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第8章
37話 好評すぎるランチと、店主の限界
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37話 好評すぎるランチと、店主の限界
喫茶店「雪の庭」に、これほど人が集まったのは久しぶりだった。
正午を少し過ぎた頃から、店の前には人だかりができ、白い扉の前でざわざわと声が交錯している。
「今日、ランチやってるって本当か?」 「雪の庭で“食事”が出るなんて珍しいな……」 「ナポリタンらしいぞ」
その噂は、思った以上に速く広がっていた。
店内では、弥生と忍が目まぐるしく動いている。
「一番テーブル、ナポリタン一つです」 「こちらカウンター席、二つ追加で」
「……お嬢様、注文が立て込んでいます」
忍の報告に、雪乃はフライパンを握りながら答えた。
「分かってるわ。だから今、全力で作ってるじゃない」
じゅう、と音を立てて炒められるナポリタン。
ケチャップの甘い香りが店内に広がり、客たちの期待をさらに煽る。
「これ……本当に美味しいな」 「喫茶店のナポリタンって、こういう味だよな……」
一皿、また一皿と運ばれるたび、客の表情は緩み、満足げな声が上がる。
評判は上々。
――上々すぎた。
「……お嬢様」
弥生が、小声で囁く。
「完全に“当たって”ます。回転が追いついていません」
「そう……?」
雪乃はフライパンを振りながら、少しだけ眉をひそめた。
確かに、腕は疲れてきている。
暑い。
立ちっぱなし。
そして何より――
「……お腹、いっぱい」
その一言に、弥生と忍が同時に反応した。
「え?」
「お嬢様、今なんと?」
「だって……味見、必要でしょう?」
雪乃は当然のように言う。
「ソースの濃さ、麺の茹で加減、具材とのバランス……」 「確認しないと、お客様に出せないじゃない」
忍が静かに指摘する。
「先ほどから、その“確認”で、三皿分は召し上がっていますが」
「気のせいよ」
「フライパンの減り方が証拠です」
弥生は頭を抱えた。
「お嬢様……営業中に満腹になる店主、初めて見ました……」
その時だった。
新しい客が扉を開け、声をかける。
「すみません、まだランチ大丈夫ですか?」
雪乃は一瞬、その顔を見て――
そして、ふらりとよろめいた。
「……むり」
「お嬢様!?」
雪乃はカウンターに手をつき、深く息を吐く。
「これ以上、作れないわ……」
「疲れた、のですか?」
「違うの。満腹で動けないの」
「そっちですか!?」
弥生の叫びが店内に響く。
雪乃は真剣な表情で続けた。
「お腹がいっぱいだと、集中力が切れるのよ」
「その集中力、さっきデリートしたって言ってませんでした?」
「再インストールはしたわ。でも容量が小さいの」
忍は冷静に判断を下した。
「……お嬢様、もう限界ですね」
「ええ。ランチ営業、ここまで」
雪乃は顔を上げ、店内を見回した。
「皆さま、本日はランチをご利用いただき、ありがとうございました」
その穏やかな声に、客たちがざわめく。
「え、もう終わり?」 「まだランチ時間ですよ?」
雪乃はにこやかに微笑んだ。
「ええ。でも店主が満腹なので」
沈黙。
数秒後、あちこちからため息と苦笑が漏れた。
「……ここ、そういう店だったな」 「噂通りすぎる……」
忍と弥生が頭を下げ、客を送り出す。
やがて扉が閉まり、店内は再び静かになった。
「……はぁ……」
雪乃は椅子に座り、動かなくなった。
「頑張ったわ……私……」
「確かに頑張りましたけど……」
弥生は苦笑する。
「ランチ、好評すぎて失敗でしたね」
「そうね。忙しすぎるのは、良くないわ」
雪乃は紅茶を一口飲み、しみじみと言った。
「喫茶店は、やっぱり静かであるべきよ」
忍がぽつりと呟く。
「その結論に至るまでが、毎回騒がしすぎるのですが……」
雪乃は聞こえないふりをして、満足そうに目を閉じた。
こうして喫茶店「雪の庭」の初ランチは、
**“大好評のまま、時間前に終了する”**という結果に終わった。
そして誰もが思う。
――次は、きっと懲りるだろう、と。
