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第2章
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2-1:豹変する公爵様
夜明けの光が窓辺を淡く染めるころ、私はまだ心臓の鼓動が収まらないまま朝食の準備に向かっていた。仮面だったはずの契約を超えたあの夜以来、公爵アレクシスの態度は一変していた。
――今日も、彼は私に微笑みかけてくれるだろうか。
そう思いながら、私は赤絨毯の廊下を進む。奥の食堂へと続く扉を押すと、いつものように隣の扉も同じ時間に開かれ、私は彼の姿を見た。
「おはよう、ジャアナアリー」
アレクシスが軽やかな声で挨拶する。彼の声色は、あの冷淡な業務連絡とはまるで違う。あたたかく、穏やかで、まるで幼い頃から馴染みのあった恋人のようだった。
私は慌てて頭を下げる。
「おはようございます、公爵様」
だが、彼は一歩前に進み、隣の椅子を指さした。
「こちらへどうぞ。君と同じテーブルだ」
食器棚でフォークを取り落としそうになる自分に気づき、慌てて両手を握りしめた。
「え、ええ……かしこまりました」
普段なら、彼と同じ食卓に着くなど考えられないことだった。契約期間中は、別テーブルで無言のまま皿を並べ、食事を終えたらさっさと退席するのがルールだった。それが今は、同じテーブルで向かい合って朝食を共にする──なんという変化だろう。
アレクシスは皿に盛られたオムレツを一口食べ、満足そうに頷いた。
「君の好みに合っていたようだね。卵はふわりとした食感に、ハーブを少し加えてみた。どうだろう?」
「……とても、美味しいです」
私の声は震えていた。彼のさりげない配慮が、胸に熱い波紋を広げる。業務連絡の書状ではなく、この声と笑顔で語りかけられることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
朝食を終えると、彼は立ち上がり私に手を差し伸べた。
「今日、少し散歩でもどうだろう?」
私は驚きとともに手を伸ばし、その手をそっと握った。
「はい。ぜひ、ご一緒させてください」
庭園に出ると、春の花々が柔らかな陽光に照らされて咲き誇っている。木漏れ日の中を歩きながら、アレクシスは時折、私の頬にかかる髪を指先で払った。
「君の髪には、どんな花よりも艶がある」
その言葉に私は思わず足を止めた。心臓が跳ね上がり、顔が熱くなる。
「そ、そんな……」
照れ隠しに視線を下げると、彼は微笑んで目を細めた。その笑顔は契約という鎧を脱ぎ捨てた公爵の、本当の素顔そのものだった。
「ジャアナアリー、君にだけは真実の私を見せたいと思っている。それを受け止めてほしい」
一歩ずつ、二人の間の距離が縮まっていくのを感じる。彼の視線が真剣で、優しく、切なく――私の心を揺さぶった。
恋愛禁止の契約は、すでに過去のものとなっていた。彼がこうして手を取り、同じ空気を共有し、微笑みを交わすこと自体が、何よりも強くその証だった。
「公爵様……」
私の声は囁きになり、彼はそっと私の頬に触れた。
「これからは、もっと君の声を聞かせてほしい。喜び、悲しみ、何でも――」
胸が張り裂けそうな熱に包まれながらも、私は深く頷いた。
「はい……公爵様の、すべての声を受け止めます」
春風に乗って、私たちの新たな物語が静かに幕を開けた。契約の枠を越えた、本当の夫婦として。これが、二人で歩む――真実の愛のはじまりだった。
2-2:社交界の手のひら返し
春の社交界最大の舞踏会――王都迎賓館の大広間は、天井から吊るされたクリスタルシャンデリアが無数の光を乱反射し、まるで星屑が夜空を舞うような華やかさに包まれていた。大理石の床には細長い絨毯が敷かれ、その両脇を彩る優雅な貴族たちの装いは、まさに洗練の極み。あの契約婚以来、私ジャアナアリーはただ“花嫁見本”として世間の嘲笑にさらされてきた。だが今日は違う――私は公爵アレクシス・ヴァン=カーディアの“お気に入り”として参加する。
