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43話 責任
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懐かしい人を乗せたバイクがフォレストの敷地に入って来た。
駐輪場のチカさんのバイクの横に並んで止まる。
そう、あそこが定位置なのだ。
バイクから降りたその人は、ヘルメットを外し私が座るベンチにまっすぐ向かってくる。
ああ、タツキ君っ、タツキ君だ……!!
相変わらず陽に焼けてる。
洋服を着ていてもその下に綺麗に筋肉がついているのが分かった。
短い髪に精悍な顔立ち。
やっぱりすごく、かっこいい。
あ、でもちょっと痩せた?
久しぶりに会ったタツキ君は少しやつれて見えた。
ずっとスマホでやり取りはしていたけれど、こうして直接会うのは私が妊娠を告げたあの日以来、約一年ぶりだ。
同じ会社で働いているのに、会うのは取引先の営業さんの方が多いっておかしな話だよね。
でも、お父さんの借金の事もあって、タツキ君はとにかく警戒していた。
この一年、私達親子の存在を隠し、陰で支えてくれていたのだ。
私たちの間に恋愛感情はなかったけれど、それでも私や蓮にとって大切な人に変わりない。
「チヒロ」
「タツキ君……」
私の声がかすかに震える。
様々な感情がこみ上げてきて、頭の整理がつかない。
ただ、言えることは……会いたかった、会いたかったよ。
タツキ君が無事でホントに良かった。
私は潤んだ瞳で近づいてくるタツキ君を見上げた。
その時、チカさんがタツキ君の進路をふさぐように私の前に立ちはだかった。
「チカ」
タツキ君の歩みが止まる。
「タツキ、お前っ……! いくら親父さんの入院でパニクッてたとはいえ、スマホの充電はしろよ、お前に何かあったんじゃないかって皆、心配……したんだからな」
チカさんはこぶしをグッと握るとタツキ君の胸にコツンと当てた。
タツキ君、チカさんは本当に心配してたんだよ。
タツキ君と連絡がとれなくなったあの日、チカさんは市内の実家に無事を確認しに大雨の中、飛んで行ったんだから。
二人は高一からの親友なんだもん。
固い絆で結ばれているんだ。
「チカ……すまない。本当に悪かった。心配させて」
「いや……でも、まあ、親父さんの病気はお前のせいじゃないし、こっちが勝手に勘違いしちゃったワケで……。とにかく、今日は久しぶりにお前の顔が見れて安心したよ」
二人はお互い照れ臭そうに微笑んだ。
「親父さんの容態は大丈夫なのか?」
「ああ、最近は少し落ち着いているから」
「そうか、それは良かった」
そう会話を交わしながら、タツキ君はふとベンチに座る私の足元に視線を落とした。
「チヒロッ、お前、その足っ!……まさか、親父にやられたのか!?」
タツキ君は凄い勢いでベンチに駆け寄り、私の足元にひざまずいた。
そのあまりの剣幕にひるみそうになる。
でもね。
タツキ君はいつだって私の事を一番に心配してくれる、本当に本当に優しい人なんだ。
どうしてこの人の事を怖いと思ってしまっていたんだろう。
私……もう、ひるまない。
「う、ううんっ、違うの。ちょっと転んじゃったの」
私はそっと足首の包帯をさすった。
「大げさな見た目だけど骨折とかしてないから大丈夫!」
「そうか……今は? 痛くないのか?」
「う、うん。痛くない、ヨ……」
私を見上げるタツキ君の眼差しが優しくてなぜか胸がドキドキしてきた。
あ、あれ? タツキ君ってこんなに甘い声で話す人だった?
