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22話 不器用
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父と話すと決意したものの……正直、怖いものは怖い。
ああ、勇気が欲しい!
父に負けない強い心が。
ついつい、体に力がこもる。
「千尋さん? 私の事を初めて……抱きしめてくれましたね」
耳元でそう囁かれてハッとした。
うわっ、思いっきり先生に抱き着いちゃってたよ!
先生は嬉しそうにほほ笑むと私の頬に自分の頬を寄せた。
眼鏡のフレームが私の顔に軽くあたってカチャッと音をたてる。
「ああ、すみません……やっぱりメガネは不便ですね」
先生はバツが悪そうに苦笑して眼鏡を外した。
私は眼鏡姿の先生、すっごく好きなんだけどな。
「千尋さんと過ごすときはコンタクトじゃないといけませんね」
って……先生、そのセリフはどうかと思いますよ。
キ、キスする気満々じゃないですか!
私は、ソウデスネって同意するわけにもいかずにうつむいた。
「せ、先生は思っていることを言葉にし過ぎです……」
赤く染まった頬に気づかれないように下を向いたまま抗議する。
「千尋さん、男なんて所詮不器用な生き物なんですよ……自分の想いを言葉にする事は得意じゃない。どんなに言葉をつくしても私の想いを全て伝える事は出来ません。だから、態度で示すんです。あなたの事が……かわいくてたまらないって」
そう言って私の頭のてっぺんにキスをしてくれる先生のことが私は……好きで好きでたまらない。
この日の夜は、予想通り蓮がなかなか寝付いてくれなくて私は長い時間、抱っこをするはめになった。
蓮が産まれて、初めて経験する事ばかりで押しつぶされそうになっていた日々の事を思い出す。
ワンオペで苦しかったことは確かだ。
でも今思えばあれは、産後ブルーだったんだろうと思う。
泣きながら『明日も仕事なのになんで寝てくれないの』って呟いたことも何度もあった。
時には叫びだしたくなる事も。
家を飛び出して泣き叫びながらどこかに走って逃げられればどんなに楽だろうと思ったこともある。
全てこの子がいなければ知らなかった事だ。
……小さな体のぬくもりも、柔らかさも、ただ抱いているだけで心が癒されることも。
無条件で守りたいと、心の底から湧き上がってくる深い愛情も全て……蓮が教えてくれた。
私の大事な、愛しい息子。
この子を守りたい。
この子の幸せのために私に何が出来るんだろう?
ぐずる蓮をなんとか寝かしつけて時計を確認したら十一時を過ぎていた。
もう深夜だし、父と話すのは今度にする?
一瞬、そんな考えがよぎったけどダメだ。
今夜、先生の事を聞くって決めたんだから。
今を逃したらきっとこの気持ちは簡単にしぼんでしまう。
よし!
行くぞ!
そう自分に気合を入れて一階の父の書斎に向かった。
緊張しながらドアをノックするとすぐに返事が返ってくる。
「あの、お父さん、今……いい……?」
ドアを開けて中をのぞく。
父はデスクに向かっていた。
パソコンで作業中の様だ。
「なんだ? 蓮の父親について話す気になったのか?」
父は画面を見つめたまま聞く。
「ううん……そうじゃなくって……」
こ、怖い。
怖くてたまらない。
物心ついてから、ずっと父を避けてきた。
こうやって二人っきりで話すのなんて、初めてのことかもしれない。
バカな奴だとあきれられて、大きな声で怒られたらって思うと震えが止まらなくなる。
でも……勇気を出して聞かなくちゃならない。
「あの……あの、ね……ト、トーマ先生の事を教えて欲しいの。先生の家の事」
父はパソコンを操る手を止めて私を見ると、はぁーっと深くため息をついた。
こ、これはやばい感じ?
くだらないことで仕事の邪魔をするなって怒られちゃう?
