白い結婚のはずが、気づけば溺愛されていましたわ! 地味令嬢、辺境でスローライフを望んだのに国まで救ってしまう件

しおしお

文字の大きさ
16 / 32

第16話 —触れた指先が、溶かしていくもの—

しおりを挟む
第16話 —触れた指先が、溶かしていくもの—

暖炉の火は、静かにぱちぱちと音を立てていた。

外は吹雪。
窓に打ちつける風音さえ、今の二人には遠い世界の出来事のようだった。

ミレイユはロヴェルの隣に座っていた。
座る位置は、ひざ掛けがかかるほど近い。
しかし、彼女本人はその近さを深く意識しないようにしていた。

(昨日の「感謝」だけでも胸がいっぱいだったのに……
なんだか、今日は……ロヴェル様が近いような……
気のせいですわよね? きっと暖炉のせい……暖炉の……)

気のせいではなかった。

むしろロヴェルは、
これまでにないほど“距離”を詰めていた。

ミレイユの視線が揺らぐ。
ロヴェルの横顔は相変わらず険しい、強張った印象。
だけどよく見れば頬がほんのり赤い。

(……ん? これ、暖炉の熱?
それとも……)

ふと、ロヴェルが彼女を見た。

銀色の瞳が、火の光を受けて少し柔らかく揺れる。

「ミレイユ」

「っ……は、はいっ」

返事が裏返った。
自分でも驚くほど高い声だった。

ロヴェルは一拍置いてから、
ゆっくりと、ひどく慎重に手を伸ばした。

火の粉が落ちる音が、一瞬消えた気がする。

そして──

そっと、ミレイユの手に触れた。

(…………っ!?!?)

触れたのは、指先一つ。
軽く、遠慮がちで、すぐに離れてしまいそうなほど小さな接触。

なのに。

ミレイユの心臓は、
一瞬で全力疾走を始めた。

(ま、まさか……触れられ……て……!?
な、なにこれ……
白い結婚、干渉しない契約、自由な関係……
全部どこにいきましたの……!?)

ロヴェルの声が、
静かに落ちてくる。

「……冷えていたから」

(いま何て?
いやいや、理由はどうでもいい!
触れられたこと自体が問題で……!
だって……こんな……)

ロヴェルの指先は温かかった。

さらに、
ほんのわずかに握る力が強くなる。

逃がさないように。

安心させるように。

そんな気配さえ感じた。

「……ミレイユ」

再び、名前を呼ぶ。

呼び捨て。
昨日の“事故”ではない。
今日は意図して呼んでいる。

それに気づいた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

(どうしましょう……
こんなの……ずるいですわ……)

ロヴェルは、
彼女の視線を真正面から受け止めた。

「君が来てから……
この領地は、本当に変わった」

「わ、わたくしは……ただ……
好きでやっているだけですのに……」

「だからだ」

ロヴェルの声は、いつになく柔らかい。

「好きなことをして、
それで人を救っている。
……それが、どれほど尊いか」

ミレイユは言葉を失った。

火の光がちらちらと揺れる。
ロヴェルの瞳も揺れる。

そして──

彼の親指が、
ミレイユの手の甲をそっと撫でた。

(だ……ダメ……
こんなの、契約結婚の雰囲気じゃ……
絶対……ないですわ……!)

心がぐらぐら揺れていく。

ロヴェルが、少し息を吸った。

「……干渉しない契約と言ったが」

「……っ」

ミレイユの心臓が大きく跳ねた。

ロヴェルは、ほんの少しだけ困ったように笑った。

「……今の私は、
あの時の私ではいられそうにない」

その意味を完全に理解した瞬間。

ミレイユの頬は一気に熱くなり、
頭が真っ白になった。

(な、ななな……なに言って……!?
それはつまり……
干渉したくなるほど……
わ、わたくしを……?)

うまく考えがまとまらない。

胸がいっぱいで、
息が詰まりそうで──

けれど、不思議と嫌じゃない。

むしろ、少しだけ……嬉しい。

ちいさな声が喉から漏れる。

「……わ、わたくし……
なんと返せばいいのか……」

ロヴェルは首を振った。

「返事はいらない。
……ただ、その手を……
今日だけは、このまま」

そう言うと、
ミレイユの手を包み込むように
指を重ねてきた。

触れ合う手の温度が、
恥ずかしいほど心臓に響く。

(ああ……
どうしましょう……
わたくし、もう……
白い結婚の“線”を、保てそうにありませんわ……)

揺れる火の影の中。

ふたりの距離は、

契約結婚の境界線を、静かに越えていった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、 突如として現れた「本物の聖女」。 空中浮遊、瞬間移動、念動力―― 奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、 王太子はその力に目を奪われる。 その結果、 王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、 一方的に婚約を破棄されてしまった。 だが、聖女の力は―― ・空中浮遊は、地上三十センチ ・瞬間移動は、秒速一メートル ・念動力は、手で持てる重さまで 派手ではあるが、実用性は乏しい。 聖女の力は、見世物レベル。 少なくとも、誰もがそう判断していた。 それでも人々は喝采し、 権威は少女を縛り、 「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。 そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、 ある違和感に気づき始める。 ――奇跡よりも、奪われているものがあることに。 派手な復讐はない。 怒鳴り返しもしない。 けれど静かに、確実に、 “正しさ”は明らかになっていく。 見世物にされた奇跡と、 尊厳を取り戻す少女たちの物語。 ---

婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美
恋愛
「アイラ・ロックウェル、君との婚約は無かったことにしよう」そう婚約者のセドリックから言い放たれたのは、通っていた学園の卒業パーティー。婚約破棄の理由には身に覚えはなかったけれど、世間体を気にした両親からはほとぼりが冷めるまでの聖地巡礼——世界樹の参拝を言い渡され……。仕方なく朝夕の参拝を真面目に行っていたら、落ちてきた世界樹の実に頭を直撃。気を失って目が覚めた時、私は神官達に囲まれ、横たえていた胸の上には実から生まれたという聖獣が乗っかっていた。どうやら私は聖獣に見初められた聖女らしい。 そして、その場に偶然居合わせていた第三王子から求婚される。問題児だという噂の第三王子、パトリック。聖女と婚約すれば神殿からの後ろ盾が得られると明け透けに語る王子に、私は逆に清々しさを覚えた。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...