を、獲ってみせろ。

 ……謝罪はそれから承ろう」

 うわわわわ!!!

 やばい!!

 やばい!!

 やばい!!

 ステアデルに目を奪われてる場合じゃなかった!!!

 今のゲルマたんは、スゲーカッコイイ!!

 可愛いなんて言ってたバツかな??

 ……キュンキュンする!!

 ずげーキュンキュンする!!

 俺今ぜったい、目がハートマークになってるに違いない!!

 これ以上、俺を惚れさせて、どうすんだ!!

 ゲルマたん!!









 フェルメンデの瞳が、不安と期待できらめいているのが見て取れた。

 なぜ今まで気づかなかったのか、本当に自分の不甲斐なさに情けなくなった。

 私が王位を継いで以来、フェルメンデはいつも私の近くでこの国を支えてきた。

 フェルメンデは誰よりも私を理解し支えてきてくれたのに、私はフェルメンデのことを何一つ分かっていなかったのだ。

 あまり喜怒哀楽をはっきりは見せないフェルメンデだが、心の内は熱い男だと知っていたのに。

 フェルメンデは一礼して辞するルシアを、目で追っていた。

 ハルマはトコトコとルシアを追いかけている。

 ごにょごにょと耳元で何かを囁いている様子だが、どうやらなにかアドバイスをしているらしい。

 フェルメンデのために、私の息子は神すら味方につけているらしい……適うはずがない。

 ハルマを見つめる私に、芳しく愛おしい匂いが近づいてきて、ショージに抱きしめられた。

 抱きしめ返し、首元に顔を埋めると、匂いが一層深くなり、発情期の時の様に私を誘う匂いが私の世界を染め変える。

「ショージ……」

 やわらかい唇を喰むように啄むと、ショージは蕩けるような口付けを返した。

 途端に私の雄が熱をはらむ。

 ………とても夜まで待てそうにない。

 私はショージを抱きかかえると、寝台のある奥の部屋へと下がった。

 

 

 


「ルゥたん、西の道はダメなの。

 悪いウマさんが待ち構えてるの。

 北の道にトラさんが迎えに来るの。

 良いトラさんなの。

 それから丸い街に行かないといけないの。

 シカさんたちに助けを求めないといけないの。

 シカさんたち、今まで虐められてたから、すぐには許してくれないけど、頑張らないと、ダメよ?」

 ハルマ殿下の話は、恐ろしく的確だった。

 確かにこの幼子の言う通り、ルシアは西のルートを辿ろうとしていた。

 そこが一番、目立たず国内へと入国できるルートだからだった。

 しかし、そこに兄の側近のウマ族の侯爵メルティカントが待ち構えている、ということなのだろう。

 北のルートは、正直考える余地がなかった。

 冬が近づいていたし、北のルートはファ・ムフール側から船を出して渡らねば越えられない大河があった。

 トラさんが迎えに来る……ルシアの従兄アシュナーと考えて間違いないだろう。

 私が北のルートを辿る可能性にかけ、船を出してくれているのだろうか?

 ……どちらにしろ、今の私に選択肢はないように思える。

 信じられなくても、ハルマ殿下の説明は、いやというほど今のファ・ムフールの情勢を捕らえていた。

 ショージ王妃が信じたように、信じるしかないのか……。

「ルゥたん、ちゃんとフェルちゃま迎えに来てね?」

 ルシアはハルマ殿下の髪を優しく撫で、そして「……任せておけ!」と、力強く頷いたのだった。



 
  
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