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第20話 白い婚約の提案
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第20話 白い婚約の提案
翌日。
アヴェンタドールは、再び皇帝の執務室に呼ばれていた。
昨日と同じ場所。
同じ机。
だが、空気は明らかに違う。
「座れ」
皇帝は、書類から顔を上げずに言った。
「昨日の話、考えたか」
「はい」
アヴェンタドールは、正直に答える。
「帝国は、有能な人材を正当に評価する国だと感じました」
「それだけか?」
「……それだけで、十分です」
皇帝は、ふっと鼻で笑った。
「やはり、面倒な女だな」
そう言いながら、彼は一通の文書を机に置いた。
「では、本題だ」
紙の上には、はっきりとした見出しが記されている。
《帝国皇帝 婚約計画案》
アヴェンタドールは、瞬き一つせずにそれを見た。
「……私に、関係する話ですか?」
「無論だ」
皇帝は、淡々と続ける。
「貴女を、私の婚約者として迎えたい」
あまりにも直球な言葉。
だが、その口調には、
甘さも、期待も、一切ない。
「理由を、お聞きしても?」
「政治だ」
一言で切り捨てる。
「帝国皇帝が未婚であることは、
国内外に無用な憶測を生む」
机を指で叩く。
「特に、ローゼリア王国のような不安定な国にはな」
アヴェンタドールは、すぐに理解した。
(……盾)
自分は、
帝国にとっての“盾”として使われる。
「条件は?」
彼女は、躊躇なく聞いた。
皇帝は、初めて彼女を正面から見た。
「話が早いな」
「無駄を嫌う国だと、お見受けしましたので」
「その通りだ」
皇帝は、静かに言った。
「この婚約は、白い婚約だ」
その言葉に、
アヴェンタドールの心が、わずかに揺れる。
「互いに、干渉しない」
「皇帝としての公的行事には、同行してもらう」
「だが、私生活に踏み込むつもりはない」
一拍置いて、続ける。
「――私は、同性愛者だ」
空気が、静止した。
アヴェンタドールは、驚きこそしたが、
顔色一つ変えなかった。
「それが、私の条件に影響する理由は?」
皇帝は、少しだけ目を見開いた。
「……しないのか」
「皇帝陛下が、どなたを愛そうと、
帝国の行政効率には影響しません」
即答だった。
「私が重視するのは、
この提案が合理的かどうか、です」
皇帝は、しばらく彼女を見つめ、
そして、低く笑った。
「本当に、帝国向きだ」
彼は、さらに続ける。
「貴女には、皇帝秘書官として働いてもらう」
「帝国の内政改革にも、口を出してもらう」
「ただし」
視線が、鋭くなる。
「ローゼリア王国に関する案件は、
貴女が主導しろ」
その意味は、明白だった。
「……帝国と王国の、緩衝材に?」
「兼、抑止力だ」
皇帝は、淡々と言う。
「王太子が、
“取り戻す”などと馬鹿な真似を考えた場合、
貴女は帝国皇帝の婚約者だ」
アヴェンタドールは、静かに息を吐いた。
(……逃げ場は、完全に消えましたわね)
だが同時に、理解する。
(守られている)
今までとは、違う形で。
「……承諾すれば」
彼女は、問いかける。
「私は、道具になりますか?」
皇帝は、即答しなかった。
代わりに、こう言った。
「道具は、壊れたら捨てる」
静かな声。
「貴女は、壊れたら困る」
それが、彼の答えだった。
長い沈黙の後、
アヴェンタドールは、はっきりと言った。
「条件を、一つだけ」
「言え」
「贅沢は、不要です」
皇帝は、わずかに口角を上げる。
「安心しろ。
帝国は、無駄が嫌いだ」
アヴェンタドールは、深く一礼した。
「……では」
一瞬、言葉を切り、
そして、告げる。
「白い婚約を、
お受けいたします」
皇帝は、静かに頷いた。
「契約成立だ」
その瞬間。
アヴェンタドールは、悟った。
――もう、戻れない。
だが、それでいい。
これは、
誰かに選ばれた婚約ではない。
