ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

文字の大きさ
30 / 46

29話 妹

しおりを挟む
 二人の間に沈黙が落ちる。
 先生が好き。
 この想いはもう、隠せないほどに膨らんでいる。
……先生は? 
 先生は私の事どう思ってるの?
 答えが、欲しい。
 でも……。
 決定的な否定の言葉を告げられるのが怖くて私はうつむいた。
 つい想いを口にしてしまったけど、さっき、先生は私の事をはっきりと教え子で妹同然の存在だって言った。
 それって、よく考えたら告白する前に振られている様なものじゃん!
 うう、私は相変わらず大バカだ……。
 もうっ、はずかしい!
 告白なんてしなきゃよかったよ。
 どうしていつも勢いだけで突っ走っちゃうんだろう?
 私の悪い癖だ。
 私はガーゼケットを持ち上げ顔をうずめた。
 穴があったら入りたいっ……!
「せ、先生っ、ごめんなさい! あ、あの、さっきの言葉は忘れて下さい。ど、どうか、な、なかったことに……先生はお姉ちゃんと付き合ってたわけだし、私の想いなんて迷惑以外の何物でもないのに……」
 私の言葉に先生はハァーッとため息でこたえた。
「忘れろ……? 冗談じゃない。それに千尋さん、私が愛美さんと何ですって? 付き合っていた?」
「う、うん。だって先生、お姉ちゃんとデートしてたよね」
「デートって……勘違いもいいところです。それこそ愛美さんは私にとって姉も同然ですよ。二人で出かけたことがあったとしても、そこに恋愛感情はありません」
 へ? そ、そうなの?
「で、でも、お姉ちゃんが俊哉さんと別れたのは先生との浮気が原因じゃないの?」
「なんですか、それは……? 聞き捨てなりませんね。確かにあの頃、愛美さんは俊哉さん以外の男性と時折連絡を取り合っているようでしたが……」
 てことは、お姉ちゃんの浮気相手は別にいて、冬馬先生とは付き合っていなかったという事……?
 全部、私の早とちりだったの?
「そんなことより、千尋さん……さっきの言葉ですが」
「え? あ、は、はい」
 私は顔を隠したままピンと背筋を伸ばした。
 も、もう、忘れてっ!
 でも、先生は非情にも私の耳元で囁いた。

「忘れることは到底できませんよ」

 先生はそう言ったきり黙って立ち上がった。
 さっきまで温かかった背中が途端にスース―してなんだか心もとない気持ちになる。
 先生はキッチンに向かうとすぐに戻ってきて私の足元にかがみこんだ。
「氷を変えましょう。足に、触りますよ」
「は、はい……」
……き、きまずい。
 先生はケットを少しめくって足にあてていた氷を変えてくれる。
 薬が効いてきたのか、痛みはいくらか治まって来ていた。
「少し、横になるといい……」
 先生に促されて私はまたソファーに寝転がる。
 フカフカのクッションに頭をうずめて、ガーゼケットを鼻のあたりまで引き上げる。
 先生を好きな事、自分でばらしてしまった。
 もう、先生の顔を直視できないよ。
 そんな私の気持ちにはお構いなしに先生は私の枕元の床に座り込んだ。
「ねえ、千尋さん。少しだけ私の昔話にも付き合って頂けませんか?」
 そして、静かに話し始めた。

「あなたが高校三年生の冬休みの事です。その頃、私は法科大学院の一年生で、きたる司法試験に向けて勉強中だったのですが、ある悩みを抱えていました。それは……弁護士にとっての正義とは何なのか? という事」
 弁護士にとっての、正義……?
「子供の頃から弁護士に憧れていたものの、大人になると色々現実が見えてくるものです。……常に正義を追求する検事とは根本的に立場が異なる弁護士になって自分は何がしたいのか? そもそも、人はなぜ間違いを犯すのか? なんと愚かな生き物なのだ、とぐるぐる思い悩むようになってしまって……。煮詰まっていた私は、学校を離れて少し頭を整理したいと、久しぶりに長崎に帰省することにしたのです。それで小田桐家を訪れたら、千尋さん、あなたが所長から大目玉をくらっているところで……」
 お、大目玉って……!
 な、何やったんだ? 高三の私っ!?
 何だろう?
 しょっちゅう父に怒られてたから心当たりが多すぎて分からない!
「なんでも、センター試験が控えている友人に予備校をさぼらせてカラオケに行ったとか」
 カラオケって……あ、ああ、あれね!
 でも、中学時代の女友達にどうしてもって泣きつかれて付き合っただけで、私がムリヤリ予備校をさぼらせたわけじゃないよ。
 私は内部進学エスカレーターで女子大に行くことが決まっていたから、誘いやすかったみたい。
 だけど、すぐに父にばれちゃって、めちゃくちゃ怒られてしまったんだよね。
『こんな大事な時期によそ様のお嬢さんを連れ出すなんて何を考えているんだ!!』
 って、そりゃもうすごい剣幕で怒鳴られた。
 私、悪気は全然なかったんだけどな……。
「その時の私はとりあえず所長の怒りをおさめようと必死でなだめただけなのですが、後で千尋さんにお礼として言われた言葉で……気が付いたんです」

