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第17話 旦那様の知らない一面に、心が揺れる
しおりを挟む最近、ラディス様は領主として多忙だった。
村の水路整備の打ち合わせや、商人との契約内容の調整、
さらには冬支度の準備まで、仕事は山ほどあるらしい。
「今日は視察かしら……」
私はエミと一緒に村へ買い出しに来ていた。
家畜小屋の前で、村の老人が朗らかに笑いながら言った。
「リオラ様、今日は旦那様が村の北側に来てくれておるぞい」
「ラディス様が……?」
「へぇ。最近よう働くんじゃ。
領主様ってのは、年に何回か顔を出せば良いって貴族も多いのに、
旦那様は毎週足を運んでくれとる」
その言葉に胸が温かくなる。
エミが横で頷いた。
「旦那様、リオラ様が屋敷に来てから、俄然やる気が違いますもんね」
「えっ……? そ、それは関係ないと思うけど……」
「どうでしょうねぇ?」
エミはニヤリと笑う。
(そんな……まさか……)
でも、どきりとした胸の鼓動は嘘をつかない。
---
◆北の畑で、働く人の姿
北側の畑に来ると、
視察中らしいラディス様の姿がすぐに目に入った。
農民たちと同じ高さまで腰を下ろし、
真剣な表情で土の状態を確認している。
「ここの水の流れが少し滞っているな。
来週には技師を呼んで対処させよう」
「それは助かります、旦那様! 今年は暑さで乾きが早くて……」
「できる限り早く対応する。
収穫期に支障が出ては困るからな」
その声はいつもと違う。
冷静なのに温かくて、
静かながらも確かな信頼を呼ぶ声。
(こんなに……頼れる人だったんだ)
私は少し離れた場所から見つめ続けてしまう。
大きくて、強くて、
でも村人の声に真摯に耳を傾ける優しい背中。
風に揺れる外套の裾と、
彼の落ち着いた所作。
全部が、胸に刺さった。
---
◆村人に見られる“旦那様の素顔”
ラディス様は村の青年たちと土袋を運んだり、
子どもが転びそうになれば軽々と抱き上げたりしていた。
「旦那様は頼りになりますよ~」
「無口だけど、仕事が早い!」
「去年の水害のときも、真っ先に走ってくれたんです!」
村の声が次々と聞こえてくる。
(……知らなかった)
こんなにみんなから信頼されているなんて。
「リオラ……?」
「──!」
いつの間にか、ラディス様がすぐ目の前に立っていた。
仕事で少し汗をかいた髪が額にかかっていて、
その姿が妙に眩しい。
「君が来ていたとは……すまない、挨拶が遅れた」
「い、いえっ! わたしこそ勝手に……!」
動揺で声が裏返りそうになる。
ラディス様は少し驚いたように眉をひそめた。
「どうした? 顔が赤い」
「な、なんでも……ありません……!」
(見てしまった……かっこいいところ……
しかも惚れそうって思った自分が、恥ずかしすぎる……!)
ラディス様は、優しく目を細めた。
「視察はもうすぐ終わる。……一緒に帰るか?」
「……はい」
その一言で、胸が跳ねた。
---
◆帰り道で、胸が落ち着かない
帰り道、ラディス様と並んで歩いた。
時折吹く風が頬に当たると、
私はそのたびに胸がざわつく。
(私……こんなにこの人を意識してたっけ……?)
ほんの少し手が触れそうになるだけで、
心臓がひどく騒ぎ出す。
視線を上げると、
ラディス様は村で見せた頼れる表情のまま歩いていた。
(……こんな人が、私の旦那様なんだ)
その実感が、
胸の奥でゆっくり形を持ち始める。
白い結婚のはずだった。
でも──
(もしかしたら私は……)
小さな芽のように、
恋心がふくらみ始めていた。
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