プリンセス諸国漫遊記

しおしお

文字の大きさ
9 / 11

第8章 湖畔の微笑みは誰のため

しおりを挟む
 朝靄が立ちこめる、静かな湖だった。

 アリシア一行の馬車が渡った石造りの橋の下では、水鳥たちが緩やかに羽を広げ、白く輝く水面を滑っていく。どこまでも静かで、どこまでも美しい――それがこの町、《リュクレール湖畔》の第一印象だった。

 「別荘地として知られているだけあって、整っていますわね……まるで絵のような町並み」
 ベアトリスが馬車の窓から身を乗り出し、湖畔の並木道を見渡す。

 「けど、空気が少し、張りつめてる気がするな」
 ガイアが低く唸った。
 「見張られてるような、そんな気配がする」

 「観光地にしては、不自然なほど兵士の数が多い」
 ユリウスも周囲を注視しながら馬車の外を見回す。

 ――リュクレール湖畔。
 かつては王国の貴族たちが静養地として訪れた地だが、今では“選ばれし者だけが招かれる町”として閉ざされつつあった。

 その裏で、近隣の村々から「働き手の若者たちが次々と姿を消している」という報告が入っている。
 「貴族の従者として選ばれた」と言われ、家族の前で笑顔を見せて去った若者たちは、誰一人戻ってこなかった。

 アリシアはその話を、王都の密偵報告で知った。

 「この町で、何かが起きている。けれど、あまりにも“整いすぎている”のよ。まるで、隠そうとした跡が見えるような……」

 「これは、“誰かが意図的に作り上げた平穏”だな」
 ユリウスが静かに言った。
 「表の顔だけでなく、裏の構造もきっちりしている。こりゃ……相手は手練れだぞ」

 * * *

 町の広場では、ちょうど「湖の祝祭」と呼ばれる年に一度の祭が準備されていた。

 貴族たちの別荘からは楽団が集められ、白いテントが立ち並び、湖に浮かぶ船上舞踏会の準備も進められている。

 「観光地にしては妙に盛大ですわ……何かを隠すように、騒がしさで蓋をしているような」

 ベアトリスの感想に、アリシアは頷いた。

 「祝祭の裏で、失踪事件が重なっていることを考えると、この祭そのものが“選抜の場”なのかもしれません」

 「狙われるのは、若く、従順そうな者たち。働き手とされているが、真の目的は別にある可能性も高い」
 ユリウスが情報帳を開いて確認する。

 「“奉仕の名のもとに若者を集めている”って話を聞いたことがある」
 ガイアが言う。
 「だが、集められた連中は、なぜか皆、家族に手紙を出さない。痕跡もなし。まるで――消されたように」

