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24話 約束
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「千尋ちゃん、何、その顔!? どーしたの!?」
翌日、泣きはらした目で出勤したら事務所で朝のコーヒーを飲んでいたチカさんにびっくりされてしまった。
「誰かに泣かされた?」
って、チカさん……。
子供じゃないんだから。
「大丈夫です。ちょっと感動することがあっただけで……それより、チカさん早く現場に行かないと! けっこうヤバイ時間ですよ!」
いくら近場と言ってもそろそろ始業時間でしょ?
社会人が遅刻するのはいただけないぞ。
「う、うん、じゃ、行ってくる」
チカさんはあわててコーヒーを飲み干した。
「はい、いってらっしゃい」
私は空になったマグカップを受け取ると笑顔で手を振る。
「千尋ちゃんっ! ランチの時に詳しく聞くからね! 行ってきます!」
チカさんはドタドタと外階段を駆け下りるとバイクにまたがって現場に向かった。
「朝から慌ただしいよね~、ムネチカのヤツ」
入れ替わりにお姉さんがため息をつきながら階段を上ってくる。
「でも、楽しいですよ。こういうの」
「そ? ならいいけど……って千尋ちゃんその顔……」
え? えへへ……。そんなにひどい顔してる?
「誰かに泣かされた?」
って、お姉さん……。
この姉弟、カッコイイ姉とカワイイ弟と見た目は正反対だけど、中身はよく似てる……。
お昼、私はチカさんとお姉さんと食事をしながら、私の婚約相手は父の部下だということや、昨夜ちょっぴり父と和解したことなどを白状させられた。
こうして、一緒に過ごせるのもあと数日。
淋しいな……。
なんて、少し沈んでいたら、
「あ、そういえば千尋ちゃん、今度、僕、長崎市内の現場に行くよ」
ってチカさんが言いだした。
「え? ホント!?」
「……そう、例のシノコウの現場。終わったら一緒に食事しようよ」
「うん、しよう! 食事しよう」
そっか、これからもそうやって会う事は出来るんだ。
「だから、そんな顔しないでよ」
……私、思っていることが、かなり顔に出やすいみたいだ。
チカさんに気をつかわせてしまった。
「うん……ありがとう」
おまけに、こないだから涙腺も緩くなっている。
目じりに浮かぶ涙をハンカチで拭いながら
「へへっ、ヤダな、泣き虫なんてかっこ悪いよね」
と苦笑いを浮かべた。
「ううん、僕は泣き虫な女の子もタイプだよ」
チカさんはそう言うとニヤリと笑った。
「おい、千尋」
夜遅くに帰宅した父が風呂上がりの私を廊下で呼び止めた。
「ほら、これ」
「え? なに……?」
紙袋を手渡される。
「冬馬から預かって来た。……大体、父親を配達員の様に使うってあいつの神経はどうなっているんだ? まったく図太い奴め……」
そうブツブツ言いながら父はリビングに向かう。
「あ、ありがとう」
そう父の背中に声をかけたら振り向かずに軽く右手をあげてリビングに消えていった。
「何だろう?」
私は早速二階の自室に戻ると紙袋を開けてみる。
「え? これ……」
中身はハンドクリームとゴム手袋、エプロン、リップクリーム。
そういえばくれるって言ってたっけ……?
それにしても。
「こんなにかわいいゴム手袋、初めて見たよ……」
水色のロンググローブは肘のあたりはヒラヒラとした水玉模様の布で飾られていて、リボンなんて付いてる。
エプロンもお揃いのデザインのようだ。
よく分からない外国語のラベルがはってある、いかにも高級そうなハンドクリームは、かさついた手にスッと馴染んで、ほんのりアイリスのいい香りがする。
「リップも塗ってみる……?」
鏡の前で唇をなぞると少し荒れた唇が一瞬で潤った。
「すごい……つやつや‥‥‥!? ん?」
紙袋の中にはカードも入っていた。
冬馬先生の少し右上がりの綺麗な文字。
『我が家の大切なハウスキーパーさんへ
あなたの小さくてかわいい手がこれ以上荒れない様に
今度私がクリームを塗って差し上げますね』
って!
これ、絶対わざと書いてるよね!
