『公爵令嬢には、見えざるものが見える。話せる。殴れる。 話が通じないなら、へなへなぱーんち!』

しおしお

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第11話 戻れない場所

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第11話 戻れない場所

馬車が走り出しても、
アヴァンシアはしばらく、動けなかった。

窓の外には、
見慣れた屋敷の尖塔が、
小さくなっていくのが見える。

「……」

声が、出ない。

『……大丈夫?』

見えざる者が、
そっと声をかけてくる。

「……ええ」

そう答えたものの、
胸の奥が、
じわじわと冷えていく。

(おかしいですわね)

実感が、ない。

泣きたいとも、
怒りたいとも、
思えない。

ただ――
何かが、置いていかれた
そんな感覚だけが、残っていた。

『あの家……』

『もう、戻れない気がする』

その言葉に、
アヴァンシアはびくりと肩を揺らした。

「……戻れますわ」

思わず、
そう口に出していた。

「婚約者の家に挨拶に行くだけですもの」

「用が済めば、
また……」

言葉は、
途中で止まった。

――本当に?

父の顔。
義母の視線。
使用人たちの距離。

思い返すほどに、
胸の奥が、
重くなる。

『……誰も、
引き留めなかったわ』

「……」

その事実が、
ゆっくりと染み込んでくる。

アヴァンシアは、
膝の上で指を組んだ。

(私は……
何を、期待していたのでしょう)

せめて、
「行ってきなさい」と
言ってほしかった。

せめて、
「戻ってきなさい」と
言われたかった。

それだけで、
良かったのに。

『……怖い?』

「……少しだけ」

正直な言葉だった。

これから先、
何が待っているのか分からない。

婚約者の家。
知らない人々。
知らない空気。

そこに、
自分の居場所があるのか。

分からない。

でも――
今さら、戻れない。

馬車は、
止まらない。

「……」

アヴァンシアは、
そっと窓から視線を逸らした。

振り返らない。

――振り返れない。

それが、
答えだった。

『……行こう』

『今は、それでいい』

見えざる者の声は、
いつもより、
少し優しかった。

「……ええ」

アヴァンシアは、
小さく頷く。

これは、
決意ではない。

覚悟でもない。

ただ――
流されているだけ。

そうして彼女は、
知らない場所へ向かっていく。

まだ、
自分が「追放された」のだと、
完全には理解できないまま。

それでも。

馬車の進む方向だけは、
確実に――
家から、遠ざかっていた。


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