「ジャアナアリー、久しぶりだな。昨日まで氷の女王と呼んでいたくせに、今日は学園のアイドルみたいだ」
後ろから声をかけられ、私は肩越しに微笑んだ。かつて社交界で張り合った伯爵令嬢ローレンだった。彼女の瞳には驚きとともに、かつてとはまるで別人を見つめるような熱い視線が宿っている。
「ローレン・シュタインハルト殿、今夜はお褒めいただきありがとう」
私は淡く礼儀正しく頭を下げる。彼女は唇を軽く嚙みながら、ぎこちない笑みを返した。
大広間の中央にはアレクシスが立っている。長身の黒い礼服に身を包み、いつもの無表情ではなく、温かな微笑を浮かべて私を見つめていた。その視線が私の頬を照らし、頬に熱い紅潮が走る。
「殿下、ご紹介します。こちらは伯爵令嬢ジャアナアリー・ミラシオン殿です」
黒尽くめの執事長ミカエルが、私たちの到着とともに放った言葉は、社交界の空気を一変させた。瞬く間に周囲の貴族たちの噂がざわめき、私たちの周囲に視線が集中する。
「おや、公爵様のお選びになった花嫁か。噂以上の美しさだな」
「契約婚だと聞いていたが、まさかここまで格が違うとは」
ひそひそ話を交わす貴族たちの声は、もはや嘲笑ではなかった。刮目と称賛が入り混じり、その熱量が私の背筋を伸ばさせる。昨日までの「金で買われた傀儡妻」などという汚名は、今や紙屑のように砕け散っていた。
「ミラシオン家の令嬢殿、お久しぶりですわ」
かつて私を嘲笑していた令嬢――ジルザ公爵家のルクレティアが、白いドレスの裾をひらめかせながら近づいてきた。彼女は高慢に笑い、私の手を取りながら言った。
「今夜は、公爵様の“お気に入り”ということで、私もご挨拶に来たの。仲良くしてくださらない?」
私は冷静に会釈するが、その心中は複雑だった。かつては私の顔を見ただけで鼻で笑っていた彼女──その手が、自分の胸元を軽々と打つ。その手のひら返しに、ぞくりとするものがあった。だが私にはもはや、彼女の薄っぺらな友情は必要ない。
「ごめんなさい、ルクレティア殿。私はこれまでの関係を超えて、これからは公爵様の妻としての立場を大切にしたいと思っています」
あえて距離を置く私の言葉に、ルクレティアの微笑は一瞬消えかけた。だがすぐに作り笑いに戻し、こんな声をひそひそと洩らす。
「そう……なのね。でも、社交界では何があるかわからないわ。いいわ、私も気まぐれだから」
その言葉を背に受け流し、アレクシスは優雅に私の手を取り、舞踏会の中心へと歩き出した。自然と視線が集まり、私たちは王都社交界の“憧れのカップル”となっていく。
ホールの隅には、私を嘲笑した令嬢たちが苦々しい表情を浮かべているのが見えた。いまや彼女たちの視線には、羨望と焦燥しか残されていない。私を見下していた彼女たちは、今まさに自分の誤算を噛みしめていた。
「何が起こったのかしら……」
本心が露わになるルクレティアの言葉を、私は背中越しに聞き流した。彼女たちの存在自体が、今の私たちの幸せな時間には何の影響も与えない。もはや私の隣には、公爵アレクシスしかいないのだ。
歩を進めるごとに、社交界の空気はさらに熱気を帯びていく。各家の令嬢や令息たちが、私たちに挨拶し、写真家たちはシャッターを切る。まるで私とアレクシスがこの夜の主役であるかのように――それは決して過剰な演出ではない。お互いに支え合う本物の夫婦として、私たちは社交界に堂々と歩みを進めていた。
「ジャアナアリー、君は美しい。心から、誇らしい」
彼の囁きは、人混みの喧騒をすり抜けて、私の心に深く響いた。公爵のお気に入りであることは、単なる立場の変化ではない。本当に私を大切に思い、守り、誇りに思う人がここにいるという――その事実こそ、何よりも暖かく、何よりも力強かった。