あの人、私が顔を真っ赤にして照れるのを楽しんでるふしがあるもん。
あああっ、もう。
こんなプレゼント……!
嬉しいに決まってる!
にしてもこれ……先生が自分で選んだのかなぁ……?
一体どういう顔して買ったんだろ?
ふふふっ、想像したらおかしい。
とりあえず、お礼の気持ちを伝えよう。
私は先生にメッセージを送ることにした。
スマホを片手にゴロンとお布団に寝ころぶ。
隣に敷いたベビー布団ではすでに蓮が深い眠りについている。
よしっ、
は、初めてのメッセージだ……。
き、緊張する……!
何度か書いては消してやっと完成した文章は……。
『先生、こんばんは。
プレゼント
ありがとうございました。
大事に使います』
う、うーん、無難……?
よ、よーし。
「送信っ! っと……」
震える人差し指で送信マークを押す。
は、初めて先生にメッセージを送ってしまったよ……!
……早く既読にならないかなぁ……。
しばらく緊張しながらスマホを眺めていたら……。
き、既読になったぁぁぁぁ!!
ど、どうしよう、既読になったよぉぉ!
すぐに通知音がして先生からの返信が表示された。
『喜んでいただけたのなら嬉しいです。
来週からよろしくお願いしますね』
うわぁ! 先生からお返事を貰ってしまった!
私は嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちで布団の上でバタバタする。
なんだろう? メッセージアプリがこんなにもどかしいものだとは、今まで知らなかった。
でも……好きな人と寝る前にこうやってメッセージを送りあうの、ずっと憧れてたんだよっ!
少女漫画みたいな初恋をすっ飛ばして母親になってしまった私にとって、こういうちょっとした瞬間が楽しくってたまらない。
私、今、恋してる。
『千尋さん?』
あ、ヤバイ。
先生の返信を既読スルーしちゃってたよ。
『よろしくお願いします』って入力しようとしていたら、また先生からメッセージが届いた。
『声が聞きたいです。
電話してもいいですか?』
せ、先生……!
こんなこと書かれたら鼓動が更に早くなる。
私も、先生の声が聞きたいよ……。
あ、でも着信音で蓮が起きちゃうから……。
私は体を起こすと布団の上で正座する。
心臓が口から飛び出してしまうんじゃないかってほどドキドキしながら先生に電話をかけた。
一回目のコールが鳴り終わる前に先生は電話に出てくれた。
「千尋さん……!? こんばんは」
先生の低い声が耳元で優しく響く。
とたんに胸がギュッと苦しくなった。
この声、大好き……。
先生の事が大好き。
「こっ、こんばんは。トーマ先生……あの、ありがとうございました」
「千尋さん、カードにも書きましたが……ハンドクリーム、今度、塗って差し上げますね」
先生に隅々まで手を触られるなんて想像するだけで頬が火照る。
「じ、自分で塗れますからっ……!」
「遠慮なさらず……私が塗って差し上げたいんです」
え、遠慮ではないんだけど。
でも、嬉しいかも……?
「あっ、そういえば……先生? これ、先生が選んだんですか? っていうかそもそもハウスキーパーの仕事で使うようなグローブじゃない気がするんですけど……」
先生からゴム手袋をプレゼントするって言われたときは、もっと実用的な味気ないものを想像していたからこんなに素敵なものを貰って驚いた。
「今回のプレゼント、実はプロにお任せしたんです。所長が輸入雑貨を扱っている会社の顧問をしているのでそちらの社長さんにお願いしまして。今度、大切な方に家事を任せる事になったのでその方への贈り物ですと伝えて選んでいただきました」
「た、たた大切な方って……」
先生、そんな言い方をしたら誤解されちゃうんじゃ……?
「嘘は言っておりません」
「…………」
「……千尋さんは私にとって大切な方ですから」
「トーマ先生……」
すぐ耳元でこんなに甘い言葉を囁かれたら、私、ホントに参ってしまう。
先生はどんなつもりで私にこんな事を言うんだろう?
