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28話 告白
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部屋のドアが開いてベッドがきしむ音で目が覚めた。
むせかえるような匂い。
うわ、すっごいお酒くさい。
こんなにプンプン匂わせて……。
相当飲んだんじゃないの?
上半身を起こしてベッドを見たらタツキ君が突っ伏していた。
「タツキ君? 大丈夫!?」
「あれ? チヒロ、いたのか!?……今夜は飲み過ぎた……」
そう話しながらよろよろと体を起こしたタツキ君はベッドの上であぐらをかいた。
「どうしてこんなになるまで飲んだの……!?」
タツキ君は自身の経験もあって、お酒に飲まれることをすごく嫌っている。
いつもはこんな無茶な飲み方をする人じゃないのに。
「ねえ、大丈夫? お水持ってこようか?」
キッチンへ行こうと立ち上がったら、腕を掴まれた。
「タツキ君?」
そう問いかけてもうつむいたまま、返事はない。
「最近変だよ。何かあった?」
タツキ君は何度か口を開いては閉じた。
よっっぽど言い出しづらい事なんだろうか。
「……親父が……」
「うん」
「……親父が、現れた」
「え? タツキ君のお父さんが?」
高校生の頃にお母さんと離婚して、それっきり会っていないと聞いていたけど……。
「あいつ……突然やってきたかと思うと俺の前で泣いたんだ。『今まで父親らしいことをしてやれなくてすまなかった』って。そんなこと言われたら改心したのかと思うだろ? そのくせ次会った時には酔っぱらってて金の無心をして来やがった。俺が高校生の頃、よそに女が出来て家族を捨てたくせに、最近その女と駄目になったらしい。それで金づるを探してるんだろう……もういい加減、俺を解放して欲しいよっ! あいつに振り回されるのはもうたくさんだ!!」
タツキ君は私の腕を離して両手で顔をおおった。
「俺は今更あいつに父親らしさなんて求めてない。もう、何もしてくれなくていい。ただ、俺たちの前から消えてくれれば。……病気でも事故でもいいからいっそ……死んでくれたらいいのに……」
そう涙声で呟く姿があまりに辛そうで見ていられない。
「タツキ君、そんな悲しい事、言わないで……」
「酒さえ飲まなければいい奴なんだ。なのにどうして……!?」
どんなにこれまで苦しめられたとしても、本心はお父さんの事が好きなんだ。
他人の私にすら優しくしてくれる人だもん。
ホントはお父さんの事心配してるし、助けたいと思っている。
でも、それと同じほど強く……憎んでもいるんだ。
父親を憎んだり恨んだりしたい子供なんていない。
本当は、ただ好きでいたいだけなのに……。
私、分かるよ、そのうらはらな気持ち。
自分ではどうしようもない、コントロール出来ない愛憎入り乱れる感情が自分の中で渦巻いている。
それって息が出来ない程、苦しいの。
まるで、溺れそうなほど。
濁った水槽の水面で酸素を求める魚のように、自分のどろどろとした感情に溺れてしまいそうな時がある……。
分かるよ
私達は一緒だ。
タツキ君の大きな体が今日はなんだか頼りない。
こんな時、どんな言葉をかければいいの?
私には分からない。
ただ……。
私はそっとその震える肩に手を置いた。
「タツキ君の気持ち、分かるよ……」
タツキ君はゆっくりと私を見上げ、私の腰に縋るように抱き着いた。
「……チヒロッ……!」
今夜、傷ついたタツキ君の手を払いのけるようなことは出来ない。
「うん……分かってる」
彼は、私の恩人で同志だから……。
「う……わ、頭、いた……」
頭はガンガンとひび割れるように痛く、胃もムカムカして気持ち悪い。
それに、なんだか体中がギシギシする。
もしかしてこれって、二日酔いってやつ……?
重く閉じたまぶたを何とか開けて驚いた。
目の前にあったのはタツキ君の整った寝顔。
うわっ!
