『公爵令嬢には、見えざるものが見える。話せる。殴れる。 話が通じないなら、へなへなぱーんち!』

しおしお

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第16話 祈りより物理

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第16話 祈りより物理

それ以降の悪魔祓いは、
驚くほど型にはまったものになった。

まず神官が前に出る。
大きな声で祈る。
長い。
とても長い。

「聖なる光よ――」

『……また始まった』

「ええ」

アヴァンシアは、
一歩後ろで静かに立つ。

見えざる者が――
いなければ、何もしない。

それが彼女のルールだった。

(今日も、いませんわね)

屋敷の空気は澄んでいる。
気配は、空っぽ。

神官は満足げに宣言する。

「悪魔は退散した!」

依頼人は、安堵する。
報酬が支払われる。

――いつも通り。

だが、
たまに。

本当に、
いる日があった。

「……あら」

『いるわね』

「ええ。
天井裏です」

神官は気づかない。
いつも通り、
床に向かって祈っている。

天井裏から、
くぐもった声。

「なんだなんだ、
今日もお芝居か?」

「人間は面白いなぁ」

『調子に乗ってるわね』

「ええ」

アヴァンシアは、
そっと歩み寄る。

音もなく、
気配も殺して。

――そして。

ぺち。

天井裏に向かって、
軽く拳を突き上げた。

「ぐえっ!?」

木材越しでも、
しっかり効く。

「な、
何だ今の!?」

「……不法侵入は、
おやめなさい」

誰にも聞こえない声で、
静かに告げる。

「ここは、
あなたの居場所ではありません」

「ば、
化け物め……!」

悪魔は、
慌てて逃げていった。

数秒後。

神官が、
誇らしげに振り返る。

「……今、
空気が変わったな」

「神の力が――」

「ええ」

アヴァンシアは、
穏やかに頷いた。

「通じましたわね」

『……慣れたわね、あなたも』

「ええ」

こうして、
日常が出来上がった。

悪魔がいなければ、
彼女は置物。

悪魔がいれば、
彼女は――

祈りの裏側の担当者。

教会内でも、
少しずつ噂が広がる。

「……あの見習い、
連れて行った現場は荒れない」

「いや、
気のせいだろう」

「だが……」

ヴィオスは、
そのすべてを聞き流していた。

「偶然だ」

「教会の祈りが、
強まっているだけだ」

その目は、
細められている。

――分かっていて、
黙っている目だった。

その夜。

部屋に戻ったアヴァンシアは、
拳を眺めた。

「……弱い拳ですのに」

『相手が悪いのよ』

「ええ」

人には効かない。
殴っても、痛くも痒くもない。

でも――

「……妖しいものには、
ちょうどいい」

『“祈りより物理”ね』

「ええ」

アヴァンシアは、
小さく笑った。

「私は、
神官ではありませんもの」

信じるより、
見て。

祈るより、
殴る。

それが、
彼女のやり方だった。

そして今日も、
また一つ。

誰にも知られない悪魔が、
静かに消えた。

教会の評価は、
変わらない。

けれど――

失敗だけが、
確実に減っていた。

それに気づく者は、
まだ、
ほとんどいなかった。


---

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