ああ、もう、恋心がつのってしかたがない。
先生に今すぐ会いたいよ。
先生のぬくもりを感じたい。
強く、抱きしめて欲しい。
受話器の向こうで先生がため息をついた。
「……ああ、だめですね」
「……先生?」
「千尋さんから初めて電話を頂けて、なんてすばらしい夜だろうと思っていたのですが……声を聞いたら余計に会いたくなってしまいました」
わたし、私も……会いたいよ……。
「なるべく早く仕事を片付けて会いにゆきます……それか千尋さん、あなたの方から私に……会いに来ていただけますか?」
うん……行く。私、先生に会いにゆくよ。
「その時は私……先生に何かお返しを持って行きますね」
たいしたものは買えないと思うけど、私も先生に何か送りたい。
「お返しなら欲しいものが……ねえ、千尋さん。男性が女性にリップをプレゼントする意味をご存知ですか?」
「え?」
先生の急な質問に戸惑う。
リップのプレゼントに意味なんてあるの?
「『リップのお返しは私に会うたびに少しずつ返して欲しい……』」
少しずつ返すって……?
「『あなたからの口づけで……』」
「……っ、せんせいっ……!」
ちょっ、せ、先生……。
なんてものを私にプレゼントするの……?
わ、私から先生にキ、キスするなんて。
も、もう考えただけで恥ずかしいっ。
「ねぇ、千尋さん、次に会った時、お返しをして頂けませんか?」
そ、そんなぁ……。
何も答えられずに沈黙が続いた。
お互いの呼吸の音だけが、かすかにこだまする。
「千尋さん、どうか……返事を……」
先生の声が打ちひしがれたようにかすれて聞こえる。
「は……い……」
あんまり可哀そうになって、ついそう返事をしてしまった……。
「楽しみにしてます」
次の瞬間には先生の声は歌いだしそうなぐらいに明るくて、先生は役者なんだ! だまされたっ! て気が付いたけど。
もう、後の祭り……。
「じゃ、じゃあ、先生。今夜はこのへんで。お、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい、千尋さん」
これ以上話していると、更に恐ろしい約束をさせられそうで私は慌てて電話を終わらせた。
再び布団に寝ころんでゴロゴロと転がる。
うわぁぁぁぁあ!!
どうするの!? 私!?
先生に会いたいけど会うのが怖いっ!
わ、私からキスすることになっちゃったよぉぉぉお!!
翌日、泣きはらした目で出勤したら事務所で朝のコーヒーを飲んでいたチカさんにびっくりされてしまった。
「誰かに泣かされた?」
って、チカさん……。
子供じゃないんだから。
「大丈夫です。ちょっと感動することがあっただけで……それより、チカさん早く現場に行かないと! けっこうヤバイ時間ですよ!」
いくら近場と言ってもそろそろ始業時間でしょ?
社会人が遅刻するのはいただけないぞ。
「う、うん、じゃ、行ってくる」
チカさんはあわててコーヒーを飲み干した。
「はい、いってらっしゃい」
私は空になったマグカップを受け取ると笑顔で手を振る。
「千尋ちゃんっ! ランチの時に詳しく聞くからね! 行ってきます!」
チカさんはドタドタと外階段を駆け下りるとバイクにまたがって現場に向かった。
「朝から慌ただしいよね~、ムネチカのヤツ」
入れ替わりにお姉さんがため息をつきながら階段を上ってくる。
「でも、楽しいですよ。こういうの」
「そ? ならいいけど……って千尋ちゃんその顔……」
え? えへへ……。そんなにひどい顔してる?
