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第8章
第38話ランチは十三時まで、開店は十三時から
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第38話ランチは十三時まで、開店は十三時から
喫茶店「雪の庭」の扉には、その日も一枚の張り紙が貼られていた。
> 本日のランチタイム
12:00~13:00
※混雑状況により変更する場合がございます
――変更する場合がございます。
この一文が、どれほど万能な免罪符であるかを、この街の住民たちはすでに学びつつあった。
正午少し前。 店内では、弥生と忍が慌ただしく動き回っていた。
「お嬢様、もうすぐ十二時です。ランチの準備は……」
「完璧よ」
自信満々に言い切る雪乃は、すでにカウンター席に腰を下ろし、紅茶を飲んでいる。 調理器具も、食材も、すべて準備は整っている――整えているのは、主に弥生と忍だが。
「今日は、昨日の反省を活かすの。
ランチはきっちり一時間。十三時には終わり」
「……その後は?」
弥生の問いに、雪乃は当然のように答えた。
「疲れてたら閉店。元気だったら開店」
「順序が逆です」 忍が即座に突っ込む。
十二時。 扉が開くと同時に、待っていた客がなだれ込んできた。
「今日は開いてる!」
「ランチが食べられるって聞いたぞ!」
「昨日は間に合わなかったからな!」
予想以上の人の入りに、弥生は一瞬だけ顔を引きつらせた。
(……多いですね)
(……多いですね) 忍も同意するように視線を送る。
そして始まる、怒涛のランチタイム。
ナポリタン、サンドイッチ、スープ。 注文が入るたびに、弥生と忍は手際よく動き、雪乃は――
「ちょっと味見するわね」
と言っては、フォークを伸ばす。
「お嬢様、それ三口目です」
「大事なのは回数じゃないわ。精度よ」
さらに注文が重なる。
「ナポリタン二つ!」
「サンド追加で!」
「スープおかわり!」
厨房は戦場だった。 弥生は額に汗を浮かべ、忍は無言で皿を運び続ける。
そして雪乃は。
「忙しいわね……」
椅子に座ったまま、紅茶を飲みながら感想を述べていた。
「お嬢様も、少しは手伝っていただけると……」
「今、集中力を温存してるの」
「集中力って、そもそも、お嬢様に未実装なのでは?」
弥生がぽつりと言う。
「集中力という言葉を知っていた事自体驚きです」
忍も淡々と続けた。
雪乃はむっとして二人を睨んだ。
「失礼ね。ちゃんと知ってるし、ちゃんとあったわよ」
「“あった”……?」
「でも、あまり使わないから、なくてもいいかなと思ってデリートしたの」
「削除する機能じゃありませんからね!?」
そんなやり取りをしている間にも、時間は容赦なく進む。
時計の針が、十三時に近づいた頃―― 店内は、ようやく一息つける状態になっていた。
「……ふぅ」
弥生が深く息を吐く。
「なんとか、ランチタイムを乗り切りましたね」
「ええ。もう十三時です」
忍が時計を確認する。
その瞬間。
「――よし」
雪乃が立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ開店ね」
「…………は?」
弥生と忍の声が、完全に重なった。
「お嬢様。
今まで、何をしていたとお思いですか?」
「ランチを出してたでしょ?」
「それは“営業”です」
忍が冷静に訂正する。
雪乃はきょとんと首を傾げた。
「違うわよ。ランチタイムは準備運動みたいなものよ。
本番はこれから」
「本番……?」
「十三時からが、喫茶店の営業時間」
そう言って、雪乃は扉の札を裏返した。
――OPEN。
「……ランチが終わってから、開店……?」
弥生の声が震える。
「ええ。だって、ランチで忙しすぎて、
“喫茶店らしい雰囲気”を楽しめなかったじゃない」
「原因はお嬢様の気まぐれです」
「細かいことは気にしないの」
扉が開いたことで、外で様子を伺っていた客が入ってくる。
「お、開いたぞ」
「ランチはもう終わったらしいな」
「まあ、コーヒーでも飲むか」
完全に疲労困憊の弥生と忍。 そして、なぜか一番元気な雪乃。
「さあ、これからが本当の営業よ。
紅茶とコーヒーで、優雅な午後を――」
そう言いながら、雪乃はカウンターに戻り、椅子に座った。
「……あ」
そして一言。
「お腹いっぱいだから、あまり動けないわ」
弥生は天を仰ぎ、忍は静かに悟った。
(ランチが忙しすぎて、ランチ後に開店する)
(しかも店主は、すでに満腹で働く気がない)
こうして――
喫茶店「雪の庭」の