思わず大声を出してしまいそうになって私は急いで口をふさいだ。
そ、そうだった! 夕べ私達は……。
私は隣で裸のまま眠るタツキ君を起こさない様にそっとベッドを抜け出し洗面所に向かった。
ふらつきながらもなんとかシャワーを浴びる。
ううっ……気持ち悪い。
も、吐きそう。
せりあげるような吐き気に襲われた私は、すぐにお風呂場を出て、服を身に着けたら濡れた髪のままトイレに駆け込んだ。
「……大丈夫か?」
トイレでもどしているとTシャツに短パン姿のタツキ君がやって来た。
「辛そうだな」
背中をさすろうとしてくれたんだろう。
狭いトイレのドアをめいっぱい開けてわたしのすぐ後ろに座り込んだタツキ君の手が私の背中に触れた。
その瞬間、背中をぞわぞわとした感覚が走って私は思わずのけぞった。
「え……? な、なんで……?」
今まで、タツキ君は大丈夫だったのに。
……タツキ君が、怖い……。
「どうした? 顔色が悪い」
タツキ君の手が私のおでこに伸びる。
私は無意識にその手を払いのけてしまう。
私たちはしばし無言で見つめあった。
さっきからずっと私の手は震えている。
「あ、ごめん……心配してくれてるだけなのに」
私は何とかそう声を絞り出した。
この狭い空間から早く逃げ出したい。
「いや……俺が悪い」
タツキ君はそう言うと少し私から距離を取った。
「夕べはすまなかった。まさか酔っぱらってあんなことをしてしまうなんて……」
タツキ君はお父さんの様にはなりたくないって中学生の頃言っていた。
『俺が怖いのは、大人になって酒の味を覚えたら自分も同じようになるんじゃないかって……それが一番怖い』って。
でも、夕べの事は決してお酒のせいじゃない。
「ううん、酔ってたせいじゃないよ。あれは、私たちにとっては必要な時間だった。ね、そうでしょ?」
そう思っているのに。
「あれ? どうしてだろう?」
震えが止まらない
「……ごめん、チヒロ。本当にごめん。お前を守るって約束したのに俺が傷つけた」
タツキ君はそう言って家を出て行った。
タツキ君は悪くない。
先に約束を破ったのは私だ。
勝手に部屋に入らないという『我が家のルール』を私は破った。
タツキ君に触れたのも私からだった。
それなのに、怖くて仕方がないのは……。
「そ、それから、タツキ君は戻らないの。あの日、私の震えが止まらなかったのは、私がタツキ君に恋を……していなかったからだと思う。あの夜は、お互いに縋れる相手が必要だった。私達は慰めあっただけだったの。だって」
「もういいです。もう、無理して話さなくていい」
泣きながら話す私の体を先生がきつく抱きしめる。
「あなたがあまりに痛々しくて、私まで辛くなる」
冬馬先生……。
「ううん、先生に聞いて欲しい。だってあの夜」
首を少し傾けて振り返るとすぐそばに先生の瞳があった。
私は目をそらさずに告げる。
「あの夜、私達は口づけも交わさなかったんだから……」
恋人ではない私たちが唇を重ねる事はなかった。
「え? と、ということは……?」
途端に先生の目がキョロキョロし始める。
「わ、私っ、キスなんてしたことなかったのに、この間せ、先生がむりやり」
私にとってはあれがファーストキスだったのに!
せ、先生、初心者にあんなすごいキスをするなんて。
先生は私を抱きしめていた腕をほどいて頭を下げた。
「わ、私はなんという事を! すみません、千尋さん。いえ、謝りたいのはキスをした事自体じゃなくて、その、やり方というか、初めてだったらもう少しムードとか……とにかく……申し訳ない」
こんなにうろたえた先生を見るのは初めてかも知れない。
私は涙をぬぐってほほ笑んだ。
「も、もういいです。だって……イヤ、ではなかったし……」
というか、正直、先生とキスできる日が来るなんて思ってもみなかったから、ホントは嬉しいんだ。
今は先生がくれる口づけを喜んで受け入れてる自分がいる。
先生はとたんに真顔になると私に詰め寄った。
「千尋さん、それはどういう意味なのか伺っても?」
い、意味って。
そんなの一つしかないけど、それを告げてもいいのだろうか?
私、もう白状してしまってもいいの?
先生に気持ちを伝えても?
先生以外の人と結婚させられるのが嫌で駆け落ちなんて馬鹿なことをしちゃったけど本当はずっと想っていたって、口にしてもいいんだろうか……?
先生が昔姉と付き合っていて、たとえ私の事を妹だとしか思っていないとしても……?
長年の積もりに積もった想いをすべて吐き出したい。
でも、今の関係が変わるのも怖い。
先生は私の事を甘やかしてくれているけど決して愛しるわけじゃないと思う。
だって偽装婚約だなんて、先生が私の事を何とも思っていないから出来る事じゃない?