いつ怒声を浴びてもいいように身構える。
でも、今夜の父は冷静だった。
「冬馬と婚約するというのなら、あいつに直接聞けばいいだろう」
そう言って椅子の背もたれに寄りかかる。
良かった、私の話を聞いてくれるようだ。
「そ、それはそうなんだけど……先生ね、自分を産んでくれたお母さんの事を『私を捨てた母』って言ったの。その時の顔があまりに辛そうで……私、何も聞けなかった。それで気が付いたの。そもそも私、先生の事を知らな過ぎるって」
「しかしな、千尋。知ってどうする?」
「……トーマ先生は子供の頃からずっと、私の支えだった。もし、出来るのならば私も……先生を支えたい。お父さん、お願い。私に話しても大丈夫だと思う事だけでいいから教えて欲しい。お願いします!」
ありったけの勇気を振り絞って頼む。
胸の前で握りしめた手に力が入る。
父は私の頼みを聞いてくれるだろうか?
怖い。
ホントはすぐにでもここから逃げ出したい。
でも……。
父はしばらく考えこんだのち、おもむろに席を立った。
私の体が無意識にビクッと揺れる。
「……少し、待っていなさい」
「う、うん」
父は部屋の奥に向かった。
書庫に囲まれたこの部屋は昔から父の仕事部屋だ。
父がこの部屋で仕事をしている時は静かに過ごさなくてはならない。
それは、我が家の暗黙のルールだった。
子供の頃から私はこの家で息をひそめて過ごしていた気がする。
……まさか自分からこの部屋を訪れる時が来るなんて一年半前の私は想像すらしなかった。
「これに座りなさい」
「え? あ、ありがとう……」
父から渡されたのは、座面が黒い革で出来た折り畳み椅子だった。
私はしばらく悩んでから父のキャスター付きのデスクチェアのそばにその椅子を置いて腰かけた。
今夜は逃げずに、膝を突き合わせてじっくり話を聞きたいんだ。
父は一瞬驚いたような表情を浮かべる。
「……あのな、千尋。冬馬の気持ちまでは話せないぞ。俺はあいつじゃないからな。だから俺が知っている事実だけを話す」
父はひとつ深呼吸をして一息にそう言うと、先生の家族について話し始めた。
先生の両親は、大恋愛の末にお互いの家の反対を押し切って結婚したそうだ。
反対された理由はいろいろあったらしいけど、一番の理由はお母さんがお医者さんだった事。
お父さんからは、いずれ家業を継ぐことが決まっているのだから内助の功を尽くして欲しいと家庭に入ることを求められたけどお母さんは聞き入れなかった。
「三十年程前の話だ。今とは違う。結婚した女性が自分のやりがいのために仕事を続けることは今以上に難しい時代だった」
先生のお母さんは結婚してからも家庭に入らず仕事を続けた。
……一人息子が産まれても。
「ちょうど同じころに冬馬の父親は若くして会社を継ぐはめになってな。二人は忙しさゆえにすれ違い、衝突し、ついに母親は家を出ていった。冬馬が小学校に入学する前の事だ」
先生が十歳になった頃、突然先生のお父さんが再婚した。
「冬馬には同じ学年の弟が出来た」
ん? 弟なのに、同じ学年……?
「両親はお互いに子連れ再婚でそれぞれの息子は同い年だったんだ。……おまけに翌年には義理の弟も産まれて冬馬は家庭での居場所を失ったと思ったんだろう。……このころから実母の実家に入り浸るようになったらしい。そこでウチの先代と出会ったそうだ」
『ウチの先代』っていうのは、私のお祖父ちゃんのことだ。
父にとっては舅にあたる。
そういえば冬馬先生のお祖父ちゃんと私のお祖父ちゃんが友人だって言っていたっけ?
その縁で、高三の夏休みを福岡の我が家で過ごしたんだった。
……あ、あれ? もう話は終わり?
「えっと、お父さん? 先生の家の家業って何……?」
「お前……本当に何も知らないんだな」
父はあきれたように言う。
「ご、ごめんなさい」
本当の事なので何とも言えないよ。
「冬馬の父親は四宮工建の社長だ」
「え? 四宮工建って、あの大手の!?」
私はびっくりしすぎて思わず大声を出してしまった。
四宮工建っていうのは地元最大手の建設会社だ。
女子大生の頃はアイドルにしか興味がなかった私もフォレストで働いて少しは建設業界に詳しくなった。
郊外の小さな足場屋の事務員にとって四宮工建は雲の上の存在だ。
フォレストなんて四宮工建の下請けの下請け、いわゆる孫請けみたいなもんなのだ。
ま、まま、まさか、冬馬先生があの四宮工建の社長の息子だったなんて……!
