『公爵令嬢には、見えざるものが見える。話せる。殴れる。 話が通じないなら、へなへなぱーんち!』

しおしお

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第21話 また偽の悪魔祓い

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第21話 また偽の悪魔祓い

呼び出しは、
朝の祈りが終わった直後だった。

「準備を」

短い指示。
行き先の説明は、ない。

アヴァンシアは、
黙って頷いた。

(……また、ですわね)

驚きも、
緊張もない。

『……今日は、
どんな“悪魔”?』

「……さあ」

その問いに、
少しだけ肩をすくめる。

馬車に揺られ、
辿り着いたのは
町外れの商家だった。

依頼主は、
深刻そうな顔で訴える。

「夜になると、
棚が倒れるのです」

「物音がして……
眠れません」

神官は、
いつも通りに頷く。

「それは、
悪魔の仕業でしょう」

断定。

確認は、
しない。

『……棚、
古いだけだよ』

「……ええ」

建物に入った瞬間、
分かる。

悪意も、
妖しい気配も、
ない。

あるのは――
歪んだ床と、
緩んだ棚。

それでも。

儀式は始まる。

聖水。
香。
祝詞。

決まった手順。
決まった間。

アヴァンシアは、
壁際に立ち、
静かに見守る。

(……何度目でしょう)

数えなくなって、
もう久しい。

神官が声を張り上げる。

「――去れ!」

当然、
何も起きない。

だが。

「……おお」

神官は、
満足そうに息を吐く。

「祈りは通じた」

依頼主は、
安堵の表情を浮かべ、
金貨を差し出す。

(……今日も)

同じ結末。

帰りの馬車。

神官は、
上機嫌だった。

「信仰があれば、
人は救われる」

その言葉を、
アヴァンシアは
否定しない。

確かに、
救われている。

――気持ちは。

『……殴らなくて、
よかったね』

「……ええ」

本物がいなければ、
何もする必要はない。

それが、
今の役割。

(私は……
見張り役ですわね)

警戒員。
確認役。

祈りが通じない時だけ、
出番が来る。

それ以外は――
沈黙。

教会に戻る。

次の予定が、
当然のように
告げられる。

「明日も、
同行だ」

「……はい」

答えは、
反射的だった。

部屋に戻り、
椅子に腰を下ろす。

(ここにいれば、
衣食住は保障される)

追い出されない。
責められない。

それだけで、
十分だと
思うべきなのだろう。

『……ねえ』

『疲れてない?』

「……少しだけ」

本当は、
もっと。

だが、
それを口にする意味は、
ない。

(私は……
選ばれたのではない)

(ただ、
都合よく置かれている)

その事実が、
胸の奥で、
静かに重くなる。

それでも。

明日になれば、
また馬車に乗る。

また祈りを見る。

また――
何も起きない。

その繰り返しが、
いつまで続くのか。

アヴァンシアは、
考えるのをやめた。

考えたところで、
今は――
行き場が、ない。

そうして彼女は、
今日も灯りを消す。

“偽の悪魔祓い”が、
日常になりつつあることを、
静かに受け入れながら。


---

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