剥がれた偏見と、跡形もなく消えた噂の灰の上で、私は新たな自分を見つめていた。社交界の手のひら返しは、私にとって報復というよりも、真実の愛の証だったのだ。
2-3:元婚約者の公開謝罪
その日の午後、王都の中央広場には政務と社交を兼ねた「春の評議会」が開かれていた。広場に面した大理石のバルコニーには、公爵アレクシスをはじめとする各貴族が列を成し、見下ろすように街を見渡している。その下では、市井の人々が新たな法令や税制改定の発表を待ちながら、華やかな舞踏会の来訪者を目にしてざわめいていた。
私は公爵の隣で、いつものように淡い微笑みを浮かべていた。長い儀礼服の裾をそっと踏まないように気をつけながら、ふと視線を前方に移すと──心臓が一瞬、凍りついた。
「ジャアナアリー! 待ってくれ、お願いだ!」
群衆の中から、大声で私を呼ぶ声。しかも、その声の主はかつて私を婚約破棄した男、ネヴィル・ガルノ――彼の名は貴族社会でも一目置かれる侯爵家の嫡男だった。私はその場で凍りついたまま、毅然とした表情を保ち、視線をそらさないようにした。
彼は背広ではなく、戦装束に近い正装で駆け寄ってくる。真紅のマントを翻し、誰よりも目立つ存在感を放っている。まるで舞台俳優が見せ場を迎えた瞬間のようだった。
「ジャアナアリー、あれは誤解だったんだ!」
「君を利用しようなんて、あのときの私は最低だった!」
「どうか、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか!」
広場にいた貴族たちが一斉に注目し、ささやき声が渦のように広がる。かつて私を軽んじ、婚約解消の一報を一面見出しで誇らしげに掲げた彼が、いまや土下座に近い体勢で私の許しを乞うている──その様子は滑稽で、そして耐え難いほど居心地が悪かった。私は一秒たりとも瞬きをせず、深呼吸をしてからゆっくりと顔を上げた。
「ネヴィル・ガルノ殿」
私の声は低く、冷ややかだった。集まった貴族たちがその一言に息を呑む。
「あなたが私にしたことは、忘れられるものではありません。政略結婚の駆け引きで私がどれほど傷ついたか、あなたには一切の責任があることをお忘れですか?」
その言葉に、ガルノは一瞬言葉を失った。だがすぐに「違う!」と顔を上げ、少し離れた場所から見下ろすアレクシスへと視線を移す。
「殿下、お願いだ。お手柔らかに――」
彼の視線に気づいたアレクシスは、その場に静かに降り、ガルノの背後に立った。黒い礼服の裾が舞うたび、まるで氷の風が吹きつけるかのような凛々しい気配が広場を包む。
「ガルノ侯爵」
アレクシスの声は穏やかだが、底には不動の強さがあった。人々のざわめきがピタリと止まる。
「君には、妻としての誇りがある。勝手な都合で婚約を解消した挙句、今さら自分の過ちを取り戻そうというのか」
一歩、さらに踏み出す。ガルノの視線が震え、少し後ずさるのが見て取れた。公爵が放つ冷たい威圧感に、誰もが息をのむ。
「ジャアナアリーは――君の思い通りの玩具ではない。彼女は一人の人間としての尊厳を持っている。その誇りを、誰も傷つけることは許されない」
広場に、確かな静寂が訪れた。貴族たちは皆、アレクシスの言葉に凍りつき、ガルノの哀願が滑稽なまでに色あせていく。ガルノは震える手で胸の前に手をかざし、ようやく歯を食いしばって言い訳を続けた。
「だが……だが、私は、心から後悔している。君を失って初めて気づいたんだ――君以上に大切な存在はなかったと――」
その告白に、遠くから嘲笑とも同情ともつかない声が漏れるが、アレクシスの表情は一切変わらない。
「後悔だけでは、何も解決しない。謝罪が欲しいなら、せめて礼節を弁えた態度を見せよ。そして、二度とジャアナアリーに近づくな」
その言葉を合図に、アレクシスは人差し指をかざし、ガルノを一歩下がらせた。広場に立つガルノは、まるで悪役が敗北を悟ったかのように肩を落とし、そのまま俯いて跪く。
「わかりました、殿下。二度と彼女に――」