な、なんだか以前と違う人みたい……。
「タ、タツキ君っ、私、今」
おもわず声がうわずってしまう。
ダメダメ、ちょっと落ち着こう。
深呼吸、深呼吸。
すぐそばにあるタツキ君の熱い瞳に戸惑いつつ、私は深呼吸を繰り返した。
「落ち着いたか? ちゃんと聞くから、ゆっくり話せ」
「う、うん。私、今……お父さんとね、少しずつ分かりあえてる……と思う。お父さんの厳しさに子供の頃から反発して来たけど、その根底には私の事を心配する親心があったんだって、私も親になってやっと……気づけたの」
「そうか……お前が家に戻って、フォレストも辞める事になったとチカから聞いて心配していたんだ。まさか親父に無理やり連れ戻されたんじゃないかと。もしまた助けが必要ならお前がフォレストに来る今日が最後のチャンスかもしれないと思って、それで……」
そうか、タツキ君。それで今日、私に会いに長崎に来てくれたんだ。
もし、私が困った状況に陥っているのなら再び助け出そうと、そう思ってくれたんだね。
その優しさに涙がこみ上げてくる。
……この人は本当に、なんていい人なんだろう。
一年半前、途方に暮れていた私を救ってくれた。
一緒に暮らしたのは半年位だったけど、私に生活するすべを教えてくれたのは、まぎれもなくタツキ君だ。
「たし……わたしね」
私はこみ上げる思いを抑えきれずに涙を流した。
「私……偽装だったけど、駆け落ちの相手がタツキ君で本当に良かったと思ってる。私を……助けてくれてありがとう」
「チヒロ……」
「私に……蓮を産ませてくれてありがとう」
「……チヒロッ……!」
タツキ君は膝に置いた私の手に自分の手を重ねた。
大きくて温かい……。
「俺の方こそ……お前には感謝してもしきれない! お前は親父の事で傷ついた俺を慰めてくれた……。子供が出来たと分かった時、お前が産みたいと言うのなら好きにさせてやりたいと思ったのは事実だ。でも、あの時の俺は子供を産み、育てることがいかに大変な事か正直全く理解していなかったと思う。それから今までの苦労は遠くにいた俺にも伝わって来たよ。今まで一人で子育てをさせて悪かった。俺は……お前の優しさに甘えて蓮の事を全て背負わせてしまった……」
タツキ君は辛そうに目を伏せた。
「俺はお前に恨まれて当然の仕打ちをした。チヒロに対しても蓮に対してもいかに無責任な事をしてきたのか……」
私は首を横に振って否定する。
タツキ君を恨むだなんてとんでもない。
蓮の事だって、自分で選んだ道だ。
たとえ思いがけないことだったとしても私は自ら望んで母親になったのだ。
今はそう胸をはって言える。
「私が自分で決めた事だもん。タツキ君が責任を感じなくても、大丈夫だよ」
それに、彼には彼の考えがあって私たちは離れていたのだ。
以前タツキ君はこう言った。
『俺はずっと思ってきた。どうしようもない親父ならいない方がましだと。分かってくれ、チカ。近くにいない方がいい事だってあるんだ。……これが、俺の守り方だ』
その言葉の通りに私達を遠くから見守ってくれていたって、私は信じてる。
私の手に重ねられたタツキ君の手を優しく握り返す。
「私達、一緒にはいられなかったけど、離れている間も私はずっと感じてたよ……タツキ君の優しさ。あのアパートに住まわしてくれて、チカさんにお金も渡してくれていたでしょ? タツキ君はちゃんと私達を守ってくれてたよ。だからね……そんなに自分を責めないで」
タツキ君は伏せていた瞳をあげた。
私たちは間近で見つめあう。
「チヒロッ、お前っ……俺を探しにお前が福岡まで来てくれていたって、この間チカから聞いたよ。あてもないのに蓮と二人でっ……。不安だったろうに、こんなバカな男のために、本当にお前……」
タツキ君は繋いだ手に力を込めた。
「お前はなんてやつなんだ……」
そう言ってはぁぁっと大きく深呼吸をした。
え、と……。
こ、これはやっぱり呆れられているんだろうか……?
「あ、あの私、相変わらずバカでごめんね……ホント無鉄砲な事してゴメン。ただ、あの時はタツキ君の事が心配で、私……本当にごめんなさい」
「違う、そうじゃない。お前を責めているんじゃないんだ。俺はね……嬉しかったんだよ、チヒロ。お前が俺の事を案じてくれてたって聞いて心に……温かいものがこみ上げてきた。チヒロと蓮に会いたいと思ったよ。二人の顔が見たいって。俺にとってお前と蓮がどういう存在なのか、やっと分かった気がする。チヒロ、俺……親父の問題が片付いたらちゃんとするから。お前と蓮を迎えに行く。だから、待っててくれないか? 俺に……責任を取らせて欲しい」
タツキ君はそう言って頭を下げた。
「タツキ君……あ、あのね、責任なんて取らなくていいんだよ」
「えーっと、だからさ、つまり……う、ん……」
タツキ君は急に歯切れが悪くなる。
「参ったな……チカ、なんて言えばチヒロに伝わるんだ?」
「え? そんなこと僕に聞かないでよ。千尋ちゃんの鈍さは筋金入りだからね」
に、鈍いってチカさん、悪かったね……。
それにしてもタツキ君は何が言いたいの?
