無資格魔法使いが最強すぎる件 ―資格ってなんですか? 強いのでそんな資格いりません―

しおしお

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第14話 氷の公爵の静かすぎる溺愛

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 公爵邸の朝は静かで、氷の国とは思えないほど温かな陽光が差し込んでいた。

 ルーチェは廊下を歩きながら、昨日起きた出来事を思い出していた。

(……なんだか、皆さんが大げさすぎますわ……
 洗濯物を乾かしただけで“国家守護級”って……?)

 むしろ、自分のほうが戸惑っている。

 そんな思案をしていると――

「ルーチェ嬢」

 深い声が背中に届いた。

 振り向くと、アークト公爵が立っていた。
 氷のように整った顔立ちだが、その目はどこか柔らかい。

「昨日はよく眠れたか?」

「はい。おかげさまで……」

「そうか」

 それだけ言って歩き出す。
 ルーチェも横に並ぶように歩くが、ほんの少し距離を取っていた。

(……やはり、この方は近寄りがたい雰囲気ですわね)

 アークトは、そう思われているとはつゆ知らず、
横目でこっそり彼女の歩幅に合わせていた。

* * *

 朝食の席。

 テーブルには温かなスープと焼きたてのパン。
 シンプルだが心が落ち着く食卓だった。

 ルーチェがスープをすくおうとした瞬間――
アークトが、ぴたりと手を伸ばし、

「そのスプーンは大きすぎるだろう。替えを」

と言うより早く、侍従が小ぶりのスプーンを差し出した。

「えっ、あ、ありがとうございます……?」

「気にするな。客人の快適さは、主の務めだ」

 アークトは淡々と答える。

 しかし侍従たちは小声でざわついていた。

「公爵様が……細かい気遣いを……」
「まさか……あの氷の公爵が……?」
「優しい……優しすぎる……」

(えっ……そんな大げさに言うほどのこと?)

 ルーチェはスプーンを握りながら戸惑う。

* * *

 食後。
 屋敷の中庭を散歩していると、昨日の件で慌てふためいた庭師が走り寄ってきた。

「ルーチェ殿! 昨日の花畑ですが……!」

「あら、やりすぎでしたかしら……?」

「い、いえ! いえ! 大事に育てますとも!!」

 庭師が深々と頭を下げる姿に、ルーチェは逆に申し訳なくなった。

(本当に、少し元気にしただけですのに……)

 そのとき、アークトがいつの間にか隣に立っていた。

「気にするな。昨日の成果は、私の領の誇りになる」

「誇り……? そんな……大げさすぎますわ」

「大げさではない。
 君が触れただけで豊かになる土地など、そうあるものではない」

 アークトは淡々と告げる。
 しかしその横顔には、わずかに柔らかさが宿っていた。

 庭師がこっそり耳打ちする。

「ルーチェ殿、公爵様は……あなたを相当気に入っておられますよ……!」

「えっ!? な、なぜですの!?
 ええと、わたくし何か失礼なことを……!?」

「違います違います!! 良い意味でです!!」

 狼狽するルーチェ。
 その様子を見て、アークトはほんの少しだけ、目元を綻ばせた。

(……やはり、鈍い)

 彼はそう心の中で呟く。

* * *

 屋敷へ戻る途中、アークトが歩みをゆるめた。

「ルーチェ嬢」

「はい?」

「……この国では、魔法の資格制度はない。
 ゆえに、君の力は自由に扱える」

「そうですわね。本当に助かっています」

「ならば……」

 アークトは、ふと目線を逸らしながら言った。

「君が望むなら、“資格”を与えることもできる。
 私個人として、だが」

「えっ……資格……?」

「君がこの国で不自由なく暮らせるように、というだけだ」

「そ、そんな……申し訳ありませんわ……!」

「礼はいらない。必要なことをしているだけだ」

 アークトは、まったく動揺した様子もなく言った。

 一方、侍従たちは陰で大騒ぎしていた。

「公爵様が……“個人として”……?」
「それはもう……その……求婚に近いのでは……?」
「ルーチェ殿は……全然気づいてない……!」

(わ、わたくし、本当に何も気づいていませんわよ!?)

 ルーチェは心の中で叫ぶしかなかった。

* * *

 その日の終わり、ルーチェは部屋へ戻りながら小さく呟いた。

「みなさん……なんだか大げさですわ。
 わたくし、本当に普通の無資格魔法使いなのに……?」

 遠くからその声を聞いたアークトは、微かに笑っていた。

(……普通、か。
 君ほど普通からかけ離れた存在も珍しいのだがな)

 静かな溺愛は、まだルーチェには届かない。
 しかし、公爵の優しい目は、確かに彼女を見つめていた。


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