しかし、その言葉を最後まで言い切ることなく、人々の冷たい視線と、公爵の威厳に押しつぶされそうになり、ガルノは口をつぐんだまま地面に額を擦りつけた。かつて私を断罪していた記事は、今やガルノ自身を呪いのように縛り付ける鉄鎖と化している。公爵の一言によって、彼は社交界の笑いものとなり、これ以上の汚名はないことを悟ったのだ。
アレクシスは静かに腕を組み、その冷たい視線を私に向けた。そして、まるで彼だけに向けられた言葉のように、小さく囁いた。
「ジャアナアリー、この場で示せたかった」
その言葉に、私は小さく頷いた。公爵が自分の妻を堂々と庇い、誇り高く讃える姿は、何よりも深い愛の証だった。
ガルノが跪いたまま広場を去ると、貴族たちの間からはひそひそと感嘆の声が漏れ始める。かつて私を金で買ったと嘲笑していた連中も、いまや私と公爵の間に流れる揺るぎない絆に、自然と頭を垂れているのだった。
――これが、本当の“ざまぁ”なのだと、私は静かに噛みしめた。
2-4:本物の夫婦への決意
春の野原に吹くそよ風が、二人の顔を優しく撫でる。
マルグリット公園の奥深く、小さな噴水の前でアレクシスと並んで立つと、世界のざわめきが遠のき、まるで二人だけの時間が流れているように感じられた。
「ジャアナアリー」
アレクシスは静かに私の手を取り、柔らかな表情を浮かべる。その瞳には契約という枠を超えた深い想いが宿っている。私は呼吸を整え、彼の瞳を見返した。
――私は、ずっと“契約”の中で生きてきた。
――愛情も干渉もない、まるで契約書に書かれた文字のように、冷たい日々。
――でも、あの夜から何もかもが変わった。
私は一度、視線を落とした。公園の小径には淡い花びらがふわりと舞い、足元を覆っている。ひらひらと落ちる花びらを見つめるうちに、胸の奥に溜まっていた想いが溢れ出しそうになった。
「公爵様……」
言葉が震えた。いつもは毅然と構えていた私が、今はただ感情に任せてしまいそうになる。
「君は、これまでずっと自分を“商品”だと割り切ってきたね」
アレクシスの声は穏やかだが、その奥には確固たる優しさと覚悟がある。
「だが、僕にとってジャアナアリーは、それ以上の存在だ。金銭では測れない価値がある。本当に、君と――」
そう言いかけた彼の言葉を遮るように、私は彼の手をぎゅっと握り返す。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「公爵様」
私は深呼吸し、胸の内を正直に言葉に乗せた。
「私は……これまで、自分の心を閉ざしていました。あなたとの関係は契約だと、ずっとそう思っていたから」
静かな声が、公園の空気に溶けていく。
「でも、公爵様の優しさや想いが、いつのまにか私の心を溶かしていたことに気づきました」
アレクシスは真剣に頷き、手をさらに強く握る。私は視線をそらさず、まっすぐ彼を見つめた。
「私は、公爵様の――本当の妻になります」
「お金のためじゃなく、公爵様と生きることを、自分の意志で選びます」
「これからの人生を、あなたと共に歩みたい」
大声ではない。それでも、私の決意は震えるほど強かった。彼は一瞬だけ目を潤ませ、しかしすぐに微笑んだ。
「ありがとう、ジャアナアリー」
彼の声は優しく、私の名前を呼ぶたびに胸が弾む。
「僕も、ずっと君のことを愛していた。これからは、言葉や契約ではなく、行動で示すよ」
アレクシスは私の頭をそっと撫で、頬に軽く口づけを落とした。その温もりが、心の奥底まで染み渡る。
――これが、私たちの本当の夫婦生活の始まり。
――契約という枠を超えて、愛と信頼で結ばれた関係。
私は彼の胸に顔を寄せ、そっとつぶやいた。
「これから、たくさん――笑って、泣いて、喜んで、一緒に生きていきましょう」
彼は優しく笑い、私の背中を抱きしめながら応えた。
「そうだね、ジャアナアリー。君となら、どんな未来も恐れずに歩いていける」