 * * *

 夕刻。

 一行は町の古い宿《白月亭》に腰を落ち着けた。女将は人当たりがよく、柔らかい口調で対応してくれるものの、どこか言葉に慎重さがあった。

 「最近、働き手の若い人をよく見かけるようになったと聞きましたが……」
 ベアトリスが控えめに尋ねる。

 女将は微かに眉をひそめた。

 「ええ……“選ばれた子たち”ですね。貴族様がね、お屋敷でお仕えする若者を集めてるんです。お給金も良くて、うちの娘も以前“どうしても行きたい”って……」

 「その娘さんは、今は……?」

 「……もう三ヶ月、連絡はありません。貴族様に仕えるような立派な仕事ですから、忙しいのだと……」

 その“忙しさ”が、真実でないことは明白だった。

 アリシアは静かに、女将の手を取った。

 「必ず、お嬢さんを見つけ出します。王家の名にかけて、真実を暴いてみせます」

 女将の瞳に、堰を切ったように涙があふれた。

 「……ありがとう、ございます……」

 * * *

 その夜。

 ユリウスとガイアが、貴族の別荘区域の裏道に潜入し、町の地図と衛兵の巡回ルートを調べていた。

 「見ろ。ここだ。湖のほとりに“使われていない屋敷”が一棟ある。表の名簿には載ってねぇ」
 ガイアが地図を差す。

 「監視は緩いが、裏門には魔法障壁が張られている。一般人を近づけさせないための細工だな」
 ユリウスが分析を重ねる。

 一方その頃、アリシアはベアトリスと共に、祭の準備会場である町の中央庭園に赴いていた。

 「この“湖の舞踏祭”には、町の若者も参加できると聞きましたわ」

 「はい。特に今年は、“選ばれし青年”による奉仕の舞があるとかで……」
 案内役の神官風の男が、にこやかに答える。

 「選ばれた者は、祭の夜、湖に浮かぶ舞台で“最後の舞”を奉納し、貴族に献上される――」

 「献上……?」

 「ええ。献上とは言っても、名誉なことです。貴族に仕え、名を上げる者もいれば、遠方の領地に召し抱えられることも」

 言葉こそ柔らかいが、その実、“帰ってこない”ことの暗喩だった。

 アリシアの目が鋭く光る。

 「ベアトリス、私、この舞に参加しますわ」

 「へっ……!?」

 「姫様っ!? ま、まさか囮に……!?」

 「ええ。踊りは得意ですし、条件にも合っていると思いますわ。“若くて従順な娘”……でしょう?」

 冗談めかして微笑むアリシアの瞳には、確固たる決意が宿っていた。

 「敵が“選ぶ”というのなら、私が選ばれましょう。そうすれば、見えない“出口”が見えてくるはずです」

 そのとき、湖の奥から風が吹いた。

 まるで、遠くから誰かの声が――助けを求める声が、湖面をすべって届いたかのようだった。


---

承知しました。以下に**第8章〈後編〉(約4000文字)**をラノベ形式でお届けします。
アリシアが囮となって潜入した舞踏祭の裏で、ついに“若者たちが消えた真相”が明らかになります。偽りの貴族たちと対峙し、民の尊厳を守るため、アリシアが下す決断とは――。

 祝祭の夜、湖は静かだった。

 空には星が瞬き、湖面にはその星々が揺らめいて映る。
 白い灯りに照らされた船上の舞台は、まるで幻想の宮殿のように輝き、音楽隊が奏でる旋律が静寂を裂いて流れていた。

 だが、それは美しいだけの夜ではない。
 ――“選ばれた若者たち”が、その舞台に集められていたのだから。

 「このあと、選抜者は各貴族のもとへ移送されます。皆さま、誇りを持ってご奉仕なさい」
 司祭風の男が穏やかに語りかけるが、その背後には、目を伏せる従者たちと、鋭い目つきの衛兵たち。

 アリシアは“仮面舞踏用”のドレスをまとい、うつむく少女たちの列に静かに並んでいた。

 (これは……“奉仕”なんかじゃない。支配の儀式だわ)

 選ばれた少女たちは皆、別の村から連れてこられた者たち。言葉も交わさず、目を合わせようとしない。

 まるで“心を閉ざすように”教え込まれてきたかのようだった。

 (このままでは、彼女たちは“品物”として運ばれる。ならば――私が動くしかない)

 * * *

 その頃、町外れの“空き屋敷”にユリウスとガイアが潜入していた。

 「いた……地下だ」
 ユリウスが鋭く声を漏らす。

 隠し階段の先には、牢のような部屋がいくつも並んでいた。
 その中に、囚われたままの青年たちがいた。

 「た、助けてくれ……俺たちは騙されたんだ……」
 「“貴族の従者”になれるって信じたら……ここに閉じ込められて……!」

 ユリウスは素早く錠を開け、青年たちを開放する。

 「逃げろ。外には味方がいる。真っ直ぐ町の礼拝堂を目指せ」

 一方ガイアは、別室で“契約書”を発見していた。
 ――“若者供給に関する覚書”
 王国貴族の名を騙った文書には、奴隷商人との取り引きが明記されていた。

 「……これでハッキリしたな。こいつら、“奉仕”の名の下に、人を売ってやがった」

 ガイアは書類を持って階段を駆け上がる。

 「間に合えよ……姫様……!」

 * * *

 舞踏の時間が始まった。

 湖に浮かぶ船上舞台に、選ばれた少女たちがひとり、またひとりと呼ばれて踊る。

 美しい旋律の中、貴族たちの仮面が笑う。
 だがその笑みの奥には、明らかに“品定め”の視線が潜んでいた。

 「次、“仮面番号七番”――」

 「はい」
 アリシアはゆっくりと歩みを進めた。

 (始めましょう。仮面の下に隠された、真実の仮面を剥がすときです)

