『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第1話 完璧な王太子の政策

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第1話 完璧な王太子の政策

 ローゼリア王国第一王太子、エリシオン・ローゼリア。
 その名は今や、改革王子として王都中に知れ渡っていた。

「王太子殿下の新政策により、港湾税が整理されました!」 「商人ギルドからも感謝の声が――」 「さすがは殿下です!」

 玉座の間に響く称賛の声を、エリシオンは当然のように受け止めていた。
 薄く笑みを浮かべ、顎を上げる。

「国を導くのは、才能ある者の役目だからな」

 ――その背後で、静かに書類を抱えている女性がいることを、彼は意識すらしていなかった。

 アヴェンタドール・ローウェン。
 王太子付き秘書官。二十二歳。

(……この税率で、物流が滞らないわけがないでしょう)

 彼女は微動だにせず、心の中だけで溜息をつく。

 エリシオンが提出した政策案は、見た目こそ立派だが、中身は穴だらけだった。
 税率設定は極端、現場の負担は無視、数字の整合性も甘い。

 ――だが。

(ここをこう直して、こちらの条文を差し替えれば……)

 アヴェンタドールの手が、さらさらと動く。
 インクの音だけが、静かな執務室に響いた。

 内容は変えすぎない。
 あくまで「王太子の案」を尊重する形で、最小限に。
 それでいて、実際に機能するように。

「……よし」

 彼女は小さく頷いた。

(改竄♡しましょう)

 誰にも聞かせない、軽やかな独白。

 彼女が書き直した書類は、正式文書として通過し、施行される。
 そして成功すれば、すべてエリシオンの功績になる。

 それでいい、とアヴェンタドールは思っていた。

 自分が前に出る必要はない。
 王太子が立派に見え、国が回れば、それで十分だ。

 ――だが。

「……なあ、アヴェンタドール」

 不機嫌そうな声が、背後から飛んできた。

「はい、殿下」

 振り返ると、エリシオンが腕を組んで立っている。

「最近、周囲がやけにお前を評価しているようだが……勘違いするなよ」

「勘違い、とは?」

「政策を考えているのは俺だ。お前は、それをフォーマットに整えているだけだろう?」

 その言葉に、アヴェンタドールは一瞬だけ目を伏せた。

「……おっしゃる通りでございます」

 逆らわない。
 否定もしない。

 だからこそ、エリシオンの苛立ちは募る。

(鼻につく女だ……)

 優秀で、黙っていて、控えめで。
 それが、なぜか気に入らない。

「女はな……」

 エリシオンは吐き捨てるように言った。

「もう少し馬鹿なくらいが、可愛げがあるものだ」

 その言葉を、アヴェンタドールは静かに受け止めた。

(……ああ)

 心の中で、何かがひとつ、冷えていく。

(この方は――自分が、何をしているのか、最後まで分からないのでしょうね)

 彼女は、微笑んだ。

 それは従順な秘書官の微笑みであり、
 同時に、静かな別れの始まりでもあった。


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次回予告(第2話)

「無意味な政策案」
王太子が自信満々に提出した新改革。その中身を見たアヴェンタドールは――。


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