天騎士カイリと無敵に可愛い天魔パレード!

不確定ワオン

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最初の七日間

3日目 妖精さん

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「––––––お初にお目にかかりますぅ!  私はですね!  畏れ多くも王都に商会を構えておりますグワンダン・マッヒローという者なんですけれども!」

 うぅっ。
 この人さっきから腰が低すぎて私を見上げてくるよぅ。
 下から舐めるように見てくるよぅ。
 細長い身体をくの字より曲げてるから単純に気持ち悪いよぅ。

「––––––カイリシュリー様!  お目にかかれて光栄至極!  私の名はビリー・グレッド・テンパラリー!  王陛下より男爵の位を賜っておりますれば!」

 あぐぅ。
 この人はこの人で他の人押し退けてグイグイ来るよぅ。
 声大きすぎて耳が痛いよぅ。
 あと筋肉ムキムキで露出度が高いから暑苦しいよぅ。

「––––––やぁやぁ!  これはこれはなんと可憐な銀の花!  今宵一晩の貴女との出会いをうたにさせていただいてもよろしいかっっっ!!」

 なんでこの人こんないっぱいお花背負ってんのかわかんないよぅ!

 早く戻って来てラシュリーお姉様ぁ!!

「––––––ぶぉふぉふぉふぉっ!  王都で噂の銀天女とは君のことかね!?  ぶひひっ、グランハインドの姫君たちはどなたも美しいが、君の美しさはまた格別だねぇ! 」

「ぶひひっ、か、可愛いねっ君っ。ぶひっ、ぶひひっ」

 ひっ、ひえええっ!  いきなり現れたぁ!
 顔が近い!  そして汗と香水の匂いが絶妙にブレンドされてて鼻がぁ!!

「ああこれは私の息子のピッグリーだ!  んんっ!  なんとも二人並び立つと聖典に記された神話のようにお似合い!  どうだねチミぃ!?  私の息子の妃に––––––!!」

「あー、はいはいはい。散って散って。待たせたわねカイリ。あらピグマリオン伯爵、またお太くなられたんじゃありません?  息子さんなんかまるで大樽に手足が生えたよう」

「ねっ、ねえさまぁ」

 やっ、やっと戻ってきたぁ!
 ミレイ姉様と少し挨拶に回ってくるって言われて、私ずっとここで良い子で待ってたんですよ!

「おっとこれはこれは、誰かと思えば雷華のグランハインド、ラシュリー殿ではないか!!  いやいや、お久しぶりですなぁ。聞いた話では学舎の生徒会長になられたようで!  氷姫のグランハインド、ミレイシュリー殿に続いて姉妹揃って優秀なことですな!!  イセトに籠られておりますお父上もさぞかし鼻が長いでしょう!」

「鼻は高くなるものだわピグマリオン伯爵様。せっかくですけれど、私の可愛い妹はまだこういう場に慣れてないみたいで、体調を崩しちゃったみたいなんです。今晩はご遠慮して頂いてもよろしくて?」

「なるほど、それで先程から一言も発さなかったのか!!    これは失礼した!  それでは我らはここでお暇させて頂くとしよう!  行くぞピッグリー!!」

「ま、また会おうねカイリシュリー。ぶひひっ!」

 な、なんていやらしい目だ!
 あの男の子、ずっと私のモロ出しのおへそばっかり見てた気がする!
 だからこんな露出度の高いドレス嫌だったんだ!

 疲れた……早くお部屋戻りたい……。

「相変わらず嫌味なデブねあの伯爵。年初めの式典でウチの騎士団と向こうの騎士団との騎手争いに負けたからってネチネチネチネチと。脂っぽいのは顔と体型だけにしなさいって話よ」

 プンプンとおこな姉様が、伯爵さんらしい大太りのおじさんの背中に向けて手を払った。

「こ、怖かったですよぅ。アネモネさんも助けてくれなかったし」

 ずっと私の側にいたのに、目を伏せて黙ったまんただったんだよ!

「申し訳ございませんカイリ様。ラシュリー様付きのメイドである私といえど、貴族様方の前を遮るような真似はできなかったのです」

 本当に困ったように眉を下げて、一緒に頭も下げるアネモネさん。

「い、今の人たちみんな、貴族さんなんですか?」

「はい。先程の頭を下げすぎて逆に失礼だったグワンダン様は、最近王都で成り上がりつつあるマッヒロー商会の頭目であらせられる方です。つい最近、先程のピグマリオン伯爵様からの拝命で男爵の位を受けたとか」

 あの、おっきなおデブのおじさん……。

 なぁんか嫌な人だったなぁ。

「北のイセトのグランハインド。南のラフトのピグマリオン。この国でも有数の領地面積を誇る二つの伯爵貴族よ。だからなのか知らないけれど、昔から仲が悪いの。それこそ初代様から争い続けてるとか」

 ラシュリー姉様が私の頭をぐりぐりと撫でながら応えてくれたけれど、よくわかんない話になって来たぞ?