 旋律が流れ、アリシアのドレスが舞う。
 その所作は優雅で、気品に満ちていた。仮面越しの視線すら釘付けにし、貴族たちの間にどよめきが走る。

 「おや、あの娘……ただ者じゃないぞ」

 「ふふ、私の屋敷に迎える価値はあるな……」

 そんな中、舞台上でアリシアはふと、くるりと回った拍子に――

 仮面を、落とした。

 「……!」

 驚きに息をのむ音が、一斉に広がった。

 「控えおろう!」

 突如、湖畔に設けられた観覧席からユリウスの声が響く。

 「そのお方は――エルディア王国第一王女、アリシア様であらせられる!」

 貴族たちがどよめく。

 「ば、ばかな! 姫がこんな場所にいるはずが――!」

 「いいえ。私はここにいます」
 アリシアは静かに仮面を手に取り、観客席を見下ろした。

 「貴族を装い、奉仕の名の下に若者を攫い、売り払う。そんな悪行を、王家が見過ごすと思いましたか?」

 場が凍りついた。

 「お前たちの名前で発行された契約書は、すでに王都の騎士団へ送られた。逃げ場はないぞ」
 ガイアが檀上に現れ、証拠の束を高く掲げた。

 「くそっ……捕らえろ! 姫を――!」

 貴族のひとりが叫ぶが、すでに兵たちの半数は混乱していた。
 しかも、そのとき――

 「きゃああっ!」

 突然、観覧席の一角が爆ぜた。
 煙幕と共に現れたのは、黒衣の忍――シグレ。

 「はいはい、失礼して通りますよ~。誰が姫に手を出すんですか? 斬りますよ?」

 シグレの飛び道具が次々と兵を封じ、混乱に乗じてアリシアは檀上から降りる。

 「今よ、みんな逃げて!」
 アリシアの声に、列にいた少女たちが次々と走り出す。

 「家に……帰れるの!?」
 「うん。もう大丈夫だから!」

 アリシアは微笑み、少女たちを後押しする。

 貴族たちは仮面をかなぐり捨て、逃げようとするが――

 「逃がさない。これが“本当の仮面舞踏会”だ」
 ユリウスとガイアが左右から貴族たちを包囲し、次々と取り押さえていく。

 舞台の照明が消え、祝祭の喧騒は、真実の裁きの場へと変わっていった。

 * * *

 数日後。

 王都から派遣された騎士団により、事件の関係者は全員拘束された。
 町に戻った若者たちは家族との再会を果たし、湖の静けさも取り戻されていく。

 「……姫様、あの夜の舞、とっても美しかったです」
 ベアトリスが頬を染めながら語る。

 「ふふ、練習しておいてよかったわ。意外と役に立つものね、王族の舞踏教育も」
 アリシアは静かに湖を見つめた。

 水面は穏やかに揺れ、かつて少女たちが囚われた場所とは思えないほど、澄んでいた。

 「この町がまた、誰かに“微笑み”を与えられる場所でありますように……」

 その祈りの言葉とともに、アリシアたちは次の町を目指して歩き出す。

 その丘の上には、またあの人影――
 セラフィムが、帽子を目深にかぶり、彼女たちの旅路を静かに見送っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

落ちこぼれ村娘、拾った王子に溺愛される。

いっぺいちゃん
恋愛
辺境の村で育った元気娘 ミレイ。 ある日、森で倒れていた金髪の青年を助けるが、 実は彼は国一の人気者 完璧王子レオン だった。 だがレオンは外に出ると人格がゆるみ、 王宮で見せる完璧さは作ったキャラだった。 ミレイにだけ本音を見せるようになり、 彼は彼女に依存気味に溺愛してくる。 しかしレオンの完璧さには、 王宫の闇に関わる秘密があって—— ミレイはレオンの仮面を剥がしながら、 彼を救う本当の王子に導いていく。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。 ※この作品は「小説家になろう」でも同時投稿しています。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

【完結】全力告白女子は、今日も変わらず愛を叫ぶ

たまこ
恋愛
素直で元気が取り柄のジュディスは、無口で武骨な陶芸家ダンフォースへ、毎日飽きもせず愛を叫ぶが、ダンフォースはいつだってつれない態度。それでも一緒にいてくれることを喜んでいたけれど、ある日ダンフォースが、見たことのない笑顔を見せる綺麗な女性が現れて・・・。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...