『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第2話 無意味な政策案

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第2話 無意味な政策案

 その政策案を見た瞬間、アヴェンタドールは思わず指を止めた。

(……これは、ひどい)

 机の上に広げられた数枚の書類。
 見出しだけは立派だ。

――地方振興政策・第二弾
――王太子主導による新税制改革

 だが中身は。

(税率は前回よりさらに上昇。
 補助金の配分先は曖昧。
 実施時期は、物流の最盛期……)

 これをそのまま通せば、確実に現場が悲鳴を上げる。

「……殿下、こちらですが」

 アヴェンタドールは慎重に声をかけた。

「なんだ?」

 書類から目を離さず、エリシオンは答える。

「この税率設定ですと、中小商人が耐えられないかと。段階的な導入をご検討なさっては――」

「は?」

 エリシオンが顔を上げた。

「何を言っている。大胆な改革には痛みが伴うものだ」

「ですが、痛みが過ぎれば――」

「だからこそ意味があるんだ」

 遮るように言い切られる。

「国民は、強い王に導かれるべきだ。多少の不満など、結果で黙らせればいい」

 その言葉に、アヴェンタドールは口を閉ざした。

(……結果が出る前に、国が軋むのですが)

 だが、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 説得しても意味がない。
 この方は、すでに「正しい自分」に酔っている。

「修正点があるなら、フォーマットに整えておけ」

 エリシオンは書類を突き返す。

「提出は今日中だ」

「……承知いたしました」

 アヴェンタドールは書類を受け取り、席に戻った。

 静かな執務室。
 羽ペンを持つ手だけが、再び動き出す。

(税率を下げすぎると、殿下の“改革感”が損なわれる……)

 だから、下げすぎない。
 名目は維持したまま、実質を変える。

 施行時期をずらし、免除条件を増やし、
 補助金の配分を現場寄りに書き換える。

 ぱっと見は、ほとんど変わっていない。
 だが、実際に動かせば、被害は最小限で済む。

「……これで、何とか」

 アヴェンタドールは息をついた。

(また、殿下の功績が増えてしまいますわね)

 だが、それでもいい。

 王太子が称賛され、国が回るなら。
 それが自分の役目だと、そう思っていた。

 ――その時。

「おい」

 不機嫌そうな声が、背後から聞こえた。

 振り返ると、エリシオンが書類を覗き込んでいる。

「……随分と、手を入れているな」

「形式を整えただけでございます」

 いつもの返答。
 嘘ではない。だが、真実でもない。

「ふん」

 エリシオンは鼻を鳴らした。

「まあいい。結果が出れば、俺の手腕が証明される」

 彼は満足そうに書類を持ち去っていく。

 その背中を見送りながら、アヴェンタドールは静かに目を伏せた。

(……結果が出た時、殿下は、何を誇るのでしょう)

 “自分が考えた政策”。
 それとも、“整えられた成果”。

 その答えを、彼自身が知らないことが――
 不思議と、胸を冷やした。

 その日の夕方。

「王太子殿下の新政策、またしても成功とのことです!」

 報告を受けた官僚たちが、感嘆の声を上げる。

「さすがだ……」 「改革王子の名に恥じぬ」

 エリシオンは当然のように頷いた。

 その少し後ろで、
 アヴェンタドールは、静かに立っていた。

(……次は、どれくらい無茶をなさるのでしょうね)

 彼女は知らなかった。
 この“次”こそが、取り返しのつかない一歩になることを。


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