31 / 32
第31話 “普通の夫婦”として祝福される日
しおりを挟むラディスとの“正式な告白”から数日後、領内は妙にそわそわしていた。
城下町を歩けば、どこからともなくヒソヒソ声が聞こえてくる。
「聞いた?公爵様と奥様が、ついに……その……」
「夜の庭園で手をつないで歩いてたらしいわよ」
「えぇっ、ついに白い結婚が終わったのね……!」
「いや、終わったとは言ってないわよ。でも……“進展”したんでしょうねぇ……」
リオラは顔まで真っ赤になり、俯いて歩くしかなかった。
(どうして……どうしてあれがこんなに噂になるの……!
ただ手をつないだだけなのに……!)
でも、ほんの少しだけ胸がくすぐったい。
だって、あの夜の記憶は、思い出すたびに心が温かくなるから。
――その日の午後。
広間から、大きな拍手と歓声が響いた。
「おめでとうございます、旦那様、リオラ様!」
エミが泣きながら飛びついてきた。
今日、領主館では“正式に公爵夫妻が普通の夫婦として歩み始めたこと”を祝う小さな式が開かれていたのだ。
もちろん、これはラディスが主催したわけではない。
むしろ、提案したのは――
「リオラ様、本当に良かったですわ……!」
エミが涙を拭きながら、感激で震えていた。
……彼女である。
「エミ、泣きすぎよ。目が腫れちゃうわ」
「だって……だって……!私はずっと信じていたんです!
旦那様は絶対にリオラ様を幸せにしてくださるって!」
ラディスがそっと近づき、落ち着いた声で言う。
「エミ、そこまで泣かれると、私が何かひどいことをしていたように見えるのだが」
「ち、違います!感極まっただけです!
旦那様、本当にありがとうございます……!」
エミは涙目で何度も頭を下げた。
その横で、周りの使用人たちも微笑ましそうに二人を見ている。
「公爵様、奥様、本当にお似合いです」
「あの堅物の公爵様が……奥様の前では柔らかい表情をするなんて」
「城下町でもお祝いの声が広がっていますよ」
リオラは恥ずかしくて、頬に手を当てた。
「あの……そんなに大ごとでは……」
「大ごとだ」
ラディスが隣に立ち、優しく言った。
「君が幸せそうに笑っている。それ以上に大切なことはない」
その言葉に、一瞬で胸が熱くなる。
使用人たちが一斉に拍手する。
エミはまた涙をぽろぽろこぼし、「うぅ……幸せです……!」と鼻をすすっていた。
(ほんとに……こういう時だけ泣くんだから……)
けれど、エミが泣いてくれるほど、
自分たちの関係が“本物”になったことを実感して胸がじんとした。
式は大げさなものではなく、
領民たちから届いた花や食べ物が広間に並べられた、温かい“内輪の祝い”だった。
ラディスがふと、リオラの手を取った。
「リオラ。これからも……隣にいてくれ」
「はい。……こちらこそ、よろしくお願いします」
二人で微笑み合うと、広間にまた大きな拍手が響いた。
こうして、リオラとラディスは――
ついに“普通の夫婦”として、領内から認められ、祝福されたのだった。
その夜、エミは興奮のあまり日記に
《奥様が幸せで私は一生分泣いた》
と書いたらしい。
……明日になって読み返したらきっと赤面するだろうけど。
21
あなたにおすすめの小説
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる