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第13話 日常魔法が有能すぎて周囲が騒ぐ
しおりを挟むフロストリアでの生活にも少しずつ慣れてきたルーチェは、公爵邸の客室から小さく伸びをした。
「さて……今日は洗濯でもしましょうか」
王国での生活では、魔法行使禁止のせいで何もできなかった。
久しぶりに解放された魔力を使ってみたくなるのは自然なこと。
ルーチェは、侍女がまとめてくれた洗濯物へ軽く手をかざした。
「《清浄(ピュアライズ)》」
ふわりと白い光。
洗濯物はほんの一秒で真っ白に、ふかふかに仕上がる。
「はい、終わりましたわ」
そこで振り返った瞬間──
「えええええええええーーーーっ!!?」
侍女二人が壁に張り付いていた。
「ま、ま、まさか……一秒……?」
「今、光が……光が……! なんですかあれは……!?」
「普通の洗浄魔法ですけれど……?」
「普通ではありませんッ!!」
侍女たちはわなわな震えながら洗濯物を触る。
「ふわっふわ……!? 新品より綺麗……!!」
「なんですかこの肌触り……!?」
「ちょっと念入りにかけただけですわ」
「念入りの概念が違います!!」
侍女の悲鳴は公爵邸の廊下へ響き渡った。
* * *
昼にはさらに騒ぎが起こる。
厨房へ立ち寄ったルーチェが、料理人が落ち込んでいるのを見かけたのだ。
「どうしたのですか?」
「いえ……鍋が焦げついてしまって……公爵様のお食事用なのに……」
「あら、少し貸してくださいな」
ルーチェは鍋を両手で包み込むように持つ。
「《再質(リメンド)》」
瞬間、鍋は光に包まれ──
次の瞬間には、買ったばかりの新品どころか、魔力加工で強度が三倍になっていた。
「……はい、できましたわ」
料理人は鍋を落としそうになった。
「な、な、な、な……!?」
「強化までされておる!? これは魔道具級……!」
「魔力の流れが……美しすぎる……!」
「料理しやすいように底を少し厚くしておきましたわ」
「そんな注文、してませんッ!!」
騒がれすぎて、ルーチェは本気で困惑する。
(わたくし、本当に普通の生活魔法しか使っていませんわ……?)
* * *
午後。
中庭では庭師が枯れかけた花を見て肩を落としていた。
「また冷気で枯れてしまったのか……珍しい花だったのに……」
「あら、それでは……」
ルーチェは膝をつき、花にそっと触れた。
「《芽吹きの祝福(ブロッサム)》」
柔らかな光が広がり──
次の瞬間 花壇一面が満開の花畑 になった。
「…………」
庭師「…………………………」
庭師「ちょっと待ってください」
「はい?」
「何を……何をされたのですか……?」
「少し元気を分けただけですわ」
「“少し”でこれは森ができる勢いなんですが!?」
「森は作ってませんわ!」
「このままいくと季節が変わります!!」
(そんなはずありませんわ……?)
* * *
その日の夕方。
アークト公爵が廊下を歩いていると、騎士団長が駆け寄ってきた。
「公爵様、大変です……!」
「騒がしいな。今度は何があった?」
「ルーチェ殿が……生活魔法だけで……建築物の修繕レベルの……」
「……またか」
アークトはため息をついたが、その目の奥は僅かに楽しげだった。
(生活魔法でこれほどの成果……やはり規格外……)
静かに心の中でそう呟きながら、彼は部屋へ向かった。
部屋の前では、侍女と騎士と料理人と庭師がひしめき合い、
「国宝です……!」
「いえ、国家守護級です……!」
「公爵領の守り神では……?」
とざわめいている。
扉を開けると、ルーチェが困った顔でこちらを振り向いた。
「公爵様……なんだか皆さん、わたくしを過大評価しているようで……困りますわ」
「過大ではない。事実だ」
「えええ……?」
アークトは、わずかに口元を緩めて言う。
「安心しろ。君が望むなら、騒ぎは私が抑える。
君はただ、ここで好きに魔法を使えばいい」
「……ありがとうございます」
その言葉の意味に、ルーチェはまだ気づかない。
静かに寄り添う気遣いこそ、公爵の溺愛の始まりだった。
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