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第1話 未曾有の危機
しおりを挟む王都オルディアに、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
「破級大魔獣だ! 城門前に破級が現れたぞ!!」
衛兵の叫びが空気を震わせ、街にいた人々が一斉に逃げ惑う。
石畳の上を悲鳴が駆け抜け、子どもを抱えた母親たちが家へと走り戻る。
破級――
それは、魔法師団総出で挑んでやっと退けられる災厄級の魔獣。
王都が震撼して当然だった。
---
その混乱の中、ひとりの少女が市場の角から顔を出した。
ルーチェ・フェリシア。
魔法学院でも“落ちこぼれ”と呼ばれ、魔力が弱いだの計算式が苦手だのと揶揄されてきた少女だ。
「……え? なに、この騒ぎ」
買い物帰りでパンを抱えていたルーチェは、鳩のようにぱちぱちと瞬きをした。
その目の前を、鎧を着た兵士が全力疾走で通り過ぎていく。
「おい新人! 呆けてないで逃げろ! 破級だぞ、破級!!」
「えっ……破級って、あの“国が滅ぶやつ”の破級ですか?」
「そうだ! 傍観してる暇はない、走れ!!」
兵士の悲鳴のような声を残し、また別の方向へ走り去っていく。
ルーチェはパン袋を抱えたまま立ち尽くした。
「……こんなの、巻き込まれる未来しか見えないじゃない」
言い終える前に、巨大な影が王都の外壁を乗り越えて迫った。
地響き。
振動で窓が割れ、瓦が落ちる。
黒く濁った魔力の塊のような大魔獣――
目だけがぎらぎらと光り、咆哮とともに地上へ降り立った。
「ひっ……!」
周囲の魔法師団が炎と氷の魔法を撃ち込むが、破級の皮膚は傷すらつかない。
逆に払われた一撃で兵士ごと吹き飛ばされ、街路に崩れ落ちる。
「魔法師団が……壊滅……?」
ルーチェはぎゅっとパン袋を抱え、目を伏せた。
(面倒ごとに巻き込まれたくない……けど、このままだと王都が火の海だし)
大魔獣が頭をもたげ、魔力を溜め始める。
破級特有の兆候――広範囲破壊魔法だ。
ここで誰も止めなければ、王都は跡形もなく消し飛ぶ。
兵士たちは恐怖で動けず、魔法師団は半数以上倒れ、
残った者も震えながら距離を取っていた。
「……はぁぁ。こういうの、本当に性に合わないのよね」
ルーチェはパン袋を地面にそっと置いた。
そして――誰も見ていない裏路地へひらりと移動する。
袖の中から、淡く輝く魔力を指先へ集める。
それは“落ちこぼれ”の少女が扱えるものではないほど濃密で、静かな威圧感さえ纏っていた。
「……ちょっとだけ。
本気を出すと面倒だから、最低限ね」
そうつぶやき、軽く指を鳴らした。
その瞬間――世界が白光に包まれた。
轟音、そして静寂。
まばゆい光が収まると、そこには――
大魔獣の巨体が、跡形もなく消えていた。
兵士たちは呆然と立ち尽くす。
「な、何が起きた……?!」
「破級が……消滅している……!」
ルーチェは裏路地の影に隠れ、こっそりパン袋を拾い直した。
「ふぅ……。これでまた静かにパンが食べられるわね」
誰もいない場所で、ささやかな安堵の息を吐いた。
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