王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお

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第27話 再現失敗

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第27話 再現失敗

 隣国からの視察兼研修団が王宮に到着したのは、よく晴れた朝だった。

 総勢八名。
 料理人が二人、給仕役が二人、搬送担当が三人、そして全体の記録係が一人。どの顔も真面目で、どの背筋もぴんと伸びている。いかにも「我らは選ばれて来た」という空気があった。

 リリアーヌは食堂の脇から、その様子をこっそり眺めていた。

「皆さま、やる気に満ちておられますわね」

 隣に立つ侍従長が静かにうなずく。

「ハンス王子が厳選なさった方々だそうです」

「厳選」

「はい。“本気で学ぶ者だけを送る”と」

 それは、ハンスらしいと思った。
 あの王子は、なんでも少し静かに言うくせに、肝心なところは妙に本気だ。

 研修団の中でも、ひときわ堂々としている若い男が前へ出た。隣国側の搬送責任者らしい。

「本日は、このような機会を賜り感謝いたします」

 口上は立派だった。
 そしてその目は、自信に満ちていた。

 ……少し、満ちすぎている気もした。

 料理長、バド団長、アンナ、リーゼが、それぞれ所定の位置に立つ。もうこの布陣を見ると、何かの戦術演習みたいである。

「まずは見ていただき、その後、実際に試していただきます」

 侍従長の説明に、隣国の面々はうなずいた。

 最初の見学は、いつも通り完璧だった。

 地下ではリフターたちが息をそろえて綱を引き、上階ではアンナたちが滑らかにカートを走らせ、リーゼが無音で扉を開く。最後に料理長が食堂内で仕上げを加え、熱を持った一皿が最短距離で王女の前へ届く。

 リリアーヌはひと口だけスープを飲み、やわらかく微笑んだ。

「今日も温かいですわ」

 その一言に、いつもの王宮側はかすかに肩の力を抜く。
 隣国の面々は、見事な連携に感心したようだった。

「なるほど……」

「ここまでは理解できる」

「やはり配置が重要か」

 そんな声が、小さく交わされる。

 だが、そのあとの空気が少しだけ変だった。

 ――あれ、思ったより簡単そうでは?

 そんな気配が、なんとなく漂っていたのである。

 そして嫌な予感というものは、だいたい当たる。

 午後。
 いよいよ隣国側による試験運用が始まった。

 王宮側と同じ設備。
 同じレーン。
 同じ扉。
 料理も、まずは比較的単純なスープから。

 若い搬送責任者が胸を張る。

「基本は理解いたしました。あとは実地ですね」

 バド団長が無言で腕を組む。
 アンナは、すでに少し冷たい目をしていた。
 リーゼにいたっては、表情が変わらないぶん余計に怖い。

 リリアーヌはそっと胸の前で手を組んだ。

(なんだか、嫌な予感がいたしますわ……)

 まず地下。

 隣国の搬送担当たちは、体格に恵まれていた。綱を握る手にも迷いはない。掛け声とともに一気に引き上げる。

 速い。

 かなり速い。

 だが、速いだけだった。

 上昇の最初に、わずかに籠が跳ねる。
 ほんの少し。
 でも、その“ほんの少し”をこの王宮では許さない。

 バド団長の眉がぴくりと動いた。

 上階へ届いた籠を、隣国の給仕係たちがカートへ移す。そこまではいい。問題はその次だった。

 発進が速すぎる。

 勢いよく押し出されたカートは、最初の数歩で明らかに皿を揺らした。運んでいるというより、押している。アンナが昨日まで何度も言っていたことが、そのまま失敗の形になっていた。

 カートはレーンを走る。
 速い。
 だが、やはり速いだけだ。

 曲がり際で重心がぶれ、スープ表面がかすかに揺れる。
 それでも本人たちは気づいていないらしい。

 最後の難所は扉だった。

 リーゼの指導を受けた隣国側のオープナー候補が、大扉の前に立つ。

 タイミングは、まあ悪くない。
 だが、ほんの少し早かった。

 その一瞬の早さが、食堂内と廊下の空気を触れ合わせる。目に見えない程度の風が生まれ、皿の湯気がふっと片側へ流れた。

 そしてそのまま、カートが停止。

 急だった。

 ちゃぷん。

 食堂に、嫌な音が響いた。

 バド団長が目を閉じる。
 アンナは目をそらした。
 リーゼは無表情のまま、少しだけまばたきが増えた。

 給仕が皿をリリアーヌの前へ置く。

 見た目は……ひどくない。
 だが、知っている人にはわかる。

 表面に波がある。
 スープの縁に、わずかな痕が残っている。
 そして何より、湯気の立ち方がさっきと違う。

 リリアーヌは、おそるおそるスプーンを入れた。
 ひと口飲む。

 温かい。
 けれど、王宮側の成功例ほどではない。

 十分においしい。
 でも、“あの温かさ”ではない。

 食堂の空気が固まる。

 若い責任者が、緊張した顔で尋ねた。

「い、いかがでしょうか」

 リリアーヌは、一瞬だけ迷った。

 ここで気を遣って「おいしいですわ」とだけ言うことはできる。
 でも、この場にいる全員が知っているのだ。
 今の一皿が、まだ届いていないことを。

 だから彼女は、できるだけやわらかく言った。

「……温かいですわ」

 沈黙。

 そして王宮側全員が同時に理解した。

 “温かい”止まりだ。

 その言葉の意味を、今の王宮はよく知っている。
 悪くはない。
 でもまだ足りない。
 “熱々♡”でも、“ホッとする”でもなく、そこに届く途中の一皿。

 隣国の責任者は、そこで初めて顔色を変えた。

「なぜだ……」

 ぽつりと、声が落ちる。

「同じ設備を使ったはずだ」

 そこで、静かに前へ出たのは料理長だった。

「設備は同じです」

 声は落ち着いていた。

「ですが、料理は設備だけで届くものではございません」

 バド団長が続く。

「上げる瞬間、とめる瞬間が雑だ」

 アンナも淡々と言う。

「速さではなく、滑らかさですわ」

 最後にリーゼ。

「扉が早いです」

 短い。
 だが的確だった。

 隣国の面々は、しばらく言葉を失っていた。
 やがて若い責任者が、悔しそうに拳を握る。

「……ただ運べばいいわけでは、なかったのか」

 その呟きに、リリアーヌは少しだけ胸がちくりとした。

 そうなのだ。
 この王宮の熱々は、気合いや設備や勢いだけでできているわけではない。たくさんの失敗と、本気と、変なこだわりの積み重ねの上に、ようやく立っている。

 それを知っているからこそ、王宮側の誰も笑わなかった。

 アンナが静かに言う。

「ここからですわ」

 バド団長もうなずく。

「やっと入口だ」

 料理長は、いつもの真面目な顔のまま続けた。

「失敗なさって、よかったのです」

 隣国の面々が顔を上げる。

「何が足りぬかを知らねば、学びようがございません」

 その言葉に、若い責任者はしばらく唇を噛み、それから深く頭を下げた。

「……ご指導、願えますか」

 その瞬間。

 バド団長の口元が、わずかに上がった。
 アンナの目が、完全に“訓練する側”のものになった。
 リーゼは無表情のまま、でもほんの少しだけ立ち位置を変えた。

 リリアーヌは、その空気を感じて思う。

(ああ……これ、始まりますわね)

 温かいご飯が欲しかっただけなのに。
 今度は国境を越えて、特訓編が始まろうとしていた。
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