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第一話 公開断罪の夜と、北からの招待
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第一話 公開断罪の夜と、北からの招待
王都ヴァルドー宮の大広間は、魔導燭台の光で満ちていた。天井近くに浮かぶ光球は、ゆるやかに揺れながら金色の粒子を落とし、磨き抜かれた大理石の床を星空のように輝かせている。壁面には王家と名門魔術家の紋章が並び、この国がいかに“魔力”を誇りとしてきたかを、これでもかと主張していた。
その中央に、私は立っている。
「リリアーナ・エヴァレット」
婚約者アルフレッドの声は、式典の宣誓のように響いた。
「お前との婚約を、ここに破棄する」
一瞬の静寂。次いで、ざわめきが広間を満たす。好奇、嘲笑、そしてどこか安堵を含んだ視線が、一斉に私へ注がれた。
理由は、誰もが知っている。
魔力がない。
この国では、子どもは生まれてすぐ測定水晶に触れさせられる。光の強さで未来が決まる。強ければ栄光、弱ければ努力。だが――光らなければ、存在は疑われる。
私が触れた水晶は、沈黙した。
何度試しても、沈黙した。
「魔術名門家の嫡男として、無能な妻を迎えることはできない」
アルフレッドは淡々と言い放つ。その隣には、淡い金髪の令嬢が立っていた。魔術学院首席、王宮魔術団入りが確実視されている才媛。彼女の周囲の空気は、わずかに揺らいでいる。豊かな魔力の証だ。
私は、ゆっくりと息を吸った。
「理由を、承りました」
声は震えなかった。
「では、婚約は本日限りで」
彼の眉がわずかに動く。泣き縋る姿を想像していたのだろう。だが私は、涙を選ばなかった。泣いたところで、水晶は光らない。私の価値が戻ることもない。
それでも、胸の奥が静かに痛む。幼いころ、彼と庭を駆け回った記憶が、遠いものになる音がした。
そのとき。
「その婚約、代わりに私が引き受けよう」
低く、冷えた声が広間を裂いた。
ざわめきが止まる。
入口に立っていたのは、北の公爵レオンハルト・ヴァルツァー。黒の軍装に身を包み、銀の髪を揺らし、血のように赤い瞳でこちらを見ている。王都の華やかさとは正反対の存在。氷雪の地を治める若き公爵だ。
「公爵閣下、これは我が家の問題で――」
「終わったのだろう?」
アルフレッドの言葉は、あっさりと断たれた。
レオンハルトはゆっくりと歩み寄る。その足取りは静かだが、広間の視線が自然と割れる。
私の前で立ち止まり、赤い瞳で覗き込む。
「魔力がない、か。興味深い」
侮蔑ではない。純粋な観察の目だった。
「名は」
「……リリアーナ」
「北へ来るか」
問いは短い。だが、その先は広い。
王都に残れば、私は笑い者だ。どの夜会でも“光らなかった女”として囁かれるだろう。家も、いずれは私を厄介払いする。
北へ行けば、未知だ。寒く、厳しく、魔術よりも現実を重んじる土地。
私は一瞬だけ、アルフレッドを見る。彼はもう、私を見ていなかった。隣の才媛と視線を交わし、周囲の反応を確かめている。
それが答えだった。
「参ります」
私の声は、はっきりと広間に響いた。
息を呑む音が重なる。
レオンハルトの口元が、わずかに上がる。
「良い判断だ」
その瞬間、王都での私の立場は完全に消えた。だが同時に、別の道が開いた。
夜会は再びざわめきを取り戻す。
「北の公爵が、なぜあの女を?」 「魔力なしを?」 「何か裏があるのでは……」
囁きは止まらない。
けれど私は、もう震えていなかった。
広間を去るとき、背後でアルフレッドの声が聞こえた。
「好きにしろ。どうせ役立たずだ」
振り返らなかった。
宮殿の外は冷えていた。夜気が頬を刺す。だが、不思議と心は静かだった。