花びらが舞い散る中、二人の影がひとつに溶け合う。社交界の偏見や契約の壁を越えたその先に、新しい人生が静かに広がっていた。
夜明けの光が窓辺を淡く染めるころ、私はまだ心臓の鼓動が収まらないまま朝食の準備に向かっていた。仮面だったはずの契約を超えたあの夜以来、公爵アレクシスの態度は一変していた。
――今日も、彼は私に微笑みかけてくれるだろうか。
そう思いながら、私は赤絨毯の廊下を進む。奥の食堂へと続く扉を押すと、いつものように隣の扉も同じ時間に開かれ、私は彼の姿を見た。
「おはよう、ジャアナアリー」
アレクシスが軽やかな声で挨拶する。彼の声色は、あの冷淡な業務連絡とはまるで違う。あたたかく、穏やかで、まるで幼い頃から馴染みのあった恋人のようだった。
私は慌てて頭を下げる。
「おはようございます、公爵様」
だが、彼は一歩前に進み、隣の椅子を指さした。
「こちらへどうぞ。君と同じテーブルだ」
食器棚でフォークを取り落としそうになる自分に気づき、慌てて両手を握りしめた。
「え、ええ……かしこまりました」
普段なら、彼と同じ食卓に着くなど考えられないことだった。契約期間中は、別テーブルで無言のまま皿を並べ、食事を終えたらさっさと退席するのがルールだった。それが今は、同じテーブルで向かい合って朝食を共にする──なんという変化だろう。
アレクシスは皿に盛られたオムレツを一口食べ、満足そうに頷いた。
「君の好みに合っていたようだね。卵はふわりとした食感に、ハーブを少し加えてみた。どうだろう?」
「……とても、美味しいです」
私の声は震えていた。彼のさりげない配慮が、胸に熱い波紋を広げる。業務連絡の書状ではなく、この声と笑顔で語りかけられることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
朝食を終えると、彼は立ち上がり私に手を差し伸べた。
「今日、少し散歩でもどうだろう?」
私は驚きとともに手を伸ばし、その手をそっと握った。
「はい。ぜひ、ご一緒させてください」
庭園に出ると、春の花々が柔らかな陽光に照らされて咲き誇っている。木漏れ日の中を歩きながら、アレクシスは時折、私の頬にかかる髪を指先で払った。
「君の髪には、どんな花よりも艶がある」
その言葉に私は思わず足を止めた。心臓が跳ね上がり、顔が熱くなる。
「そ、そんな……」
照れ隠しに視線を下げると、彼は微笑んで目を細めた。その笑顔は契約という鎧を脱ぎ捨てた公爵の、本当の素顔そのものだった。
「ジャアナアリー、君にだけは真実の私を見せたいと思っている。それを受け止めてほしい」
一歩ずつ、二人の間の距離が縮まっていくのを感じる。彼の視線が真剣で、優しく、切なく――私の心を揺さぶった。
恋愛禁止の契約は、すでに過去のものとなっていた。彼がこうして手を取り、同じ空気を共有し、微笑みを交わすこと自体が、何よりも強くその証だった。
「公爵様……」
私の声は囁きになり、彼はそっと私の頬に触れた。
「これからは、もっと君の声を聞かせてほしい。喜び、悲しみ、何でも――」
胸が張り裂けそうな熱に包まれながらも、私は深く頷いた。
「はい……公爵様の、すべての声を受け止めます」
春風に乗って、私たちの新たな物語が静かに幕を開けた。契約の枠を越えた、本当の夫婦として。これが、二人で歩む――真実の愛のはじまりだった。
2-2:社交界の手のひら返し
春の社交界最大の舞踏会――王都迎賓館の大広間は、天井から吊るされたクリスタルシャンデリアが無数の光を乱反射し、まるで星屑が夜空を舞うような華やかさに包まれていた。大理石の床には細長い絨毯が敷かれ、その両脇を彩る優雅な貴族たちの装いは、まさに洗練の極み。あの契約婚以来、私ジャアナアリーはただ“花嫁見本”として世間の嘲笑にさらされてきた。だが今日は違う――私は公爵アレクシス・ヴァン=カーディアの“お気に入り”として参加する。