だが、雪乃を知る者は知っている。
この店主が、同じ失敗を繰り返さないはずがないということを。
喫茶店「雪の庭」に、これほど人が集まったのは久しぶりだった。
正午を少し過ぎた頃から、店の前には人だかりができ、白い扉の前でざわざわと声が交錯している。
「今日、ランチやってるって本当か?」 「雪の庭で“食事”が出るなんて珍しいな……」 「ナポリタンらしいぞ」
その噂は、思った以上に速く広がっていた。
店内では、弥生と忍が目まぐるしく動いている。
「一番テーブル、ナポリタン一つです」 「こちらカウンター席、二つ追加で」
「……お嬢様、注文が立て込んでいます」
忍の報告に、雪乃はフライパンを握りながら答えた。
「分かってるわ。だから今、全力で作ってるじゃない」
じゅう、と音を立てて炒められるナポリタン。
ケチャップの甘い香りが店内に広がり、客たちの期待をさらに煽る。
「これ……本当に美味しいな」 「喫茶店のナポリタンって、こういう味だよな……」
一皿、また一皿と運ばれるたび、客の表情は緩み、満足げな声が上がる。
評判は上々。
――上々すぎた。
「……お嬢様」
弥生が、小声で囁く。
「完全に“当たって”ます。回転が追いついていません」
「そう……?」
雪乃はフライパンを振りながら、少しだけ眉をひそめた。
確かに、腕は疲れてきている。
暑い。
立ちっぱなし。
そして何より――
「……お腹、いっぱい」
その一言に、弥生と忍が同時に反応した。
「え?」
「お嬢様、今なんと?」
「だって……味見、必要でしょう?」
雪乃は当然のように言う。
「ソースの濃さ、麺の茹で加減、具材とのバランス……」 「確認しないと、お客様に出せないじゃない」
忍が静かに指摘する。
「先ほどから、その“確認”で、三皿分は召し上がっていますが」
「気のせいよ」
「フライパンの減り方が証拠です」
弥生は頭を抱えた。
「お嬢様……営業中に満腹になる店主、初めて見ました……」
その時だった。
新しい客が扉を開け、声をかける。
「すみません、まだランチ大丈夫ですか?」
雪乃は一瞬、その顔を見て――
そして、ふらりとよろめいた。
「……むり」
「お嬢様!?」
雪乃はカウンターに手をつき、深く息を吐く。
「これ以上、作れないわ……」
「疲れた、のですか?」
「違うの。満腹で動けないの」
「そっちですか!?」
弥生の叫びが店内に響く。
雪乃は真剣な表情で続けた。
「お腹がいっぱいだと、集中力が切れるのよ」
「その集中力、さっきデリートしたって言ってませんでした?」
「再インストールはしたわ。でも容量が小さいの」
忍は冷静に判断を下した。
「……お嬢様、もう限界ですね」
「ええ。ランチ営業、ここまで」
雪乃は顔を上げ、店内を見回した。
「皆さま、本日はランチをご利用いただき、ありがとうございました」
その穏やかな声に、客たちがざわめく。
「え、もう終わり?」 「まだランチ時間ですよ?」
雪乃はにこやかに微笑んだ。
「ええ。でも店主が満腹なので」
沈黙。
数秒後、あちこちからため息と苦笑が漏れた。
「……ここ、そういう店だったな」 「噂通りすぎる……」
忍と弥生が頭を下げ、客を送り出す。
やがて扉が閉まり、店内は再び静かになった。
「……はぁ……」
雪乃は椅子に座り、動かなくなった。
「頑張ったわ……私……」
「確かに頑張りましたけど……」
弥生は苦笑する。
「ランチ、好評すぎて失敗でしたね」
「そうね。忙しすぎるのは、良くないわ」
雪乃は紅茶を一口飲み、しみじみと言った。
「喫茶店は、やっぱり静かであるべきよ」
忍がぽつりと呟く。
「その結論に至るまでが、毎回騒がしすぎるのですが……」
雪乃は聞こえないふりをして、満足そうに目を閉じた。
こうして喫茶店「雪の庭」の初ランチは、
**“大好評のまま、時間前に終了する”**という結果に終わった。
そして誰もが思う。
――次は、きっと懲りるだろう、と。
だが、雪乃を知る者は知っている。
この店主が、同じ失敗を繰り返さないはずがないということを。
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