「なんだ、お前、四宮工建は知っているのか」
父が珍しいものでも見るように私を見たので、
「まあね、じょ、常識だよ」
と、さも昔から知っていたかのように取り繕って答える。
「ふ……ん……、そうか。まあ、本来なら長男である冬馬が四宮工建を継ぐべきなんだろうが、あいつは今俺の事務所にいるからな……」
父はそう言ったっきりまた黙ってしまった。
そういえば先日、玄関で父と先生の会話を盗み聞きした時、元々冬馬先生に事務所を譲るつもりだったと言っていた。
お父さんは多分、冬馬先生の事をかなり気に入っている。
仕事が出来るっていう事だけじゃなく、高校生の頃から面倒を見ているんだもん。
どこか、息子の様に思っている部分があるのかも知れない。
二人の歯に衣着せぬ会話を聞いていても、気の置けない仲だという事が分かる。
我が家は娘しかいないから事務所を継がせるためにお姉ちゃんと先生を結婚させるつもりだったんだろう。
でも、その話は私の『偽装駆け落ち』のせいで流れてしまった……‥。
だから、今回、冬馬先生と私の婚約話が持ち上がった事は父にとって悪い話ではないはずだ。
……それで、機嫌がいいのかな?
こんな風にわざわざ時間を割いて話をしてくれるのは、結局私がお父さんの思い通りになっているから?
それとも、冬馬先生が言うように父も思っていることを上手く言葉に出来ない不器用な男なの?
その不器用さゆえに私たち親子は今まで分かり合えなかったんだろうか……?
『千尋さんの事を大切に思っているのなら、本人にそう伝えたらいいのに』
『それが出来たら苦労しないよ』
あの夜、漏れ聞こえた父の声があまりに弱々しかった事を思い出して、本当は父にも弱いところがあるのかも知れないと私は初めて気が付いた。
ああ、勇気が欲しい!
父に負けない強い心が。
ついつい、体に力がこもる。
「千尋さん? 私の事を初めて……抱きしめてくれましたね」
耳元でそう囁かれてハッとした。
うわっ、思いっきり先生に抱き着いちゃってたよ!
先生は嬉しそうにほほ笑むと私の頬に自分の頬を寄せた。
眼鏡のフレームが私の顔に軽くあたってカチャッと音をたてる。
「ああ、すみません……やっぱりメガネは不便ですね」
先生はバツが悪そうに苦笑して眼鏡を外した。
私は眼鏡姿の先生、すっごく好きなんだけどな。
「千尋さんと過ごすときはコンタクトじゃないといけませんね」
って……先生、そのセリフはどうかと思いますよ。
キ、キスする気満々じゃないですか!
私は、ソウデスネって同意するわけにもいかずにうつむいた。
「せ、先生は思っていることを言葉にし過ぎです……」
赤く染まった頬に気づかれないように下を向いたまま抗議する。
「千尋さん、男なんて所詮不器用な生き物なんですよ……自分の想いを言葉にする事は得意じゃない。どんなに言葉をつくしても私の想いを全て伝える事は出来ません。だから、態度で示すんです。あなたの事が……かわいくてたまらないって」
そう言って私の頭のてっぺんにキスをしてくれる先生のことが私は……好きで好きでたまらない。
この日の夜は、予想通り蓮がなかなか寝付いてくれなくて私は長い時間、抱っこをするはめになった。
蓮が産まれて、初めて経験する事ばかりで押しつぶされそうになっていた日々の事を思い出す。
ワンオペで苦しかったことは確かだ。
でも今思えばあれは、産後ブルーだったんだろうと思う。
泣きながら『明日も仕事なのになんで寝てくれないの』って呟いたことも何度もあった。
時には叫びだしたくなる事も。
家を飛び出して泣き叫びながらどこかに走って逃げられればどんなに楽だろうと思ったこともある。
全てこの子がいなければ知らなかった事だ。
……小さな体のぬくもりも、柔らかさも、ただ抱いているだけで心が癒されることも。
無条件で守りたいと、心の底から湧き上がってくる深い愛情も全て……蓮が教えてくれた。
私の大事な、愛しい息子。
この子を守りたい。
この子の幸せのために私に何が出来るんだろう?