「ジャアナアリー、久しぶりだな。昨日まで氷の女王と呼んでいたくせに、今日は学園のアイドルみたいだ」
後ろから声をかけられ、私は肩越しに微笑んだ。かつて社交界で張り合った伯爵令嬢ローレンだった。彼女の瞳には驚きとともに、かつてとはまるで別人を見つめるような熱い視線が宿っている。
「ローレン・シュタインハルト殿、今夜はお褒めいただきありがとう」
私は淡く礼儀正しく頭を下げる。彼女は唇を軽く嚙みながら、ぎこちない笑みを返した。
大広間の中央にはアレクシスが立っている。長身の黒い礼服に身を包み、いつもの無表情ではなく、温かな微笑を浮かべて私を見つめていた。その視線が私の頬を照らし、頬に熱い紅潮が走る。
「殿下、ご紹介します。こちらは伯爵令嬢ジャアナアリー・ミラシオン殿です」
黒尽くめの執事長ミカエルが、私たちの到着とともに放った言葉は、社交界の空気を一変させた。瞬く間に周囲の貴族たちの噂がざわめき、私たちの周囲に視線が集中する。
「おや、公爵様のお選びになった花嫁か。噂以上の美しさだな」
「契約婚だと聞いていたが、まさかここまで格が違うとは」
ひそひそ話を交わす貴族たちの声は、もはや嘲笑ではなかった。刮目と称賛が入り混じり、その熱量が私の背筋を伸ばさせる。昨日までの「金で買われた傀儡妻」などという汚名は、今や紙屑のように砕け散っていた。
「ミラシオン家の令嬢殿、お久しぶりですわ」
かつて私を嘲笑していた令嬢――ジルザ公爵家のルクレティアが、白いドレスの裾をひらめかせながら近づいてきた。彼女は高慢に笑い、私の手を取りながら言った。
「今夜は、公爵様の“お気に入り”ということで、私もご挨拶に来たの。仲良くしてくださらない?」
私は冷静に会釈するが、その心中は複雑だった。かつては私の顔を見ただけで鼻で笑っていた彼女──その手が、自分の胸元を軽々と打つ。その手のひら返しに、ぞくりとするものがあった。だが私にはもはや、彼女の薄っぺらな友情は必要ない。
「ごめんなさい、ルクレティア殿。私はこれまでの関係を超えて、これからは公爵様の妻としての立場を大切にしたいと思っています」
あえて距離を置く私の言葉に、ルクレティアの微笑は一瞬消えかけた。だがすぐに作り笑いに戻し、こんな声をひそひそと洩らす。
「そう……なのね。でも、社交界では何があるかわからないわ。いいわ、私も気まぐれだから」
その言葉を背に受け流し、アレクシスは優雅に私の手を取り、舞踏会の中心へと歩き出した。自然と視線が集まり、私たちは王都社交界の“憧れのカップル”となっていく。
ホールの隅には、私を嘲笑した令嬢たちが苦々しい表情を浮かべているのが見えた。いまや彼女たちの視線には、羨望と焦燥しか残されていない。私を見下していた彼女たちは、今まさに自分の誤算を噛みしめていた。
「何が起こったのかしら……」
本心が露わになるルクレティアの言葉を、私は背中越しに聞き流した。彼女たちの存在自体が、今の私たちの幸せな時間には何の影響も与えない。もはや私の隣には、公爵アレクシスしかいないのだ。
歩を進めるごとに、社交界の空気はさらに熱気を帯びていく。各家の令嬢や令息たちが、私たちに挨拶し、写真家たちはシャッターを切る。まるで私とアレクシスがこの夜の主役であるかのように――それは決して過剰な演出ではない。お互いに支え合う本物の夫婦として、私たちは社交界に堂々と歩みを進めていた。
「ジャアナアリー、君は美しい。心から、誇らしい」
彼の囁きは、人混みの喧騒をすり抜けて、私の心に深く響いた。公爵のお気に入りであることは、単なる立場の変化ではない。本当に私を大切に思い、守り、誇りに思う人がここにいるという――その事実こそ、何よりも暖かく、何よりも力強かった。
剥がれた偏見と、跡形もなく消えた噂の灰の上で、私は新たな自分を見つめていた。社交界の手のひら返しは、私にとって報復というよりも、真実の愛の証だったのだ。