自分で選んだ、生存戦略なのだから。
-
翌日。
アヴェンタドールは、再び皇帝の執務室に呼ばれていた。
昨日と同じ場所。
同じ机。
だが、空気は明らかに違う。
「座れ」
皇帝は、書類から顔を上げずに言った。
「昨日の話、考えたか」
「はい」
アヴェンタドールは、正直に答える。
「帝国は、有能な人材を正当に評価する国だと感じました」
「それだけか?」
「……それだけで、十分です」
皇帝は、ふっと鼻で笑った。
「やはり、面倒な女だな」
そう言いながら、彼は一通の文書を机に置いた。
「では、本題だ」
紙の上には、はっきりとした見出しが記されている。
《帝国皇帝 婚約計画案》
アヴェンタドールは、瞬き一つせずにそれを見た。
「……私に、関係する話ですか?」
「無論だ」
皇帝は、淡々と続ける。
「貴女を、私の婚約者として迎えたい」
あまりにも直球な言葉。
だが、その口調には、
甘さも、期待も、一切ない。
「理由を、お聞きしても?」
「政治だ」
一言で切り捨てる。
「帝国皇帝が未婚であることは、
国内外に無用な憶測を生む」
机を指で叩く。
「特に、ローゼリア王国のような不安定な国にはな」
アヴェンタドールは、すぐに理解した。
(……盾)
自分は、
帝国にとっての“盾”として使われる。
「条件は?」
彼女は、躊躇なく聞いた。
皇帝は、初めて彼女を正面から見た。
「話が早いな」
「無駄を嫌う国だと、お見受けしましたので」
「その通りだ」
皇帝は、静かに言った。
「この婚約は、白い婚約だ」
その言葉に、
アヴェンタドールの心が、わずかに揺れる。
「互いに、干渉しない」
「皇帝としての公的行事には、同行してもらう」
「だが、私生活に踏み込むつもりはない」
一拍置いて、続ける。
「――私は、同性愛者だ」
空気が、静止した。
アヴェンタドールは、驚きこそしたが、
顔色一つ変えなかった。
「それが、私の条件に影響する理由は?」
皇帝は、少しだけ目を見開いた。
「……しないのか」
「皇帝陛下が、どなたを愛そうと、
帝国の行政効率には影響しません」
即答だった。
「私が重視するのは、
この提案が合理的かどうか、です」
皇帝は、しばらく彼女を見つめ、
そして、低く笑った。
「本当に、帝国向きだ」
彼は、さらに続ける。
「貴女には、皇帝秘書官として働いてもらう」
「帝国の内政改革にも、口を出してもらう」
「ただし」
視線が、鋭くなる。
「ローゼリア王国に関する案件は、
貴女が主導しろ」
その意味は、明白だった。
「……帝国と王国の、緩衝材に?」
「兼、抑止力だ」
皇帝は、淡々と言う。
「王太子が、
“取り戻す”などと馬鹿な真似を考えた場合、
貴女は帝国皇帝の婚約者だ」
アヴェンタドールは、静かに息を吐いた。
(……逃げ場は、完全に消えましたわね)
だが同時に、理解する。
(守られている)
今までとは、違う形で。
「……承諾すれば」
彼女は、問いかける。
「私は、道具になりますか?」
皇帝は、即答しなかった。
代わりに、こう言った。
「道具は、壊れたら捨てる」
静かな声。
「貴女は、壊れたら困る」
それが、彼の答えだった。
長い沈黙の後、
アヴェンタドールは、はっきりと言った。
「条件を、一つだけ」
「言え」
「贅沢は、不要です」
皇帝は、わずかに口角を上げる。
「安心しろ。
帝国は、無駄が嫌いだ」
アヴェンタドールは、深く一礼した。
「……では」
一瞬、言葉を切り、
そして、告げる。
「白い婚約を、
お受けいたします」
皇帝は、静かに頷いた。
「契約成立だ」
その瞬間。
アヴェンタドールは、悟った。
――もう、戻れない。
だが、それでいい。
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自分で選んだ、生存戦略なのだから。
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