ぐずる蓮をなんとか寝かしつけて時計を確認したら十一時を過ぎていた。
もう深夜だし、父と話すのは今度にする?
一瞬、そんな考えがよぎったけどダメだ。
今夜、先生の事を聞くって決めたんだから。
今を逃したらきっとこの気持ちは簡単にしぼんでしまう。
よし!
行くぞ!
そう自分に気合を入れて一階の父の書斎に向かった。
緊張しながらドアをノックするとすぐに返事が返ってくる。
「あの、お父さん、今……いい……?」
ドアを開けて中をのぞく。
父はデスクに向かっていた。
パソコンで作業中の様だ。
「なんだ? 蓮の父親について話す気になったのか?」
父は画面を見つめたまま聞く。
「ううん……そうじゃなくって……」
こ、怖い。
怖くてたまらない。
物心ついてから、ずっと父を避けてきた。
こうやって二人っきりで話すのなんて、初めてのことかもしれない。
バカな奴だとあきれられて、大きな声で怒られたらって思うと震えが止まらなくなる。
でも……勇気を出して聞かなくちゃならない。
「あの……あの、ね……ト、トーマ先生の事を教えて欲しいの。先生の家の事」
父はパソコンを操る手を止めて私を見ると、はぁーっと深くため息をついた。
こ、これはやばい感じ?
くだらないことで仕事の邪魔をするなって怒られちゃう?
いつ怒声を浴びてもいいように身構える。
でも、今夜の父は冷静だった。
「冬馬と婚約するというのなら、あいつに直接聞けばいいだろう」
そう言って椅子の背もたれに寄りかかる。
良かった、私の話を聞いてくれるようだ。
「そ、それはそうなんだけど……先生ね、自分を産んでくれたお母さんの事を『私を捨てた母』って言ったの。その時の顔があまりに辛そうで……私、何も聞けなかった。それで気が付いたの。そもそも私、先生の事を知らな過ぎるって」
「しかしな、千尋。知ってどうする?」
「……トーマ先生は子供の頃からずっと、私の支えだった。もし、出来るのならば私も……先生を支えたい。お父さん、お願い。私に話しても大丈夫だと思う事だけでいいから教えて欲しい。お願いします!」
ありったけの勇気を振り絞って頼む。
胸の前で握りしめた手に力が入る。
父は私の頼みを聞いてくれるだろうか?
怖い。
ホントはすぐにでもここから逃げ出したい。
でも……。
父はしばらく考えこんだのち、おもむろに席を立った。
私の体が無意識にビクッと揺れる。
「……少し、待っていなさい」
「う、うん」
父は部屋の奥に向かった。
書庫に囲まれたこの部屋は昔から父の仕事部屋だ。
父がこの部屋で仕事をしている時は静かに過ごさなくてはならない。
それは、我が家の暗黙のルールだった。
子供の頃から私はこの家で息をひそめて過ごしていた気がする。
……まさか自分からこの部屋を訪れる時が来るなんて一年半前の私は想像すらしなかった。
「これに座りなさい」
「え? あ、ありがとう……」
父から渡されたのは、座面が黒い革で出来た折り畳み椅子だった。
私はしばらく悩んでから父のキャスター付きのデスクチェアのそばにその椅子を置いて腰かけた。
今夜は逃げずに、膝を突き合わせてじっくり話を聞きたいんだ。
父は一瞬驚いたような表情を浮かべる。
「……あのな、千尋。冬馬の気持ちまでは話せないぞ。俺はあいつじゃないからな。だから俺が知っている事実だけを話す」
父はひとつ深呼吸をして一息にそう言うと、先生の家族について話し始めた。
先生の両親は、大恋愛の末にお互いの家の反対を押し切って結婚したそうだ。
反対された理由はいろいろあったらしいけど、一番の理由はお母さんがお医者さんだった事。
お父さんからは、いずれ家業を継ぐことが決まっているのだから内助の功を尽くして欲しいと家庭に入ることを求められたけどお母さんは聞き入れなかった。
「三十年程前の話だ。今とは違う。結婚した女性が自分のやりがいのために仕事を続けることは今以上に難しい時代だった」
先生のお母さんは結婚してからも家庭に入らず仕事を続けた。
……一人息子が産まれても。
「ちょうど同じころに冬馬の父親は若くして会社を継ぐはめになってな。二人は忙しさゆえにすれ違い、衝突し、ついに母親は家を出ていった。冬馬が小学校に入学する前の事だ」
先生が十歳になった頃、突然先生のお父さんが再婚した。
「冬馬には同じ学年の弟が出来た」
ん? 弟なのに、同じ学年……?