『私、バカだし、勢いだけで突っ走っちゃうから、いつも失敗ばかりしてる。でもね、私なりにちゃんと理由があるの……今日、友達とカラオケに行ったのは、あの子が勉強に煮詰まっちゃってて息抜きが必要だと思ったから。それに、これからが受験本番だもん。テストが始まっちゃえば、もう卒業までお互いこんな時間は取れないでしょ? 大学が決まれば私達すぐにバラバラになっちゃう。カラオケなんてお父さんにとってはつまらない遊びかもしれないけど、私にとっては友達と過ごす大切な時間なの。私、間違う事も多いけど、一瞬一瞬を必死に生きてるだけ。ただ、幸せになりたいだけなのに……。いつも、お父さんには分かってもらえなくて、怒らてしまう。で、でもね、今日は先生が私の味方をしてくれて嬉しかったよ。バカな私でも見捨てないでくれる人がいると思うだけで、嬉しかった』

「……あなたのこの言葉が私の悩みに対する答えだと思いました」
 冬馬先生……。
「あなたが私に教えてくれたんです。……この時、私はやはり、弁護士を目指そうと心に誓いました。そして、あなたは私にとって『特別な人』になった……あなたの友人がなぜあなたを誘ったのか、同じ様に煮詰まっていた私には分かります。私も……きっと、あなたに癒されたくて長崎に戻って来たのだから」
 せ、先生っ? そ、それってどういう意味……!?
 先生をじっと凝視していたらプッと吹き出されてしまった。
「千尋さん、目を見開き過ぎて目の玉が落ちそうです……」
 だ、だだだ、だって、『特別な人』だなんて言うから、びっくりしちゃって……。
 先生は、なおもおかしそうに笑っている。
「そ、そんな変な顔してる?」
「いいえ、とってもかわいらしいですよ」
 も、もうっ、先生ったら、こんなときにまでカワイイだなんて……。
「千尋さん、もっとちゃんと顔を見せて下さい……あなたの顔が見たい」
 先生はそう言って私の方に手を伸ばした。
 そっとケットをまくって私の頬に触れる。
 先生の指先が触れたとたん、心臓が敏感に反応して鼓動が早まった。
 私は続きが聞きたくて息を詰める。
「あなたの困った顔も、泣き顔も、もちろん喜ぶ顔も全部、見たい。これからもずっと……見ていたい」
「先生……」
「不思議ですね。初めて会った時、あなたは五歳も年下の小さな女の子だったのに。今はこんなに綺麗な女性になって……私には眩しいくらいです。私にとってあなたはもう……妹なんかじゃない」
 せ、せんせいっ……!
 涙が勝手に浮かんできて先生の姿がにじむ。
 先生はそっと目じりにキスをして続けた。
「……以前あなたに、どうしてキスをするのかと聞かれて、お互いに気持ちが良ければそれでいいでしょう、と答えたことがありましたね。でも、もう嘘はつけません。千尋さんにキスをするのはただ私が……触れたいから。あなたにどうしても触れたい。その気持ちを抑えられないんです」
 私も! 私もいつでも先生に触れたいし、触れて欲しいって思ってる!
 私は痛む足も気にせず起き上がると転がるようにソファーから降りて床に座る先生の首に抱き着いた。
「せんせいっ! トーマ先生っ!」
 先生は私を抱きとめ、耳元で優しく囁いた。
「好きですよ、千尋さん。あなたの事が、好きで好きで……たまらない」
「せ、せんせっ、わ、わたしっ……」
 も、もう、頭が混乱して。
 どうにかなりそうっ!
 先生はくすっと笑うと私の背中にまわした手に力を込めた。 
「何度でも言います。あなたが……好きだ。あなたはもう言って下さらないのですか?」
「わ、私だってっ! 私だって好き、好きだよ。先生の事が好きっ。……ずっと、ずっと好きだった……!」
「ああ、私が一番……聞きたかった言葉です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ
恋愛
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。 仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。 本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは? ※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。  主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。 ※番外編に入り、百合についても語り始めました。  こちらも独断と偏見が多々あるかもしれないのでご注意ください。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。 ※番外編を随時更新中。

【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。 【追記】本編完結しました

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...