2-3:元婚約者の公開謝罪
その日の午後、王都の中央広場には政務と社交を兼ねた「春の評議会」が開かれていた。広場に面した大理石のバルコニーには、公爵アレクシスをはじめとする各貴族が列を成し、見下ろすように街を見渡している。その下では、市井の人々が新たな法令や税制改定の発表を待ちながら、華やかな舞踏会の来訪者を目にしてざわめいていた。
私は公爵の隣で、いつものように淡い微笑みを浮かべていた。長い儀礼服の裾をそっと踏まないように気をつけながら、ふと視線を前方に移すと──心臓が一瞬、凍りついた。
「ジャアナアリー! 待ってくれ、お願いだ!」
群衆の中から、大声で私を呼ぶ声。しかも、その声の主はかつて私を婚約破棄した男、ネヴィル・ガルノ――彼の名は貴族社会でも一目置かれる侯爵家の嫡男だった。私はその場で凍りついたまま、毅然とした表情を保ち、視線をそらさないようにした。
彼は背広ではなく、戦装束に近い正装で駆け寄ってくる。真紅のマントを翻し、誰よりも目立つ存在感を放っている。まるで舞台俳優が見せ場を迎えた瞬間のようだった。
「ジャアナアリー、あれは誤解だったんだ!」
「君を利用しようなんて、あのときの私は最低だった!」
「どうか、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか!」
広場にいた貴族たちが一斉に注目し、ささやき声が渦のように広がる。かつて私を軽んじ、婚約解消の一報を一面見出しで誇らしげに掲げた彼が、いまや土下座に近い体勢で私の許しを乞うている──その様子は滑稽で、そして耐え難いほど居心地が悪かった。私は一秒たりとも瞬きをせず、深呼吸をしてからゆっくりと顔を上げた。
「ネヴィル・ガルノ殿」
私の声は低く、冷ややかだった。集まった貴族たちがその一言に息を呑む。
「あなたが私にしたことは、忘れられるものではありません。政略結婚の駆け引きで私がどれほど傷ついたか、あなたには一切の責任があることをお忘れですか?」
その言葉に、ガルノは一瞬言葉を失った。だがすぐに「違う!」と顔を上げ、少し離れた場所から見下ろすアレクシスへと視線を移す。
「殿下、お願いだ。お手柔らかに――」
彼の視線に気づいたアレクシスは、その場に静かに降り、ガルノの背後に立った。黒い礼服の裾が舞うたび、まるで氷の風が吹きつけるかのような凛々しい気配が広場を包む。
「ガルノ侯爵」
アレクシスの声は穏やかだが、底には不動の強さがあった。人々のざわめきがピタリと止まる。
「君には、妻としての誇りがある。勝手な都合で婚約を解消した挙句、今さら自分の過ちを取り戻そうというのか」
一歩、さらに踏み出す。ガルノの視線が震え、少し後ずさるのが見て取れた。公爵が放つ冷たい威圧感に、誰もが息をのむ。
「ジャアナアリーは――君の思い通りの玩具ではない。彼女は一人の人間としての尊厳を持っている。その誇りを、誰も傷つけることは許されない」
広場に、確かな静寂が訪れた。貴族たちは皆、アレクシスの言葉に凍りつき、ガルノの哀願が滑稽なまでに色あせていく。ガルノは震える手で胸の前に手をかざし、ようやく歯を食いしばって言い訳を続けた。
「だが……だが、私は、心から後悔している。君を失って初めて気づいたんだ――君以上に大切な存在はなかったと――」
その告白に、遠くから嘲笑とも同情ともつかない声が漏れるが、アレクシスの表情は一切変わらない。
「後悔だけでは、何も解決しない。謝罪が欲しいなら、せめて礼節を弁えた態度を見せよ。そして、二度とジャアナアリーに近づくな」
その言葉を合図に、アレクシスは人差し指をかざし、ガルノを一歩下がらせた。広場に立つガルノは、まるで悪役が敗北を悟ったかのように肩を落とし、そのまま俯いて跪く。
「わかりました、殿下。二度と彼女に――」