「でもね、タツキ。お前、気づくの遅すぎ」
「遅い?」
タツキ君は私の前にひざまずいたままチカさんを見上げた。
「千尋ちゃん、婚約した」
「こ、婚約って……!? まさか、また無理やりっ?」
「う、ううん、そうじゃなくって。え、と。あの……」
相手は私がずっと好きだった人で……。
そう言いたいけど、当の本人の前で言うのは……恥ずかしいっ。
私はチラッとタツキ君の後ろに立っている冬馬先生を見上げた。
「え?」
タツキ君が私の目線を追って振り返る。
冬馬先生はニコリとそれは美しくほほ笑んだ。
「眞島さん、はじめまして、四宮冬馬と申します」
タツキ君は立ち上がり先生と向かい合う。
うわ、この二人、身長はほぼ変わらないんだ……。
どちらも見上げるほどの高身長だけどその体格の違いから受ける印象は全く異なる。
タツキ君はかなり筋肉質で強そうだ。
対する先生は、スラッとしていて一見ひ弱そう。
だけど、今日の先生はタツキ君以上に……強そうにみえる。
だって、まとっているオーラが圧倒的に怖いんだよ。
先生、唇は弧を描いているけど、瞳は全然笑ってない。
氷の微笑だ。
も、ものすごーく怒ってない?
な、なんで?
「あなたが、チヒロの……?」
「ええ」
「そうか婚約者はチヒロの……『初恋の人』だったのか……」
んん? んんん!?
今のタツキ君の言葉。
ま、また、冬馬先生が私の『初恋の人』だって見破られてる!?
「それなら、遅すぎるのも仕方ないだろ? チカ……」
タツキ君は小声でそう呟いた。
駐輪場のチカさんのバイクの横に並んで止まる。
そう、あそこが定位置なのだ。
バイクから降りたその人は、ヘルメットを外し私が座るベンチにまっすぐ向かってくる。
ああ、タツキ君っ、タツキ君だ……!!
相変わらず陽に焼けてる。
洋服を着ていてもその下に綺麗に筋肉がついているのが分かった。
短い髪に精悍な顔立ち。
やっぱりすごく、かっこいい。
あ、でもちょっと痩せた?
久しぶりに会ったタツキ君は少しやつれて見えた。
ずっとスマホでやり取りはしていたけれど、こうして直接会うのは私が妊娠を告げたあの日以来、約一年ぶりだ。
同じ会社で働いているのに、会うのは取引先の営業さんの方が多いっておかしな話だよね。
でも、お父さんの借金の事もあって、タツキ君はとにかく警戒していた。
この一年、私達親子の存在を隠し、陰で支えてくれていたのだ。
私たちの間に恋愛感情はなかったけれど、それでも私や蓮にとって大切な人に変わりない。
「チヒロ」
「タツキ君……」
私の声がかすかに震える。
様々な感情がこみ上げてきて、頭の整理がつかない。
ただ、言えることは……会いたかった、会いたかったよ。
タツキ君が無事でホントに良かった。
私は潤んだ瞳で近づいてくるタツキ君を見上げた。
その時、チカさんがタツキ君の進路をふさぐように私の前に立ちはだかった。
「チカ」
タツキ君の歩みが止まる。
「タツキ、お前っ……! いくら親父さんの入院でパニクッてたとはいえ、スマホの充電はしろよ、お前に何かあったんじゃないかって皆、心配……したんだからな」
チカさんはこぶしをグッと握るとタツキ君の胸にコツンと当てた。
タツキ君、チカさんは本当に心配してたんだよ。
タツキ君と連絡がとれなくなったあの日、チカさんは市内の実家に無事を確認しに大雨の中、飛んで行ったんだから。
二人は高一からの親友なんだもん。
固い絆で結ばれているんだ。
「チカ……すまない。本当に悪かった。心配させて」
「いや……でも、まあ、親父さんの病気はお前のせいじゃないし、こっちが勝手に勘違いしちゃったワケで……。とにかく、今日は久しぶりにお前の顔が見れて安心したよ」
二人はお互い照れ臭そうに微笑んだ。
「親父さんの容態は大丈夫なのか?」
「ああ、最近は少し落ち着いているから」