先生に恋心を告げても困らせるだけだろうか……。
ああ、でも。
もう、耐えられない。
「せ、先生、私には中学の頃から好きな人がいるって萌ちゃんに聞いたんですよね?」
「ええ……ですから千尋さんと駆け落ちした人がそうなんだと思っていました」
「そうじゃ……なかったの」
じゃあ、私が好きなのは誰なのか?
先生は聞かなかった。
「せ、せんせい……? わっ、わたっ、わたしがっ……」
声がうわずる。
ダメだ。
物凄くドキドキしてきた。
「私が好きなのは……」
心臓の音が聞こえちゃうんじゃないかっていう位にドクドクと脈打っているのを感じる。
「私が……先生、ちょっ、ん…‥‥」
……どうして?
突然先生に唇を奪われて私の頭の中は疑問符でいっぱいになった。
なんで?
「ん、む……ぷはぁっ、せ、んせ」
はげしっ……。
どうして急にスイッチが入ったのか分からないまま先生の深いキスに翻弄される。
「先生っ……はぁっ……はぁ……なんで?」
振り向いたまま唇を合わせるという不自然な体勢からやっと解放された私はぐったりと先生の胸に寄りかかった。
「千尋さん、あなたが誰を想っていようと今、あなたの婚約者は私ですよ。それは忘れない様に」
先生はそう冷たく言い放った。
「先生はどうして私に……こんな事ばかりするんですか?」
「どうしてって……決まっているでしょう?」
以前、偽装とは言え私たちは婚約者なんだからこの距離に慣れて下さいと先生は答えた。
でも、これは恋人が交わすキスでしょ?
「せ、先生は私の事なんて妹としか思っていないくせに」
こんな、まるで愛している人にするような行為は慎んで欲しい。
勘違いさせないで。
「そうですね、妹の様に大切にしてきましたよ。あなたは私の唯一の教え子で妹同然の存在です」
先生はそう言うと私の頭を軽くなでた。
……懐かしい。
「でも……でも私は……先生の事、兄だなんて思ったことない」
「千尋さん?」
私、先生の事が。
私は何度も何度も大きく深呼吸をした。
肺が膨らむたびに肩が上下に揺れる。
もう、心臓が破れそうだ。
今までにないくらいに緊張して体に力が入る。
喉がカラカラに乾いて少しかすれた声で私は告げた。
「……きっ、すきっ。私先生のことが……好き」
むせかえるような匂い。
うわ、すっごいお酒くさい。
こんなにプンプン匂わせて……。
相当飲んだんじゃないの?
上半身を起こしてベッドを見たらタツキ君が突っ伏していた。
「タツキ君? 大丈夫!?」
「あれ? チヒロ、いたのか!?……今夜は飲み過ぎた……」
そう話しながらよろよろと体を起こしたタツキ君はベッドの上であぐらをかいた。
「どうしてこんなになるまで飲んだの……!?」
タツキ君は自身の経験もあって、お酒に飲まれることをすごく嫌っている。
いつもはこんな無茶な飲み方をする人じゃないのに。
「ねえ、大丈夫? お水持ってこようか?」
キッチンへ行こうと立ち上がったら、腕を掴まれた。
「タツキ君?」
そう問いかけてもうつむいたまま、返事はない。
「最近変だよ。何かあった?」
タツキ君は何度か口を開いては閉じた。
よっっぽど言い出しづらい事なんだろうか。
「……親父が……」
「うん」
「……親父が、現れた」
「え? タツキ君のお父さんが?」
高校生の頃にお母さんと離婚して、それっきり会っていないと聞いていたけど……。
「あいつ……突然やってきたかと思うと俺の前で泣いたんだ。『今まで父親らしいことをしてやれなくてすまなかった』って。そんなこと言われたら改心したのかと思うだろ? そのくせ次会った時には酔っぱらってて金の無心をして来やがった。俺が高校生の頃、よそに女が出来て家族を捨てたくせに、最近その女と駄目になったらしい。それで金づるを探してるんだろう……もういい加減、俺を解放して欲しいよっ! あいつに振り回されるのはもうたくさんだ!!」
タツキ君は私の腕を離して両手で顔をおおった。
「俺は今更あいつに父親らしさなんて求めてない。もう、何もしてくれなくていい。ただ、俺たちの前から消えてくれれば。……病気でも事故でもいいからいっそ……死んでくれたらいいのに……」
そう涙声で呟く姿があまりに辛そうで見ていられない。
「タツキ君、そんな悲しい事、言わないで……」
「酒さえ飲まなければいい奴なんだ。なのにどうして……!?」
どんなにこれまで苦しめられたとしても、本心はお父さんの事が好きなんだ。
他人の私にすら優しくしてくれる人だもん。
ホントはお父さんの事心配してるし、助けたいと思っている。
でも、それと同じほど強く……憎んでもいるんだ。
父親を憎んだり恨んだりしたい子供なんていない。
本当は、ただ好きでいたいだけなのに……。
私、分かるよ、そのうらはらな気持ち。
自分ではどうしようもない、コントロール出来ない愛憎入り乱れる感情が自分の中で渦巻いている。
それって息が出来ない程、苦しいの。
まるで、溺れそうなほど。
濁った水槽の水面で酸素を求める魚のように、自分のどろどろとした感情に溺れてしまいそうな時がある……。
分かるよ
私達は一緒だ。
タツキ君の大きな体が今日はなんだか頼りない。
こんな時、どんな言葉をかければいいの?