“ランチは十三時まで、開店は十三時から”という謎営業形態が、
また一つ、街に伝説として刻まれるのだった。
喫茶店「雪の庭」の扉には、その日も一枚の張り紙が貼られていた。
> 本日のランチタイム
12:00~13:00
※混雑状況により変更する場合がございます
――変更する場合がございます。
この一文が、どれほど万能な免罪符であるかを、この街の住民たちはすでに学びつつあった。
正午少し前。 店内では、弥生と忍が慌ただしく動き回っていた。
「お嬢様、もうすぐ十二時です。ランチの準備は……」
「完璧よ」
自信満々に言い切る雪乃は、すでにカウンター席に腰を下ろし、紅茶を飲んでいる。 調理器具も、食材も、すべて準備は整っている――整えているのは、主に弥生と忍だが。
「今日は、昨日の反省を活かすの。
ランチはきっちり一時間。十三時には終わり」
「……その後は?」
弥生の問いに、雪乃は当然のように答えた。
「疲れてたら閉店。元気だったら開店」
「順序が逆です」 忍が即座に突っ込む。
十二時。 扉が開くと同時に、待っていた客がなだれ込んできた。
「今日は開いてる!」
「ランチが食べられるって聞いたぞ!」
「昨日は間に合わなかったからな!」
予想以上の人の入りに、弥生は一瞬だけ顔を引きつらせた。
(……多いですね)
(……多いですね) 忍も同意するように視線を送る。
そして始まる、怒涛のランチタイム。
ナポリタン、サンドイッチ、スープ。 注文が入るたびに、弥生と忍は手際よく動き、雪乃は――
「ちょっと味見するわね」
と言っては、フォークを伸ばす。
「お嬢様、それ三口目です」
「大事なのは回数じゃないわ。精度よ」
さらに注文が重なる。
「ナポリタン二つ!」
「サンド追加で!」
「スープおかわり!」
厨房は戦場だった。 弥生は額に汗を浮かべ、忍は無言で皿を運び続ける。
そして雪乃は。
「忙しいわね……」
椅子に座ったまま、紅茶を飲みながら感想を述べていた。
「お嬢様も、少しは手伝っていただけると……」
「今、集中力を温存してるの」
「集中力って、そもそも、お嬢様に未実装なのでは?」
弥生がぽつりと言う。
「集中力という言葉を知っていた事自体驚きです」
忍も淡々と続けた。
雪乃はむっとして二人を睨んだ。
「失礼ね。ちゃんと知ってるし、ちゃんとあったわよ」
「“あった”……?」
「でも、あまり使わないから、なくてもいいかなと思ってデリートしたの」
「削除する機能じゃありませんからね!?」
そんなやり取りをしている間にも、時間は容赦なく進む。
時計の針が、十三時に近づいた頃―― 店内は、ようやく一息つける状態になっていた。
「……ふぅ」
弥生が深く息を吐く。
「なんとか、ランチタイムを乗り切りましたね」
「ええ。もう十三時です」
忍が時計を確認する。
その瞬間。
「――よし」
雪乃が立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ開店ね」
「…………は?」
弥生と忍の声が、完全に重なった。
「お嬢様。
今まで、何をしていたとお思いですか?」
「ランチを出してたでしょ?」
「それは“営業”です」
忍が冷静に訂正する。
雪乃はきょとんと首を傾げた。
「違うわよ。ランチタイムは準備運動みたいなものよ。
本番はこれから」
「本番……?」
「十三時からが、喫茶店の営業時間」
そう言って、雪乃は扉の札を裏返した。
――OPEN。
「……ランチが終わってから、開店……?」
弥生の声が震える。
「ええ。だって、ランチで忙しすぎて、
“喫茶店らしい雰囲気”を楽しめなかったじゃない」
「原因はお嬢様の気まぐれです」
「細かいことは気にしないの」
扉が開いたことで、外で様子を伺っていた客が入ってくる。
「お、開いたぞ」
「ランチはもう終わったらしいな」
「まあ、コーヒーでも飲むか」
完全に疲労困憊の弥生と忍。 そして、なぜか一番元気な雪乃。
「さあ、これからが本当の営業よ。
紅茶とコーヒーで、優雅な午後を――」
そう言いながら、雪乃はカウンターに戻り、椅子に座った。
「……あ」
そして一言。
「お腹いっぱいだから、あまり動けないわ」
弥生は天を仰ぎ、忍は静かに悟った。
(ランチが忙しすぎて、ランチ後に開店する)
(しかも店主は、すでに満腹で働く気がない)
こうして――
喫茶店「雪の庭」の
“ランチは十三時まで、開店は十三時から”という謎営業形態が、
また一つ、街に伝説として刻まれるのだった。
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