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2章

3話 そう、こんな事考えたくないけど、その方がいいのかも知れない

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 小浜温泉から車で二十分ほど山道を登って今回の旅の目的地である雲仙地獄に着いた。
 よーし、ついに地獄にやって来たぞ!
 地獄に誘われた時、変な想像をしちゃって笑われたことを思い出す。
 今、考えたら顔から火を噴くほど恥ずかしい……。
 私、ホントに知らないことが多いんだよね……。

 初めての雲仙地獄はアップダウンはあるものの遊歩道が綺麗に整備されていて歩きやすい。
「なんだか……幻想的ですね……」
「そうだね」
 荒々しい山肌のそこかしこからガスが噴き出し、黙々とあがる白煙と大地の熱がここが火山だという事を思い出させる。
 普段目にすることのないむき出しの地球の活動を目の当たりにしてちょっぴり恐ろしくもあった。
 今日はとにかくいい天気で澄んだ青空に立ち上る白い蒸気が良く映える。
「綺麗……」
「ここはね、キリシタン殉教の舞台でもあるんだ」
「こんなに素敵なところなのにそんな歴史が……」
 トシヤさんはホントに物知りだ。
 さすが、小学校の先生。
 今日だって、私が退屈しない様にきっと色々調べて来てくれたんだろうな。
 子供が出来たらいろんなところに子供を連れ出して沢山の事を教えてくれるいいお父さんになりそう……。
 私たちはゆっくりとお糸地獄、大叫喚地獄などを見て回った。

 その後、トシヤさんは仁田峠に連れて行ってくれた。ロープウェイで妙見山頂まで行けるんだけど海抜1300mの高さのゴンドラからの景色は絶景だ。
「あそこに見えているのが平成新山だよ」
 雲仙普賢岳の噴火活動によって出来た平成新山も間近に見ることができた。
 今日は三連休の初日という事もあってどの観光地も家族連れでにぎわっている。
 
「葵ちゃん、ちょっと、疲れちゃったかな?」
 温泉街のホテルに向かう車の中でトシヤさんに声をかけられるまで私は無言だった。
「あ、ごめんなさい……少し考え事をしていました……」
「そう……もうすぐ着くからね」
 せっかく旅行に連れて来て貰ったのに申し訳ないな。
 そう思うけど私、ホントに疲れてしまったみたいだ。
「しばらく目を閉じていてもいいですか」
「いいよ」
 それからホテルに着くまでの数分私はただ瞳を伏せていた。

 さすがに冬休みの初日とあってホテルのロビーも大勢の観光客がひしめいていた。
「うわ、すごい人だね……今日ホテル満室だって」
 思っていた以上に綺麗なロビーで驚いた。
 なんでもこのホテル、親会社が変わって改装後、十月に営業再開したばかりらしい。
「良く予約取れましたね」
「ああ、それはね」
「葵ちゃん!」
 フロントに向かって歩いていたらふいに名前を呼ばれて振り返る。
 あれ? あの女の人……。 
「……ちいちゃん? ちいちゃん!」
「うわぁぁああ! 葵ちゃぁぁあん!! 久しぶりー! 会いたかったよー」
 ロビーのソファに座っていたちいちゃんが立ち上がって駆けて来たので、私も駆け寄ってその小柄な体を抱きしめた。
「ちいちゃん! え? どうしてこんなところに?」
「えへへ……サプライズ?」
 なんと、このホテルを予約してくれていたのはちいちゃんだった!

 ちいちゃん、ちいちゃん! 会いたかったよ!

「え? 葵ちゃん、どうしちゃったの? そんなに驚かせちゃった?」
 ちいちゃんの顔を見たとたんに何だか涙が浮かんできてボロボロ泣いてしまった。
 ちいちゃん、助けてよ。
 頭の中がぐるぐるして苦しいよ。

「チェックインしてきたよ……って葵ちゃん! なんで泣いてるの!?」
 トシヤさんがびっくりしておろおろしていたけど私は何も言えなかった。
「と、とりあえず部屋に入ろうか? ね、ちいちゃんも一緒に」
 私はただ頷いてトシヤさんの後に続いた。
「僕達の部屋は四階だって、あ、ちいちゃんは何階?」
「私たちは二階だよ、キッズパークの近くだった。多分蓮を連れて来ているからじゃないかな?」
 蓮君……。蓮君も来てるんだ。蓮君、会いたいな。大きくなっただろうな。
「葵ちゃん、蓮は今お昼寝中だからね、後で連れてくるからね」
 ちいちゃんが幼い子供を諭すように優しく言ってくれたから私はコクンと頷いた。
 張りつめていたものがここにきて切れちゃったみたい。
 なんだか体が重くって疲れが一気に押し寄せてきた。

 私、どうしちゃったんだろう?

 部屋は、ベッドが二つと八畳の和室がある和洋室でとても素敵だった。窓の外には池が見える。
「葵ちゃん、座ろっか?」
「うん」
 ちいちゃんに促されて和室に座った。
「えっと……お茶でも淹れようか?」
「お茶は私が淹れるので……とりあえず俊哉さんは温泉にでもつかってきてください」
「え? ちいちゃん、そんな……」
「ほら、早く行ってください」
「じゃ、じゃあ、お先に温泉に行ってくるよ」
 ちいちゃんに追い立てられてトシヤさんは温泉に出掛けて行った。
 夕食まではまだ時間がある。
「さ、葵ちゃん、話、聞くよ。……この間は葵ちゃんが私の話を聞いてくれたよね。何でも話して。トシヤさんにいじめられちゃった?」
 ちいちゃんは手際よくお茶の用意をしながら私の顔をのぞき込んだ。
「ちいちゃん……私……」
「うん」
 私、私ね……。
 今日、気が付いたんだけど。
 また、涙が勝手にあふれてきた。
 私はしゃくりあげながらもなんとか言葉にしようとする。
「わ、わたし……」
「うん」
「ど、どうしよう、ちいちゃん……わ、わたしっ、……うっ……ヒッ……クッ、ト、トシヤさんと別れた方がいいのかも知れないっ」
「は? はぁぁあああ!? わ、別れるって、葵ちゃんと俊哉さんが?」
 ちいちゃんは目を真ん丸に見開いた。

 そう、こんな事考えたくないけど、その方がいいのかも知れない。
 ホントに、ホントにイヤだけど。
 そうした方がいい。
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