「誰かに泣かされた?」
って、お姉さん……。
この姉弟、カッコイイ姉とカワイイ弟と見た目は正反対だけど、中身はよく似てる……。
お昼、私はチカさんとお姉さんと食事をしながら、私の婚約相手は父の部下だということや、昨夜ちょっぴり父と和解したことなどを白状させられた。
こうして、一緒に過ごせるのもあと数日。
淋しいな……。
なんて、少し沈んでいたら、
「あ、そういえば千尋ちゃん、今度、僕、長崎市内の現場に行くよ」
ってチカさんが言いだした。
「え? ホント!?」
「……そう、例のシノコウの現場。終わったら一緒に食事しようよ」
「うん、しよう! 食事しよう」
そっか、これからもそうやって会う事は出来るんだ。
「だから、そんな顔しないでよ」
……私、思っていることが、かなり顔に出やすいみたいだ。
チカさんに気をつかわせてしまった。
「うん……ありがとう」
おまけに、こないだから涙腺も緩くなっている。
目じりに浮かぶ涙をハンカチで拭いながら
「へへっ、ヤダな、泣き虫なんてかっこ悪いよね」
と苦笑いを浮かべた。
「ううん、僕は泣き虫な女の子もタイプだよ」
チカさんはそう言うとニヤリと笑った。
「おい、千尋」
夜遅くに帰宅した父が風呂上がりの私を廊下で呼び止めた。
「ほら、これ」
「え? なに……?」
紙袋を手渡される。
「冬馬から預かって来た。……大体、父親を配達員の様に使うってあいつの神経はどうなっているんだ? まったく図太い奴め……」
そうブツブツ言いながら父はリビングに向かう。
「あ、ありがとう」
そう父の背中に声をかけたら振り向かずに軽く右手をあげてリビングに消えていった。
「何だろう?」
私は早速二階の自室に戻ると紙袋を開けてみる。
「え? これ……」
中身はハンドクリームとゴム手袋、エプロン、リップクリーム。
そういえばくれるって言ってたっけ……?
それにしても。
「こんなにかわいいゴム手袋、初めて見たよ……」
水色のロンググローブは肘のあたりはヒラヒラとした水玉模様の布で飾られていて、リボンなんて付いてる。
エプロンもお揃いのデザインのようだ。
よく分からない外国語のラベルがはってある、いかにも高級そうなハンドクリームは、かさついた手にスッと馴染んで、ほんのりアイリスのいい香りがする。
「リップも塗ってみる……?」
鏡の前で唇をなぞると少し荒れた唇が一瞬で潤った。
「すごい……つやつや‥‥‥!? ん?」
紙袋の中にはカードも入っていた。
冬馬先生の少し右上がりの綺麗な文字。
『我が家の大切なハウスキーパーさんへ
あなたの小さくてかわいい手がこれ以上荒れない様に
今度私がクリームを塗って差し上げますね』
って!
これ、絶対わざと書いてるよね!
あの人、私が顔を真っ赤にして照れるのを楽しんでるふしがあるもん。
あああっ、もう。
こんなプレゼント……!
嬉しいに決まってる!
にしてもこれ……先生が自分で選んだのかなぁ……?
一体どういう顔して買ったんだろ?
ふふふっ、想像したらおかしい。
とりあえず、お礼の気持ちを伝えよう。
私は先生にメッセージを送ることにした。
スマホを片手にゴロンとお布団に寝ころぶ。
隣に敷いたベビー布団ではすでに蓮が深い眠りについている。
よしっ、
は、初めてのメッセージだ……。
き、緊張する……!
何度か書いては消してやっと完成した文章は……。
『先生、こんばんは。
プレゼント
ありがとうございました。
大事に使います』
う、うーん、無難……?
よ、よーし。
「送信っ! っと……」
震える人差し指で送信マークを押す。
は、初めて先生にメッセージを送ってしまったよ……!
……早く既読にならないかなぁ……。
しばらく緊張しながらスマホを眺めていたら……。
き、既読になったぁぁぁぁ!!
ど、どうしよう、既読になったよぉぉ!
すぐに通知音がして先生からの返信が表示された。
『喜んでいただけたのなら嬉しいです。
来週からよろしくお願いしますね』
うわぁ! 先生からお返事を貰ってしまった!
私は嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちで布団の上でバタバタする。
なんだろう? メッセージアプリがこんなにもどかしいものだとは、今まで知らなかった。
でも……好きな人と寝る前にこうやってメッセージを送りあうの、ずっと憧れてたんだよっ!
少女漫画みたいな初恋をすっ飛ばして母親になってしまった私にとって、こういうちょっとした瞬間が楽しくってたまらない。
私、今、恋してる。
『千尋さん?』
あ、ヤバイ。
先生の返信を既読スルーしちゃってたよ。
『よろしくお願いします』って入力しようとしていたら、また先生からメッセージが届いた。
『声が聞きたいです。
電話してもいいですか?』
せ、先生……!
