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第12話 贅沢は務めです
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第12話 贅沢は務めです
王太子妃候補としての日々に、ガーラは少しずつ慣れてきていた。
「こちらは今季の新作です」 「こちらは王太子妃専用に仕立て直しております」
衣装室に並ぶドレスの数々に、彼女は目を丸くする。
「まあ……どれも素敵ですわ」
侍女たちは、ほっとしたように微笑んだ。
「殿下のお許しも出ております。
王太子妃として、この程度の装いは必要かと」
「そうですわよね」
ガーラは、素直に頷いた。
――贅沢は、務め。
そう教えられてきた。
(質素に見えるほうが、失礼なのだもの)
それが、貴族として正しい振る舞いだと信じて疑わなかった。
その日の午後。
「殿下、今月の支出についてですが……」
財務官が、控えめに切り出す。
「妃候補関連の出費が、想定を超えております」
「問題ない」
エリシオンは、即座に言い切った。
「必要な投資だ」
「ですが、物流停滞の影響もあり、
税収が一時的に――」
「一時的だと言っているだろう」
語気が強くなる。
「国は、余裕がある。
王太子妃に相応しい環境を整えることは、国威発揚にもなる」
財務官は、それ以上踏み込めなかった。
夜。
晩餐の席で、ガーラはエリシオンに尋ねた。
「殿下……私の衣装や調度品、
多すぎるということはありませんか?」
その問いに、エリシオンは一瞬、驚いた顔をする。
「どうした、急に」
「いえ……少し、気になって」
彼は、すぐに笑顔を作った。
「気にする必要はない」
断言する。
「お前が贅沢をすることで、
職人も商人も潤う。経済は回る」
その理屈に、ガーラは安心した。
(……そうよね)
「贅沢は、王太子妃としての務めですもの」
その言葉を、彼女は自分に言い聞かせるように口にした。
だが――。
数日後。
「殿下、地方からの報告です」
官僚が差し出した書類には、
赤字で印がついている。
「物資価格が上昇し、
庶民の不満が高まっております」
「……関係ない」
エリシオンは、書類を机に置いた。
「一時的な混乱だ」
その背後で、別の官僚が小声で呟く。
「物流が滞っている上に、
宮廷需要が増えれば……」
「……価格は、上がる」
誰も、続きを言わなかった。
その夜、ガーラは一人、鏡の前に立っていた。
豪華なドレス。
宝石の輝き。
(……本当に、これが国のためなのかしら)
鏡に映る自分は、
“理想の王太子妃”に見える。
だが、その足元で、
何かが軋んでいる気がしてならなかった。
――翌朝。
「殿下、商人ギルドから再度の抗議が」
「またか」
「宮廷の大量発注により、
市場の在庫が逼迫しているとのことです」
エリシオンは、舌打ちをした。
「……ガーラが悪いと言いたいのか?」
「い、いえ……そのような……」
誰も、そうは言っていない。
だが、数字は嘘をつかない。
贅沢は、確かに経済を動かす。
だが――
歯車が噛み合っていない時に載せる重りは、
壊れる速度を早めるだけだった。
ガーラは、まだ知らない。
自分の善意が、
国を追い詰めていることを。
そして――
その責任を、
いつか真正面から引き受ける日が来ることを。
王太子妃候補としての日々に、ガーラは少しずつ慣れてきていた。
「こちらは今季の新作です」 「こちらは王太子妃専用に仕立て直しております」
衣装室に並ぶドレスの数々に、彼女は目を丸くする。
「まあ……どれも素敵ですわ」
侍女たちは、ほっとしたように微笑んだ。
「殿下のお許しも出ております。
王太子妃として、この程度の装いは必要かと」
「そうですわよね」
ガーラは、素直に頷いた。
――贅沢は、務め。
そう教えられてきた。
(質素に見えるほうが、失礼なのだもの)
それが、貴族として正しい振る舞いだと信じて疑わなかった。
その日の午後。
「殿下、今月の支出についてですが……」
財務官が、控えめに切り出す。
「妃候補関連の出費が、想定を超えております」
「問題ない」
エリシオンは、即座に言い切った。
「必要な投資だ」
「ですが、物流停滞の影響もあり、
税収が一時的に――」
「一時的だと言っているだろう」
語気が強くなる。
「国は、余裕がある。
王太子妃に相応しい環境を整えることは、国威発揚にもなる」
財務官は、それ以上踏み込めなかった。
夜。
晩餐の席で、ガーラはエリシオンに尋ねた。
「殿下……私の衣装や調度品、
多すぎるということはありませんか?」
その問いに、エリシオンは一瞬、驚いた顔をする。
「どうした、急に」
「いえ……少し、気になって」
彼は、すぐに笑顔を作った。
「気にする必要はない」
断言する。
「お前が贅沢をすることで、
職人も商人も潤う。経済は回る」
その理屈に、ガーラは安心した。
(……そうよね)
「贅沢は、王太子妃としての務めですもの」
その言葉を、彼女は自分に言い聞かせるように口にした。
だが――。
数日後。
「殿下、地方からの報告です」
官僚が差し出した書類には、
赤字で印がついている。
「物資価格が上昇し、
庶民の不満が高まっております」
「……関係ない」
エリシオンは、書類を机に置いた。
「一時的な混乱だ」
その背後で、別の官僚が小声で呟く。
「物流が滞っている上に、
宮廷需要が増えれば……」
「……価格は、上がる」
誰も、続きを言わなかった。
その夜、ガーラは一人、鏡の前に立っていた。
豪華なドレス。
宝石の輝き。
(……本当に、これが国のためなのかしら)
鏡に映る自分は、
“理想の王太子妃”に見える。
だが、その足元で、
何かが軋んでいる気がしてならなかった。
――翌朝。
「殿下、商人ギルドから再度の抗議が」
「またか」
「宮廷の大量発注により、
市場の在庫が逼迫しているとのことです」
エリシオンは、舌打ちをした。
「……ガーラが悪いと言いたいのか?」
「い、いえ……そのような……」
誰も、そうは言っていない。
だが、数字は嘘をつかない。
贅沢は、確かに経済を動かす。
だが――
歯車が噛み合っていない時に載せる重りは、
壊れる速度を早めるだけだった。
ガーラは、まだ知らない。
自分の善意が、
国を追い詰めていることを。
そして――
その責任を、
いつか真正面から引き受ける日が来ることを。
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