「そうか、それは良かった」
そう会話を交わしながら、タツキ君はふとベンチに座る私の足元に視線を落とした。
「チヒロッ、お前、その足っ!……まさか、親父にやられたのか!?」
タツキ君は凄い勢いでベンチに駆け寄り、私の足元にひざまずいた。
そのあまりの剣幕にひるみそうになる。
でもね。
タツキ君はいつだって私の事を一番に心配してくれる、本当に本当に優しい人なんだ。
どうしてこの人の事を怖いと思ってしまっていたんだろう。
私……もう、ひるまない。
「う、ううんっ、違うの。ちょっと転んじゃったの」
私はそっと足首の包帯をさすった。
「大げさな見た目だけど骨折とかしてないから大丈夫!」
「そうか……今は? 痛くないのか?」
「う、うん。痛くない、ヨ……」
私を見上げるタツキ君の眼差しが優しくてなぜか胸がドキドキしてきた。
あ、あれ? タツキ君ってこんなに甘い声で話す人だった?
な、なんだか以前と違う人みたい……。
「タ、タツキ君っ、私、今」
おもわず声がうわずってしまう。
ダメダメ、ちょっと落ち着こう。
深呼吸、深呼吸。
すぐそばにあるタツキ君の熱い瞳に戸惑いつつ、私は深呼吸を繰り返した。
「落ち着いたか? ちゃんと聞くから、ゆっくり話せ」
「う、うん。私、今……お父さんとね、少しずつ分かりあえてる……と思う。お父さんの厳しさに子供の頃から反発して来たけど、その根底には私の事を心配する親心があったんだって、私も親になってやっと……気づけたの」
「そうか……お前が家に戻って、フォレストも辞める事になったとチカから聞いて心配していたんだ。まさか親父に無理やり連れ戻されたんじゃないかと。もしまた助けが必要ならお前がフォレストに来る今日が最後のチャンスかもしれないと思って、それで……」
そうか、タツキ君。それで今日、私に会いに長崎に来てくれたんだ。
もし、私が困った状況に陥っているのなら再び助け出そうと、そう思ってくれたんだね。
その優しさに涙がこみ上げてくる。
……この人は本当に、なんていい人なんだろう。
一年半前、途方に暮れていた私を救ってくれた。
一緒に暮らしたのは半年位だったけど、私に生活するすべを教えてくれたのは、まぎれもなくタツキ君だ。
「たし……わたしね」
私はこみ上げる思いを抑えきれずに涙を流した。
「私……偽装だったけど、駆け落ちの相手がタツキ君で本当に良かったと思ってる。私を……助けてくれてありがとう」
「チヒロ……」
「私に……蓮を産ませてくれてありがとう」
「……チヒロッ……!」
タツキ君は膝に置いた私の手に自分の手を重ねた。
大きくて温かい……。
「俺の方こそ……お前には感謝してもしきれない! お前は親父の事で傷ついた俺を慰めてくれた……。子供が出来たと分かった時、お前が産みたいと言うのなら好きにさせてやりたいと思ったのは事実だ。でも、あの時の俺は子供を産み、育てることがいかに大変な事か正直全く理解していなかったと思う。それから今までの苦労は遠くにいた俺にも伝わって来たよ。今まで一人で子育てをさせて悪かった。俺は……お前の優しさに甘えて蓮の事を全て背負わせてしまった……」
タツキ君は辛そうに目を伏せた。
「俺はお前に恨まれて当然の仕打ちをした。チヒロに対しても蓮に対してもいかに無責任な事をしてきたのか……」
私は首を横に振って否定する。
タツキ君を恨むだなんてとんでもない。
蓮の事だって、自分で選んだ道だ。
たとえ思いがけないことだったとしても私は自ら望んで母親になったのだ。
今はそう胸をはって言える。
「私が自分で決めた事だもん。タツキ君が責任を感じなくても、大丈夫だよ」
それに、彼には彼の考えがあって私たちは離れていたのだ。
以前タツキ君はこう言った。
