『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第19話 皇帝との対面

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第19話 皇帝との対面

 帝都中央宮殿は、静かだった。

 華美な装飾は最小限。
 威圧感よりも、秩序と実用性が前に出ている。

(……なるほど)

 アヴェンタドールは、歩きながら理解していた。

 これは見せるための宮殿ではない。
 機能するための宮殿だ。

「こちらへ」

 案内役の文官に導かれ、
 彼女は一つの扉の前に立った。

「謁見の間です」

 扉が開く。

 そこにいたのは――
 玉座にふんぞり返る暴君ではなかった。

 机に向かい、書類に目を落とす一人の男。

「……来たか」

 顔を上げた瞬間、
 アヴェンタドールは息を呑んだ。

 鋭いが、疲れていない目。
 全体を一度に見渡す視線。

(この方……)

(“分かっている”)

「ヒュンダイ・ダイナスティ帝国皇帝だ」

 簡潔な自己紹介。

「堅苦しい礼は不要。
 ここは面談だ」

「……承知いたしました」

 アヴェンタドールは、深く頭を下げすぎない。

 それを見て、皇帝はわずかに口角を上げた。

「噂通りだな」

「噂、ですか?」

「王太子の実績を、
 静かに支えていた“影”だ」

 一瞬、心臓が跳ねる。

「否定はしないのだな」

「事実ですので」

 即答だった。

 皇帝は、椅子に深く腰掛ける。

「なぜ、出てきた」

 単刀直入な問い。

「王太子と第2王子、
 どちらに付いても、
 貴女は出世できただろう」

「……はい」

「それでも、来た理由を言え」

 アヴェンタドールは、少しだけ考えた。

「“成果を出しても、
 女は馬鹿なほうがいいと言われる国”では、
 長く働けないと判断しました」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、皇帝は――笑った。

「正しい」

 即断だった。

「我が帝国では、
 馬鹿は性別に関係なく嫌われる」

 あまりに率直な言葉に、
 アヴェンタドールは思わず目を瞬く。

「貴女の経歴は確認している」

 皇帝は、別の書類を差し出す。

「王太子案の原文と、
 実際に施行された政策の差分」

 ――すべて、把握されていた。

「なぜ、黙っていた」

「国が回っていましたので」

「自分の評価が下がると分かっていて?」

「評価より、結果のほうが重要です」

 皇帝は、じっと彼女を見る。

 試すように。
 量るように。

 やがて、静かに言った。

「……面倒な女だな」

 そして、続ける。

「だが、帝国向きだ」

 アヴェンタドールは、息を整えた。

「皇帝陛下」

「言え」

「私を、どの立場で迎えるおつもりですか?」

 皇帝は、即答しなかった。

 代わりに、こう言った。

「まずは、秘書官として雇う」

 そして、視線を逸らさずに続ける。

「――ただし」

 空気が、変わる。

「貴女には、
 “別の役割”も考えている」

 その言葉に、
 アヴェンタドールは直感した。

(……政治的、ですね)

「我が帝国は、
 内部事情が少々、面倒でな」

 皇帝は、淡々と言う。

「その“面倒”を、
 処理できる人材が必要だ」

 机に、指を置く。

「貴女は、
 国を回す頭脳を持っている」

 ――その評価に、嘘はない。

「即答は求めない」

 皇帝は、そう締めくくった。

「帝国を、よく見ろ」

「その上で、
 ここに居たいと思ったなら、
 正式に迎えよう」

 アヴェンタドールは、一礼する。

「……光栄です」

 謁見が終わり、
 部屋を出た瞬間。

 彼女は、小さく息を吐いた。

(……とんでもない場所に、来ましたわね)

 だが。

 胸の奥にあるのは、
 不安ではない。

(でも――)

(ここなら、
 “能力”で生きられる)

 皇帝は、去っていく背中を見ながら、
 小さく呟いた。

「……ようやく、
 まともな歯車が来た」

 そして、机の隅に置かれた別の書類に目を落とす。

 そこには、こう書かれていた。

「ローゼリア王国 政情不安 要注意」

 帝国と、王国。
 そして――
 アヴェンタドールを巡る運命は、
 確実に交差し始めていた。


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