私には分からない。
ただ……。
私はそっとその震える肩に手を置いた。
「タツキ君の気持ち、分かるよ……」
タツキ君はゆっくりと私を見上げ、私の腰に縋るように抱き着いた。
「……チヒロッ……!」
今夜、傷ついたタツキ君の手を払いのけるようなことは出来ない。
「うん……分かってる」
彼は、私の恩人で同志だから……。
「う……わ、頭、いた……」
頭はガンガンとひび割れるように痛く、胃もムカムカして気持ち悪い。
それに、なんだか体中がギシギシする。
もしかしてこれって、二日酔いってやつ……?
重く閉じたまぶたを何とか開けて驚いた。
目の前にあったのはタツキ君の整った寝顔。
うわっ!
思わず大声を出してしまいそうになって私は急いで口をふさいだ。
そ、そうだった! 夕べ私達は……。
私は隣で裸のまま眠るタツキ君を起こさない様にそっとベッドを抜け出し洗面所に向かった。
ふらつきながらもなんとかシャワーを浴びる。
ううっ……気持ち悪い。
も、吐きそう。
せりあげるような吐き気に襲われた私は、すぐにお風呂場を出て、服を身に着けたら濡れた髪のままトイレに駆け込んだ。
「……大丈夫か?」
トイレでもどしているとTシャツに短パン姿のタツキ君がやって来た。
「辛そうだな」
背中をさすろうとしてくれたんだろう。
狭いトイレのドアをめいっぱい開けてわたしのすぐ後ろに座り込んだタツキ君の手が私の背中に触れた。
その瞬間、背中をぞわぞわとした感覚が走って私は思わずのけぞった。
「え……? な、なんで……?」
今まで、タツキ君は大丈夫だったのに。
……タツキ君が、怖い……。
「どうした? 顔色が悪い」
タツキ君の手が私のおでこに伸びる。
私は無意識にその手を払いのけてしまう。
私たちはしばし無言で見つめあった。
さっきからずっと私の手は震えている。
「あ、ごめん……心配してくれてるだけなのに」
私は何とかそう声を絞り出した。
この狭い空間から早く逃げ出したい。
「いや……俺が悪い」
タツキ君はそう言うと少し私から距離を取った。
「夕べはすまなかった。まさか酔っぱらってあんなことをしてしまうなんて……」
タツキ君はお父さんの様にはなりたくないって中学生の頃言っていた。
『俺が怖いのは、大人になって酒の味を覚えたら自分も同じようになるんじゃないかって……それが一番怖い』って。
でも、夕べの事は決してお酒のせいじゃない。
「ううん、酔ってたせいじゃないよ。あれは、私たちにとっては必要な時間だった。ね、そうでしょ?」
そう思っているのに。
「あれ? どうしてだろう?」
震えが止まらない
「……ごめん、チヒロ。本当にごめん。お前を守るって約束したのに俺が傷つけた」
タツキ君はそう言って家を出て行った。
タツキ君は悪くない。
先に約束を破ったのは私だ。
勝手に部屋に入らないという『我が家のルール』を私は破った。
タツキ君に触れたのも私からだった。
それなのに、怖くて仕方がないのは……。
「そ、それから、タツキ君は戻らないの。あの日、私の震えが止まらなかったのは、私がタツキ君に恋を……していなかったからだと思う。あの夜は、お互いに縋れる相手が必要だった。私達は慰めあっただけだったの。だって」
「もういいです。もう、無理して話さなくていい」
泣きながら話す私の体を先生がきつく抱きしめる。
「あなたがあまりに痛々しくて、私まで辛くなる」
冬馬先生……。
「ううん、先生に聞いて欲しい。だってあの夜」
首を少し傾けて振り返るとすぐそばに先生の瞳があった。
私は目をそらさずに告げる。
「あの夜、私達は口づけも交わさなかったんだから……」
恋人ではない私たちが唇を重ねる事はなかった。
「え? と、ということは……?」
途端に先生の目がキョロキョロし始める。
「わ、私っ、キスなんてしたことなかったのに、この間せ、先生がむりやり」
私にとってはあれがファーストキスだったのに!