『俺はずっと思ってきた。どうしようもない親父ならいない方がましだと。分かってくれ、チカ。近くにいない方がいい事だってあるんだ。……これが、俺の守り方だ』
その言葉の通りに私達を遠くから見守ってくれていたって、私は信じてる。
私の手に重ねられたタツキ君の手を優しく握り返す。
「私達、一緒にはいられなかったけど、離れている間も私はずっと感じてたよ……タツキ君の優しさ。あのアパートに住まわしてくれて、チカさんにお金も渡してくれていたでしょ? タツキ君はちゃんと私達を守ってくれてたよ。だからね……そんなに自分を責めないで」
タツキ君は伏せていた瞳をあげた。
私たちは間近で見つめあう。
「チヒロッ、お前っ……俺を探しにお前が福岡まで来てくれていたって、この間チカから聞いたよ。あてもないのに蓮と二人でっ……。不安だったろうに、こんなバカな男のために、本当にお前……」
タツキ君は繋いだ手に力を込めた。
「お前はなんてやつなんだ……」
そう言ってはぁぁっと大きく深呼吸をした。
え、と……。
こ、これはやっぱり呆れられているんだろうか……?
「あ、あの私、相変わらずバカでごめんね……ホント無鉄砲な事してゴメン。ただ、あの時はタツキ君の事が心配で、私……本当にごめんなさい」
「違う、そうじゃない。お前を責めているんじゃないんだ。俺はね……嬉しかったんだよ、チヒロ。お前が俺の事を案じてくれてたって聞いて心に……温かいものがこみ上げてきた。チヒロと蓮に会いたいと思ったよ。二人の顔が見たいって。俺にとってお前と蓮がどういう存在なのか、やっと分かった気がする。チヒロ、俺……親父の問題が片付いたらちゃんとするから。お前と蓮を迎えに行く。だから、待っててくれないか? 俺に……責任を取らせて欲しい」
タツキ君はそう言って頭を下げた。
「タツキ君……あ、あのね、責任なんて取らなくていいんだよ」
「えーっと、だからさ、つまり……う、ん……」
タツキ君は急に歯切れが悪くなる。
「参ったな……チカ、なんて言えばチヒロに伝わるんだ?」
「え? そんなこと僕に聞かないでよ。千尋ちゃんの鈍さは筋金入りだからね」
に、鈍いってチカさん、悪かったね……。
それにしてもタツキ君は何が言いたいの?
「でもね、タツキ。お前、気づくの遅すぎ」
「遅い?」
タツキ君は私の前にひざまずいたままチカさんを見上げた。
「千尋ちゃん、婚約した」
「こ、婚約って……!? まさか、また無理やりっ?」
「う、ううん、そうじゃなくって。え、と。あの……」
相手は私がずっと好きだった人で……。
そう言いたいけど、当の本人の前で言うのは……恥ずかしいっ。
私はチラッとタツキ君の後ろに立っている冬馬先生を見上げた。
「え?」
タツキ君が私の目線を追って振り返る。
冬馬先生はニコリとそれは美しくほほ笑んだ。
「眞島さん、はじめまして、四宮冬馬と申します」
タツキ君は立ち上がり先生と向かい合う。
うわ、この二人、身長はほぼ変わらないんだ……。
どちらも見上げるほどの高身長だけどその体格の違いから受ける印象は全く異なる。
タツキ君はかなり筋肉質で強そうだ。
対する先生は、スラッとしていて一見ひ弱そう。
だけど、今日の先生はタツキ君以上に……強そうにみえる。
だって、まとっているオーラが圧倒的に怖いんだよ。
先生、唇は弧を描いているけど、瞳は全然笑ってない。
氷の微笑だ。
も、ものすごーく怒ってない?
な、なんで?
「あなたが、チヒロの……?」
「ええ」
「そうか婚約者はチヒロの……『初恋の人』だったのか……」
んん? んんん!?
今のタツキ君の言葉。
ま、また、冬馬先生が私の『初恋の人』だって見破られてる!?
「それなら、遅すぎるのも仕方ないだろ? チカ……」
タツキ君は小声でそう呟いた。
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