「両親はお互いに子連れ再婚でそれぞれの息子は同い年だったんだ。……おまけに翌年には義理の弟も産まれて冬馬は家庭での居場所を失ったと思ったんだろう。……このころから実母の実家に入り浸るようになったらしい。そこでウチの先代と出会ったそうだ」
『ウチの先代』っていうのは、私のお祖父ちゃんのことだ。
父にとっては舅にあたる。
そういえば冬馬先生のお祖父ちゃんと私のお祖父ちゃんが友人だって言っていたっけ?
その縁で、高三の夏休みを福岡の我が家で過ごしたんだった。
……あ、あれ? もう話は終わり?
「えっと、お父さん? 先生の家の家業って何……?」
「お前……本当に何も知らないんだな」
父はあきれたように言う。
「ご、ごめんなさい」
本当の事なので何とも言えないよ。
「冬馬の父親は四宮工建の社長だ」
「え? 四宮工建って、あの大手の!?」
私はびっくりしすぎて思わず大声を出してしまった。
四宮工建っていうのは地元最大手の建設会社だ。
女子大生の頃はアイドルにしか興味がなかった私もフォレストで働いて少しは建設業界に詳しくなった。
郊外の小さな足場屋の事務員にとって四宮工建は雲の上の存在だ。
フォレストなんて四宮工建の下請けの下請け、いわゆる孫請けみたいなもんなのだ。
ま、まま、まさか、冬馬先生があの四宮工建の社長の息子だったなんて……!
「なんだ、お前、四宮工建は知っているのか」
父が珍しいものでも見るように私を見たので、
「まあね、じょ、常識だよ」
と、さも昔から知っていたかのように取り繕って答える。
「ふ……ん……、そうか。まあ、本来なら長男である冬馬が四宮工建を継ぐべきなんだろうが、あいつは今俺の事務所にいるからな……」
父はそう言ったっきりまた黙ってしまった。
そういえば先日、玄関で父と先生の会話を盗み聞きした時、元々冬馬先生に事務所を譲るつもりだったと言っていた。
お父さんは多分、冬馬先生の事をかなり気に入っている。
仕事が出来るっていう事だけじゃなく、高校生の頃から面倒を見ているんだもん。
どこか、息子の様に思っている部分があるのかも知れない。
二人の歯に衣着せぬ会話を聞いていても、気の置けない仲だという事が分かる。
我が家は娘しかいないから事務所を継がせるためにお姉ちゃんと先生を結婚させるつもりだったんだろう。
でも、その話は私の『偽装駆け落ち』のせいで流れてしまった……‥。
だから、今回、冬馬先生と私の婚約話が持ち上がった事は父にとって悪い話ではないはずだ。
……それで、機嫌がいいのかな?
こんな風にわざわざ時間を割いて話をしてくれるのは、結局私がお父さんの思い通りになっているから?
それとも、冬馬先生が言うように父も思っていることを上手く言葉に出来ない不器用な男なの?
その不器用さゆえに私たち親子は今まで分かり合えなかったんだろうか……?
『千尋さんの事を大切に思っているのなら、本人にそう伝えたらいいのに』
『それが出来たら苦労しないよ』
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