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第10話 旅立ちの日
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第10話 旅立ちの日
婚約先で迎えた朝は、
驚くほど静かだった。
鳥の声も、
人の気配も、
どこか遠い。
「……おはようございます」
侍女の声に応えながら、
アヴァンシアは身支度を整えた。
鏡に映る自分は、
いつもと変わらない公爵令嬢の姿。
けれど――
ここには、昨日までいた“家の気配”がない。
『……落ち着かないわね』
「ええ」
家を守る者の声は、
この屋敷ではひどく小さく感じられた。
『ここ、
あなたを包む場所じゃない』
「分かっています」
朝食の席。
婚約者は、
ぎこちない笑顔で言った。
「今日は、
屋敷を案内しよう」
「ありがとうございます」
形式的なやり取り。
だが、
その言葉の裏にあるのは――
監視だ。
(……私が、
“問題を起こさないか”の確認)
廊下を歩く。
広く、美しく、整えられている。
だが、どこか息苦しい。
「……この屋敷は、
とても立派ですわ」
「そうだろう」
婚約者は誇らしげに頷いた。
「先祖代々、
正しく管理されてきた」
――正しく。
その言葉に、
家を守る者が、わずかに反応した。
『“管理”ね』
「……ええ」
アヴァンシアは、
微笑みを崩さなかった。
案内の途中、
中庭に差しかかった時。
婚約者が、
不意に足を止めた。
「……一つ、
確認したいことがある」
声が、少し硬い。
「何でしょう」
「君は……」
言い淀む。
「……一人で、
話す癖があると聞いた」
空気が、凍った。
『来たわね』
「……考え事を、
口に出してしまうことは、あります」
嘘ではない。
「そうか」
婚約者は、
それ以上踏み込まなかった。
だが――
疑念は、はっきりと残った。
その日の午後。
アヴァンシアは、
客室に戻る途中、
使用人たちの視線を感じた。
遠巻きに、
観察されている。
(……ここでも、同じ)
夜。
部屋に戻り、
扉を閉める。
『……息、詰まる』
「ええ」
アヴァンシアは、
ベッドに腰を下ろした。
「ここでは、
“主”ではいられませんね」
『あなた、
ここでは“置かれたもの”よ』
その言葉に、
静かな納得があった。
「……でも」
アヴァンシアは、
窓の外を見た。
「明日には、
はっきりします」
『何が?』
「この婚約が、
続くかどうか」
拳を、そっと握る。
ここでも――
殴る理由は、まだない。
だが、
違和感は、確実に積み上がっている。
そして、その違和感は、
やがて“気味が悪い”という言葉に変わる。
それを、
アヴァンシアは、
もう知っていた。
この屋敷に来た日が、
新しい始まりではないことも。
――これは、
終わりへ向かう旅立ち。
婚約という名の、
最後の試験だった。
---
婚約先で迎えた朝は、
驚くほど静かだった。
鳥の声も、
人の気配も、
どこか遠い。
「……おはようございます」
侍女の声に応えながら、
アヴァンシアは身支度を整えた。
鏡に映る自分は、
いつもと変わらない公爵令嬢の姿。
けれど――
ここには、昨日までいた“家の気配”がない。
『……落ち着かないわね』
「ええ」
家を守る者の声は、
この屋敷ではひどく小さく感じられた。
『ここ、
あなたを包む場所じゃない』
「分かっています」
朝食の席。
婚約者は、
ぎこちない笑顔で言った。
「今日は、
屋敷を案内しよう」
「ありがとうございます」
形式的なやり取り。
だが、
その言葉の裏にあるのは――
監視だ。
(……私が、
“問題を起こさないか”の確認)
廊下を歩く。
広く、美しく、整えられている。
だが、どこか息苦しい。
「……この屋敷は、
とても立派ですわ」
「そうだろう」
婚約者は誇らしげに頷いた。
「先祖代々、
正しく管理されてきた」
――正しく。
その言葉に、
家を守る者が、わずかに反応した。
『“管理”ね』
「……ええ」
アヴァンシアは、
微笑みを崩さなかった。
案内の途中、
中庭に差しかかった時。
婚約者が、
不意に足を止めた。
「……一つ、
確認したいことがある」
声が、少し硬い。
「何でしょう」
「君は……」
言い淀む。
「……一人で、
話す癖があると聞いた」
空気が、凍った。
『来たわね』
「……考え事を、
口に出してしまうことは、あります」
嘘ではない。
「そうか」
婚約者は、
それ以上踏み込まなかった。
だが――
疑念は、はっきりと残った。
その日の午後。
アヴァンシアは、
客室に戻る途中、
使用人たちの視線を感じた。
遠巻きに、
観察されている。
(……ここでも、同じ)
夜。
部屋に戻り、
扉を閉める。
『……息、詰まる』
「ええ」
アヴァンシアは、
ベッドに腰を下ろした。
「ここでは、
“主”ではいられませんね」
『あなた、
ここでは“置かれたもの”よ』
その言葉に、
静かな納得があった。
「……でも」
アヴァンシアは、
窓の外を見た。
「明日には、
はっきりします」
『何が?』
「この婚約が、
続くかどうか」
拳を、そっと握る。
ここでも――
殴る理由は、まだない。
だが、
違和感は、確実に積み上がっている。
そして、その違和感は、
やがて“気味が悪い”という言葉に変わる。
それを、
アヴァンシアは、
もう知っていた。
この屋敷に来た日が、
新しい始まりではないことも。
――これは、
終わりへ向かう旅立ち。
婚約という名の、
最後の試験だった。
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