しかし、その言葉を最後まで言い切ることなく、人々の冷たい視線と、公爵の威厳に押しつぶされそうになり、ガルノは口をつぐんだまま地面に額を擦りつけた。かつて私を断罪していた記事は、今やガルノ自身を呪いのように縛り付ける鉄鎖と化している。公爵の一言によって、彼は社交界の笑いものとなり、これ以上の汚名はないことを悟ったのだ。
アレクシスは静かに腕を組み、その冷たい視線を私に向けた。そして、まるで彼だけに向けられた言葉のように、小さく囁いた。
「ジャアナアリー、この場で示せたかった」
その言葉に、私は小さく頷いた。公爵が自分の妻を堂々と庇い、誇り高く讃える姿は、何よりも深い愛の証だった。
ガルノが跪いたまま広場を去ると、貴族たちの間からはひそひそと感嘆の声が漏れ始める。かつて私を金で買ったと嘲笑していた連中も、いまや私と公爵の間に流れる揺るぎない絆に、自然と頭を垂れているのだった。
――これが、本当の“ざまぁ”なのだと、私は静かに噛みしめた。
2-4:本物の夫婦への決意
春の野原に吹くそよ風が、二人の顔を優しく撫でる。
マルグリット公園の奥深く、小さな噴水の前でアレクシスと並んで立つと、世界のざわめきが遠のき、まるで二人だけの時間が流れているように感じられた。
「ジャアナアリー」
アレクシスは静かに私の手を取り、柔らかな表情を浮かべる。その瞳には契約という枠を超えた深い想いが宿っている。私は呼吸を整え、彼の瞳を見返した。
――私は、ずっと“契約”の中で生きてきた。
――愛情も干渉もない、まるで契約書に書かれた文字のように、冷たい日々。
――でも、あの夜から何もかもが変わった。
私は一度、視線を落とした。公園の小径には淡い花びらがふわりと舞い、足元を覆っている。ひらひらと落ちる花びらを見つめるうちに、胸の奥に溜まっていた想いが溢れ出しそうになった。
「公爵様……」
言葉が震えた。いつもは毅然と構えていた私が、今はただ感情に任せてしまいそうになる。
「君は、これまでずっと自分を“商品”だと割り切ってきたね」
アレクシスの声は穏やかだが、その奥には確固たる優しさと覚悟がある。
「だが、僕にとってジャアナアリーは、それ以上の存在だ。金銭では測れない価値がある。本当に、君と――」
そう言いかけた彼の言葉を遮るように、私は彼の手をぎゅっと握り返す。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「公爵様」
私は深呼吸し、胸の内を正直に言葉に乗せた。
「私は……これまで、自分の心を閉ざしていました。あなたとの関係は契約だと、ずっとそう思っていたから」
静かな声が、公園の空気に溶けていく。
「でも、公爵様の優しさや想いが、いつのまにか私の心を溶かしていたことに気づきました」
アレクシスは真剣に頷き、手をさらに強く握る。私は視線をそらさず、まっすぐ彼を見つめた。
「私は、公爵様の――本当の妻になります」
「お金のためじゃなく、公爵様と生きることを、自分の意志で選びます」
「これからの人生を、あなたと共に歩みたい」
大声ではない。それでも、私の決意は震えるほど強かった。彼は一瞬だけ目を潤ませ、しかしすぐに微笑んだ。
「ありがとう、ジャアナアリー」
彼の声は優しく、私の名前を呼ぶたびに胸が弾む。
「僕も、ずっと君のことを愛していた。これからは、言葉や契約ではなく、行動で示すよ」
アレクシスは私の頭をそっと撫で、頬に軽く口づけを落とした。その温もりが、心の奥底まで染み渡る。
――これが、私たちの本当の夫婦生活の始まり。
――契約という枠を超えて、愛と信頼で結ばれた関係。
私は彼の胸に顔を寄せ、そっとつぶやいた。
「これから、たくさん――笑って、泣いて、喜んで、一緒に生きていきましょう」
彼は優しく笑い、私の背中を抱きしめながら応えた。
「そうだね、ジャアナアリー。君となら、どんな未来も恐れずに歩いていける」
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