私は悪女らしいので、婚約者のうつけ王子を操り──私を売った父と母国に復讐します

しおしお

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第19話 「落ちていく王子、気づかない悪女」

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第19話 「落ちていく王子、気づかない悪女」

ザカル侯爵の拘束から一夜。
ベルリッタ王城は早朝から慌ただしかった。

近衛たちは立ち働き、書類が飛び交い、
王室文官たちが声を張り上げる中――

レオン王子は廊下で立ち尽くしていた。

胸の奥で、何かが変わった実感がある。

昨日、アクノ・マジョリーカと並び立ち、
不正貴族を摘発した瞬間。

(……僕は、守りたいと思ったんだ)

馬鹿にされ、蔑まれ、うつけと言われても気にしなかった。
だが昨日の彼女の姿を見て、初めて心が震えた。

(あんなふうに堂々と、人を導ける人が……僕の隣に……)

気づけば、頬が少し熱い。

そのとき、ひょい、と後ろから声。

「殿下? どうしたんですの。朝からぼうっとして」

振り返れば当然、アクノ・マジョリーカがいた。
栗色の髪を揺らし、今日も完璧な立ち振る舞い。

レオン王子は慌てて姿勢を正す。

「ま、マジョリーカ……!」

「変な顔してますわよ、殿下。寝不足?」

「いや、その……昨日のことで、少し考えていて……」

「昨日?」

マジョリーカは小首をかしげる。

その様子が妙に可愛くて、王子は心臓を押さえた。

(やめてくれ……近い……)

「ザカル侯爵の件なら、もう終わりですわ。
あれくらい序の口、まだまだ出てきますわよ。腐敗貴族なんて掃いて捨てるほどいますわ」

「そ、そういう意味じゃなくて……」

レオンの声が小さくなる。
マジョリーカは、ますます不思議そうに眉を上げた。

「では、なんですの?」

レオン王子は、勇気を振り絞って言う。

「その……君が隣にいると、とても心強かった」

「?」

「僕は……君のおかげで、前に進めた。
ありがとう、マジョリーカ」

言葉にした瞬間、広間の空気がふっと変わる。

マジョリーカの足が止まった。

「……殿下?」

「本気で、感謝している」

マジョリーカは、何か言いたげに口を開きかけ――
しかしその前に、顔をぷいっと背けた。

「べ、別に……お礼を言われるほどのことではありませんわ!
私はただ、ベルリッタのために当然のことをしただけで……!」

声が裏返っている。

レオンは気づかない。

側近Bは気づいた。

(あれ……アクノ様、照れてる……?)

側近Cも気づいた。

(いや、待て……この空気……)

マジョリーカは、早足で歩き出した。

「さ、さあ殿下! 今日も仕事が山積みですわよ!
ぐずぐずしている暇はありませんわ!」

「あ、ああ! すぐに行く!」

王子は慌てて後を追う。

その後ろ姿を見ながら、側近たちは密かに震えた。

(気づいていないだけで……完全に両想い……)
(この二人、絶対にくっつくパターンでは……?)
(でもマジョリーカ様は自覚ゼロ……王子も自覚薄い……)

つまり。

周囲の人間だけが、二人の“距離の近さ”に気づいていた。

そしてベルリッタ城内では、この日を境にある噂が流れ始める。

「王子殿下、ついに悪女令嬢に落ちたらしい」
「いや逆では?」
「いやいや両方では……?」

しばらくして、侍女たちの間ではこう呼ばれるようになる。

“事件の始まりの日”

――王子と悪女の距離がゼロになり始めた日。

だが当の二人は、微塵も気づいていないのだった。


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