社長室の蜜月

しおしお

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第2章:社長の孤独と秘書の想い

2-5:揺れる想いと近づく距離

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「もっと近くにいてほしい」という西園寺蓮の言葉が、相沢結衣の心を揺さぶり続けていた。秘書課での日常はこれまでと変わらず忙しく、結衣はスケジュール調整や資料作成に追われていたが、どこか集中力を欠く自分に気づいていた。


---

その日、秘書課での昼休み。結衣がデスクで資料の整理をしていると、同期の椎名理香が秘書課を訪れた。いつもとは違う険しい表情で、結衣のもとへ足早に近づいてくる。

「結衣、ちょっといい?」
理香の声は穏やかさを欠いていた。

「うん、何?」
結衣が顔を上げると、理香は他の秘書たちに聞かれないように小声で言った。

「話があるの。休憩室でいい?」

結衣はその言葉に少し嫌な予感を覚えつつも、断ることはできず、資料をデスクに置いて立ち上がった。


---

休憩室に入ると、理香は扉を閉めたあと、結衣をじっと見つめた。

「ねえ、結衣。正直に言って。西園寺社長のこと、どう思ってるの?」

その問いに、結衣は思わず息を呑んだ。

「どうって……ただの上司だよ。」
慌ててそう答えたが、理香は冷たい笑みを浮かべて首を振った。

「そんな風には見えない。最近、社内でも噂になってるのよ。結衣が社長の“お気に入り”なんじゃないかって。」

「そんなことない!」
思わず声を上げた結衣に、理香は目を細めた。

「でも、食事に行ったりしてるんでしょ? 私、聞いたんだから。」

理香の言葉に、結衣は言い返せなかった。蓮と二人きりで食事に行ったことは事実だ。だが、それが「特別」な意味を持つものではないと、自分では信じたかった。

「それは……仕事の一環で……」
結衣が小声で答えると、理香はため息をついた。

「仕事の一環ね……でも、私にはそうは見えない。結衣が社長に近づくたびに、私の中でどんどんモヤモヤが大きくなっていくの。」

理香の目には、嫉妬と怒りが混じっていた。

「私ね、ずっと社長に憧れてたの。仕事もできて、カッコよくて……でも、結衣が秘書課に行ってから、何もかもが変わった。」

その言葉に、結衣は胸が痛んだ。理香の気持ちは理解できる。自分が知らず知らずのうちに、理香の望むものを「奪った」と思わせてしまったのかもしれない。

「理香……私は、本当にそんなつもりじゃ……」

「分かってるよ。結衣が悪いわけじゃないって。でも、やっぱり悔しい。」

理香はそれだけ言うと、深くため息をつき、休憩室を出て行った。残された結衣は、その場に立ち尽くしながら、自分が理香にとってどんな存在になってしまったのかを考えずにはいられなかった。


---

午後の業務中、結衣は理香との会話を引きずりながらも、蓮のスケジュールを確認しに社長室へ向かった。ドアをノックすると、蓮の低い声が返ってくる。

「入れ。」

社長室に入ると、蓮はデスクに座りながら資料を見ていた。結衣がスケジュールの確認について話し始めると、彼は資料から目を上げ、結衣をじっと見つめた。

「どうした? 何かあったか?」

その問いに、結衣は一瞬言葉を詰まらせた。理香との会話を思い出し、彼に相談すべきか迷ったが、結局は首を横に振った。

「いえ、特に何も……」

「そうか。」
蓮はそれ以上追及せず、短く返した。そして、机の上の資料を手に取りながら言った。

「何か困ったことがあれば、すぐに言え。お前はここで一人で悩む必要はない。」

その言葉はまるで理香とのやり取りを見透かしたかのようで、結衣の胸に深く響いた。蓮が自分を気にかけてくれている――その事実に、彼への信頼がさらに強まった。


---

その日の退勤後、結衣が帰ろうとエレベーターに向かっていると、蓮が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。普段ならそのまま挨拶だけで済ませるところだが、蓮は結衣を呼び止めた。

「相沢、少しだけ時間があるか?」

「はい、大丈夫です。」

蓮は短く頷き、結衣を会社近くのカフェへと誘った。静かなカフェの窓際でコーヒーを飲みながら、蓮はゆっくりと話し始めた。

「仕事は順調か?」

「はい。皆さんのおかげで、少しずつですが慣れてきました。」

蓮はコーヒーを一口飲み、静かな声で言った。
「お前が秘書課に来てから、俺は少しだけ肩の力を抜けるようになった。」

結衣はその言葉に驚き、思わず顔を上げた。

「えっ……私が、ですか?」

「そうだ。お前の細かい気配りや、業務に対する真摯な姿勢は、俺にとって助けになる。」

その言葉に、結衣の胸が温かくなるのを感じた。彼にとって自分が少しでも役に立てているのなら、それだけで報われた気持ちだった。


---

家に帰った後、結衣はカフェでの会話を何度も思い返していた。蓮の優しい言葉と視線が、結衣の心に静かに広がっていく。

「社長のそばで働けてよかった……」

その思いと同時に、自分が彼に対してただの「上司」として以上の感情を抱き始めていることに気づき、結衣は胸が高鳴るのを感じた。それが恋なのかどうかは、まだ彼女自身にも分からなかった。

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