『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第18話 隣国への旅路

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第18話 隣国への旅路

 馬車は、ゆっくりと国境へ向かっていた。

 車窓に流れる景色を眺めながら、
 アヴェンタドールは静かに息を吐く。

(……不思議ですわね)

 追われているわけでもない。
 急かされているわけでもない。

 それなのに、
 胸の奥にあった重たいものが、
 少しずつ剥がれていくのを感じていた。

「お嬢様、もうすぐ国境です」

 御者の声に、軽く頷く。

 ローゼリア王国の紋章が刻まれた石柱が、遠くに見えた。

(ここを越えたら……)

 王太子の再婚約も、
 第2王子の野心も、
 自分を“便利な存在”として扱おうとしたすべてが、
 ひとまず届かなくなる。

 国境の検問は、拍子抜けするほど簡単だった。

「目的は?」

「帝国への就職面談です」

 そう答えると、兵士は書類に目を通し、
 一瞬だけ目を見張った。

「……どうぞ」

 それだけだった。

 馬車が、ゆっくりと石柱を越える。

 その瞬間。

 アヴェンタドールは、胸の内で小さく呟いた。

(――終わりましたわ)

 ローゼリア王国での役目は、すべて。

 そこから先は、
 自分の人生だ。

 道は、整っていた。

 帝国側に入ると、舗装の質が明らかに違う。
 馬車の揺れが、目に見えて減る。

「……これは」

 思わず声が漏れる。

 御者が、誇らしげに言った。

「帝国では、主要街道の維持は皇帝直轄ですから」

(なるほど……)

 地方任せにせず、
 中央が責任を持つ。

 それだけで、物流も、移動も、
 安定する。

 ――考えてしまう自分に、苦笑する。

(もう、癖ですね)

 だが、それを咎める声は、もうない。

 夜。

 帝国領内の宿に泊まったアヴェンタドールは、
 一人、簡素な机に向かっていた。

 明日の予定。
 帝都までの残り日程。
 面談時に提示する実績の整理。

(……久しぶりですわ)

 “誰のためでもない準備”。

 王太子の機嫌を取るためでも、
 国王に忖度するためでもない。

 ただ、自分自身のため。

 窓の外から、帝国の街の音が聞こえる。
 商人の声。
 兵の足音。
 規則正しく、無駄がない。

(この国は……)

 感情より、機能を重んじる国。

 少なくとも、
 “女は馬鹿なほうがいい”
 などという言葉が、
 当然のように通る空気ではなさそうだ。

 翌朝。

 馬車は、帝都の外郭に差し掛かっていた。

 高い城壁。
 整然とした街路。
 そして、無駄に威圧しない、しかし隙のない警備。

「……さすが、帝国」

 自然と、評価している自分に気づく。

 帝都の門をくぐると、
 案内役の文官が待っていた。

「ローウェン侯爵令嬢、アヴェンタドール様ですね」

「はい」

「皇帝陛下より、
 “無事の到着を喜ばしく思う”とのお言葉を預かっております」

 一瞬、言葉を失う。

(……まだ、会ってもいないのに)

 だが、次の言葉で納得した。

「本日は、まず宮廷内をご案内いたします。
 正式な謁見は、明日です」

「承知しました」

 歩きながら、アヴェンタドールは感じていた。

 ここでは、
 自分の価値は、肩書ではなく“能力”で測られる。

 それは、
 恐ろしくもあり、
 そして――心地よかった。

(……ここなら)

(私は、“道具”ではなく)

(“人材”として、働けるかもしれませんわね)

 帝国の空は、
 ローゼリアより、少しだけ高く見えた。


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