「そういえば、イセトって名前。良く聞くんですけど、なんなんですか?」

 エリックさんもグランハインド家や当主さんのことを『イセトの軍神』とか言ってたし、さっき私に群がって来た貴族さん達も『イセトの戦神』とか言ってたな。

「イセト=グランハインド。私達グランハインド家が守護する地にして、領地の地名よ。イセト連峰を有する王国の防衛線にして要所。その地を代々受け継いできたグランハインドは他国の侵略を水際で食い止める正に王国の守護神、なんだけれども––––––戦を生業とする我が一族は守護と言うより攻める方が得意だから、『軍神』とか『戦神』とか呼ばれてるわけ」

「グランハインド家は戦の際、必ず先陣を切って成果を挙げてきました。不敗にして無敗。当代当主であらせられまするアムリガウル・レイ・オストレイ・グランハインド様は過去四十年間、隣国や周辺国からの侵略を全て跳ね除け、王国に微塵の損害も与えておりません」

 まっ、まって!
 ラシュリーさんもアネモネさんもスラスラ言うの止まって!

 私の頭の回転が追いついてない!

「まあ、要するに『イセトの軍神』っていうのは武名にして誉れよ。お父様もお兄様も自ら言うような事はないけれど、愛する王国の民から言われて内心大喜びなんだから。ニッコニコよ?」

「お、お館様が笑われてるところなぞ、長く勤めて一度もご拝見したことがないのですが」

「あら、意外とゲラなのよ?」

「絶対に嘘です」

 こめかみの方から焦げ付き始めてプスプスしてる私を放置して、ラシュリーさんとアネモネさんは会話を続けていく。

 うう、こんなお馬鹿だったかなぁ私。
 男の子だった頃はそれなりにお勉強できる感じだったはずなのに。

 他の人の目があるから努めてお澄まし顔をしているけれど、ちょっと苦虫を噛み潰したい心境なんだよ。

 ほらもう、なんか妖精さんが見え始め––––––。

 ほえ?

「––––––妖精さん?」

 私の顔の目の前に、小さな小さな女の子がいた。

 どんぐらい小さいかと言うと、私の小さな手のひらにすっぽり入りそうなぐらい小さい。

 身体よりも長い青色のロングヘアーに、草で編まれたドレス。
 背中には蝶々の羽を持つ、正真正銘の妖精さん。

 うっすらと光り輝いていて、とても綺麗な––––––ファンタジーがそこに居た。

 私の顔をチラチラと見ては、何かを言いたげに口をパクパクと閉じたり開いたり。

 か、可愛い……。

 異世界って、やっぱ妖精さんとか普通に居るんだ。凄い。

 でもなんだろう。
 プルプルと震えていて––––––とても怯えているような。

 あれ、妖精さんの首に……これは、紐?

「あら、ラシュリー様ぁ。お久しぶりでございますぁねぇ」

 突然、なんだかヤケに甘ったるい口調の良く通る声が晩餐会でごった返す大ホールの人混みの中から響いた。

 顔を見上げると、その人混みがまるで引くように二分され––––––中から目に優しくないメタリックな赤と青のドレスを身につけた女性が歩み寄ってくる。

「––––––ビクトーリャ様……お久しぶりでございますね。まぁ、お綺麗なお召し物。キラキラ光って––––––なんていうか……とても眩しい」

 ラシュリー姉様が唇の端をひくひくと痙攣させて、その女性に返事を返す。

 私を隠すように一歩前に出て、その背中に引き寄せた。

「そうでござぁしょう?  王国より遥か南方の金の国、ゼパングから取り寄せた金糸のドレスなんですことよ?」

「そ、その妖精達は?」

 妖精……。

 ビクトーリャさんというこの女性の周りに、大小六つの光の玉がふわふわと浮いている。

「さすがグランハインドの雷華!  ラシュリー様もお目が高いわぁ!  これは北方の方の国で流行っているものなのだけれど、貴婦人は綺麗な妖精の光に当てられてより美しくなるそうなの!  マッヒロー商会の頭目様から頂いたものなのだけれど、良い物でしょう?」

 緑だったり黄色だったりと、優しい色を明滅させながら––––––首に紐を括り付けられた妖精さん達が、まるでビクトーリャさんのアクセサリーかのように従わされていた。

 そのうちの一人、いや一匹? 
 妖精さんをどう数えるかなんてわからないけれど、青い光を放つ子が、首に繋がれた紐を目一杯伸ばして私の目の前で飛んでいる。

 ギリギリと張った紐が首に食い込んでいて、とても苦しそうに顔を歪めて、上下にふらふらと浮いている。

 小さな小さな右腕を懸命に伸ばして、妖精さんは私のお鼻にちょこんと触れた。





「––––––ク、クルシイヨゥ」




 か細く震えるその声とともに、なぜか私はコワールを思い出す。

 頭の片隅、耳の奥。



『––––––乙女よ』



 その声は突然、私に語りかけた。



『世界の境で願いを祈りし––––––我らが乙女よ』



 コワールの時と、同じ声。



『境界に触れた、弱き天魔が泣いている』



 助けを求められたから––––––。



『天魔の願いを聞き遂げよ。それは純なる願い、尊き願い、無垢なる願い』



 弱い命を、この目で見たから––––––。


「––––––オネガイ」

 妖精さんが喉から息を絞り出すように、私に語りかける。

「ミンナヲ、タスケテ……」

 それは、純なる願い。尊き願い。

 無垢なる願い。

「––––––ミンナヲ」




 境界の乙女は、その願いをしかと聞き入れた。
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