せ、先生、初心者にあんなすごいキスをするなんて。
先生は私を抱きしめていた腕をほどいて頭を下げた。
「わ、私はなんという事を! すみません、千尋さん。いえ、謝りたいのはキスをした事自体じゃなくて、その、やり方というか、初めてだったらもう少しムードとか……とにかく……申し訳ない」
こんなにうろたえた先生を見るのは初めてかも知れない。
私は涙をぬぐってほほ笑んだ。
「も、もういいです。だって……イヤ、ではなかったし……」
というか、正直、先生とキスできる日が来るなんて思ってもみなかったから、ホントは嬉しいんだ。
今は先生がくれる口づけを喜んで受け入れてる自分がいる。
先生はとたんに真顔になると私に詰め寄った。
「千尋さん、それはどういう意味なのか伺っても?」
い、意味って。
そんなの一つしかないけど、それを告げてもいいのだろうか?
私、もう白状してしまってもいいの?
先生に気持ちを伝えても?
先生以外の人と結婚させられるのが嫌で駆け落ちなんて馬鹿なことをしちゃったけど本当はずっと想っていたって、口にしてもいいんだろうか……?
先生が昔姉と付き合っていて、たとえ私の事を妹だとしか思っていないとしても……?
長年の積もりに積もった想いをすべて吐き出したい。
でも、今の関係が変わるのも怖い。
先生は私の事を甘やかしてくれているけど決して愛しるわけじゃないと思う。
だって偽装婚約だなんて、先生が私の事を何とも思っていないから出来る事じゃない?
先生に恋心を告げても困らせるだけだろうか……。
ああ、でも。
もう、耐えられない。
「せ、先生、私には中学の頃から好きな人がいるって萌ちゃんに聞いたんですよね?」
「ええ……ですから千尋さんと駆け落ちした人がそうなんだと思っていました」
「そうじゃ……なかったの」
じゃあ、私が好きなのは誰なのか?
先生は聞かなかった。
「せ、せんせい……? わっ、わたっ、わたしがっ……」
声がうわずる。
ダメだ。
物凄くドキドキしてきた。
「私が好きなのは……」
心臓の音が聞こえちゃうんじゃないかっていう位にドクドクと脈打っているのを感じる。
「私が……先生、ちょっ、ん…‥‥」
……どうして?
突然先生に唇を奪われて私の頭の中は疑問符でいっぱいになった。
なんで?
「ん、む……ぷはぁっ、せ、んせ」
はげしっ……。
どうして急にスイッチが入ったのか分からないまま先生の深いキスに翻弄される。
「先生っ……はぁっ……はぁ……なんで?」
振り向いたまま唇を合わせるという不自然な体勢からやっと解放された私はぐったりと先生の胸に寄りかかった。
「千尋さん、あなたが誰を想っていようと今、あなたの婚約者は私ですよ。それは忘れない様に」
先生はそう冷たく言い放った。
「先生はどうして私に……こんな事ばかりするんですか?」
「どうしてって……決まっているでしょう?」
以前、偽装とは言え私たちは婚約者なんだからこの距離に慣れて下さいと先生は答えた。
でも、これは恋人が交わすキスでしょ?
「せ、先生は私の事なんて妹としか思っていないくせに」
こんな、まるで愛している人にするような行為は慎んで欲しい。
勘違いさせないで。
「そうですね、妹の様に大切にしてきましたよ。あなたは私の唯一の教え子で妹同然の存在です」
先生はそう言うと私の頭を軽くなでた。
……懐かしい。
「でも……でも私は……先生の事、兄だなんて思ったことない」
「千尋さん?」
私、先生の事が。
私は何度も何度も大きく深呼吸をした。
肺が膨らむたびに肩が上下に揺れる。
もう、心臓が破れそうだ。
今までにないくらいに緊張して体に力が入る。
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