こんなこと書かれたら鼓動が更に早くなる。
私も、先生の声が聞きたいよ……。
あ、でも着信音で蓮が起きちゃうから……。
私は体を起こすと布団の上で正座する。
心臓が口から飛び出してしまうんじゃないかってほどドキドキしながら先生に電話をかけた。
一回目のコールが鳴り終わる前に先生は電話に出てくれた。
「千尋さん……!? こんばんは」
先生の低い声が耳元で優しく響く。
とたんに胸がギュッと苦しくなった。
この声、大好き……。
先生の事が大好き。
「こっ、こんばんは。トーマ先生……あの、ありがとうございました」
「千尋さん、カードにも書きましたが……ハンドクリーム、今度、塗って差し上げますね」
先生に隅々まで手を触られるなんて想像するだけで頬が火照る。
「じ、自分で塗れますからっ……!」
「遠慮なさらず……私が塗って差し上げたいんです」
え、遠慮ではないんだけど。
でも、嬉しいかも……?
「あっ、そういえば……先生? これ、先生が選んだんですか? っていうかそもそもハウスキーパーの仕事で使うようなグローブじゃない気がするんですけど……」
先生からゴム手袋をプレゼントするって言われたときは、もっと実用的な味気ないものを想像していたからこんなに素敵なものを貰って驚いた。
「今回のプレゼント、実はプロにお任せしたんです。所長が輸入雑貨を扱っている会社の顧問をしているのでそちらの社長さんにお願いしまして。今度、大切な方に家事を任せる事になったのでその方への贈り物ですと伝えて選んでいただきました」
「た、たた大切な方って……」
先生、そんな言い方をしたら誤解されちゃうんじゃ……?
「嘘は言っておりません」
「…………」
「……千尋さんは私にとって大切な方ですから」
「トーマ先生……」
すぐ耳元でこんなに甘い言葉を囁かれたら、私、ホントに参ってしまう。
先生はどんなつもりで私にこんな事を言うんだろう?
ああ、もう、恋心がつのってしかたがない。
先生に今すぐ会いたいよ。
先生のぬくもりを感じたい。
強く、抱きしめて欲しい。
受話器の向こうで先生がため息をついた。
「……ああ、だめですね」
「……先生?」
「千尋さんから初めて電話を頂けて、なんてすばらしい夜だろうと思っていたのですが……声を聞いたら余計に会いたくなってしまいました」
わたし、私も……会いたいよ……。
「なるべく早く仕事を片付けて会いにゆきます……それか千尋さん、あなたの方から私に……会いに来ていただけますか?」
うん……行く。私、先生に会いにゆくよ。
「その時は私……先生に何かお返しを持って行きますね」
たいしたものは買えないと思うけど、私も先生に何か送りたい。
「お返しなら欲しいものが……ねえ、千尋さん。男性が女性にリップをプレゼントする意味をご存知ですか?」
「え?」
先生の急な質問に戸惑う。
リップのプレゼントに意味なんてあるの?
「『リップのお返しは私に会うたびに少しずつ返して欲しい……』」
少しずつ返すって……?
「『あなたからの口づけで……』」
「……っ、せんせいっ……!」
ちょっ、せ、先生……。
なんてものを私にプレゼントするの……?
わ、私から先生にキ、キスするなんて。
も、もう考えただけで恥ずかしいっ。
「ねぇ、千尋さん、次に会った時、お返しをして頂けませんか?」
そ、そんなぁ……。
何も答えられずに沈黙が続いた。
お互いの呼吸の音だけが、かすかにこだまする。
「千尋さん、どうか……返事を……」
先生の声が打ちひしがれたようにかすれて聞こえる。
「は……い……」
あんまり可哀そうになって、ついそう返事をしてしまった……。
「楽しみにしてます」
次の瞬間には先生の声は歌いだしそうなぐらいに明るくて、先生は役者なんだ! だまされたっ! て気が付いたけど。
もう、後の祭り……。
「じゃ、じゃあ、先生。今夜はこのへんで。お、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい、千尋さん」
これ以上話していると、更に恐ろしい約束をさせられそうで私は慌てて電話を終わらせた。
再び布団に寝ころんでゴロゴロと転がる。
うわぁぁぁぁあ!!
どうするの!? 私!?
先生に会いたいけど会うのが怖いっ!
わ、私からキスすることになっちゃったよぉぉぉお!!
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