『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第16話 危険な接近

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第16話 危険な接近

 ローウェン侯爵家に、一通の書簡が届いたのは、静かな午後のことだった。

 差出人を見た瞬間、アヴェンタドールは眉をひそめる。

「……第2王子殿下」

 嫌な予感しかしない。

 封を切ると、丁寧で礼儀正しい文面が並んでいた。

> 先日の混乱について、
貴女のお力を、ぜひ一度お借りしたい。
内密に、お話しする機会を頂けないだろうか。



(……予想通りですわね)

 王太子が動けば、
 次に来るのは、この方だ。

 数日後。
 王都の一角にある、静かな離宮。

 アヴェンタドールは、最低限の護衛だけを伴い、その場を訪れていた。

「お久しぶりです、ローウェン嬢」

 第2王子サイノスは、穏やかな笑みで迎えた。

「このような場を設けてくださり、感謝いたします」

「こちらこそ」

 形式的な挨拶の後、二人は向かい合って座る。

 しばしの沈黙。

 先に口を開いたのは、サイノスだった。

「兄上の件、耳にしているでしょう」

「ええ」

 短く答える。

「王国は、今、揺れています」

 サイノスは、わざとらしくため息をついた。

「原因は明白です。
 兄上には、王の器がない」

 あまりにも率直な言葉。

「……殿下」

 アヴェンタドールは、静かに言った。

「それを、私にお話しになる理由は?」

 サイノスは、微笑みを深めた。

「率直だからです」

 そして、はっきりと続ける。

「私は、王太子になる」

 迷いのない宣言だった。

「そのために、あなたの力が必要です」

 アヴェンタドールは、目を細める。

「……具体的には?」

「兄上の失策の証拠を集めてほしい」

 さらりとした口調。

「なければ……作っても構わない」

 その瞬間。

 空気が、凍りついた。

 アヴェンタドールは、はっきりと理解した。

(……この方は)

(兄上より、よほど危険ですわ)

「それは」

 彼女は、言葉を選びながら答える。

「国家反逆にあたる行為では?」

「結果が正しければ、問題ありません」

 サイノスは、あっさり言った。

「国を救うための、必要な犠牲です」

 その瞳には、ためらいがない。

 人を切ることに、躊躇がない目。

「……失礼ですが」

 アヴェンタドールは、静かに立ち上がった。

「私は、そのような形で、
 国を“救う”お手伝いはできません」

「断ると?」

「ええ」

 即答だった。

 サイノスは、驚いた様子も見せない。

「あなたなら、理解すると期待していましたが」

「残念ですわ」

 アヴェンタドールは、淡々と言う。

「正当な手段で追い落とすのであれば、
 まだしも。
 陰謀や捏造、まして暗殺まで考えるお方に、
 私は付き合えません」

 その言葉に、サイノスの笑みが、わずかに歪んだ。

「……賢い」

 低く呟く。

「だからこそ、惜しい」

 彼は、椅子にもたれかかった。

「ですが、ご安心を」

 声音が、冷たくなる。

「あなたが協力しなくても、
 方法はいくらでもあります」

 その言葉は、
 宣言であり、警告だった。

 アヴェンタドールは、深く一礼する。

「本日は、これで失礼いたします」

 背を向け、部屋を出る。

 その背中を見送りながら、
 サイノスは、静かに呟いた。

「……逃げる気か」

 口元に、薄い笑みが浮かぶ。

「だが、それも悪くない」

 彼の視線は、すでに次の一手を描いていた。

 ――その夜。

 屋敷に戻ったアヴェンタドールは、深く息を吐いた。

(……二人とも)

(王にしてはいけない)

 一人は、無能で傲慢。
 もう一人は、有能だが冷酷。

(……ここに、私の居場所はありませんわ)

 彼女の中で、
 一つの決断が、静かに形を取り始めていた。

 ――この国を、離れる。

 それが、
 唯一、自分が破滅に巻き込まれない方法だと。


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