「後悔はないか」
隣を歩くレオンハルトが問う。
「ございません」
「王都の安寧を捨てることになる」
「もとより、安寧など持っておりませんでした」
彼は一瞬だけ私を見て、低く笑う。
「面白い」
馬車へと向かう石畳の上で、私は初めて王都の空を見上げた。魔導灯が輝き、空気は魔力に満ちている。けれど、その光は私には一度も応えてくれなかった。
ならば、光に縋るのはやめよう。
北の空は、きっと違う色をしている。
馬車の扉が開く。
「リリアーナ」
レオンハルトが手を差し出す。
その手は冷たいはずなのに、不思議と温もりを感じた。
「今日から君は、我が北の公爵夫人候補だ」
候補。その言い方が、どこか含みを持つ。
私はその手を取った。
王都の魔導燭台が遠ざかる。
その光は相変わらず美しい。だが、もう私のものではない。
馬車が動き出す。
知らなかった。
この夜の選択が、王都の魔術社会そのものを揺らす始まりになることを。
そして――魔力が“ない”のではなく、別の形で存在していることを、まだ誰も知らなかった。
王都ヴァルドー宮の大広間は、魔導燭台の光で満ちていた。天井近くに浮かぶ光球は、ゆるやかに揺れながら金色の粒子を落とし、磨き抜かれた大理石の床を星空のように輝かせている。壁面には王家と名門魔術家の紋章が並び、この国がいかに“魔力”を誇りとしてきたかを、これでもかと主張していた。
その中央に、私は立っている。
「リリアーナ・エヴァレット」
婚約者アルフレッドの声は、式典の宣誓のように響いた。
「お前との婚約を、ここに破棄する」
一瞬の静寂。次いで、ざわめきが広間を満たす。好奇、嘲笑、そしてどこか安堵を含んだ視線が、一斉に私へ注がれた。
理由は、誰もが知っている。
魔力がない。
この国では、子どもは生まれてすぐ測定水晶に触れさせられる。光の強さで未来が決まる。強ければ栄光、弱ければ努力。だが――光らなければ、存在は疑われる。
私が触れた水晶は、沈黙した。
何度試しても、沈黙した。
「魔術名門家の嫡男として、無能な妻を迎えることはできない」
アルフレッドは淡々と言い放つ。その隣には、淡い金髪の令嬢が立っていた。魔術学院首席、王宮魔術団入りが確実視されている才媛。彼女の周囲の空気は、わずかに揺らいでいる。豊かな魔力の証だ。
私は、ゆっくりと息を吸った。
「理由を、承りました」
声は震えなかった。
「では、婚約は本日限りで」
彼の眉がわずかに動く。泣き縋る姿を想像していたのだろう。だが私は、涙を選ばなかった。泣いたところで、水晶は光らない。私の価値が戻ることもない。
それでも、胸の奥が静かに痛む。幼いころ、彼と庭を駆け回った記憶が、遠いものになる音がした。
そのとき。
「その婚約、代わりに私が引き受けよう」
低く、冷えた声が広間を裂いた。
ざわめきが止まる。
入口に立っていたのは、北の公爵レオンハルト・ヴァルツァー。黒の軍装に身を包み、銀の髪を揺らし、血のように赤い瞳でこちらを見ている。王都の華やかさとは正反対の存在。氷雪の地を治める若き公爵だ。
「公爵閣下、これは我が家の問題で――」
「終わったのだろう?」
アルフレッドの言葉は、あっさりと断たれた。
レオンハルトはゆっくりと歩み寄る。その足取りは静かだが、広間の視線が自然と割れる。
私の前で立ち止まり、赤い瞳で覗き込む。
「魔力がない、か。興味深い」
侮蔑ではない。純粋な観察の目だった。
「名は」
「……リリアーナ」
「北へ来るか」
問いは短い。だが、その先は広い。
王都に残れば、私は笑い者だ。どの夜会でも“光らなかった女”として囁かれるだろう。家も、いずれは私を厄介払いする。
北へ行けば、未知だ。寒く、厳しく、魔術よりも現実を重んじる土地。
私は一瞬だけ、アルフレッドを見る。彼はもう、私を見ていなかった。隣の才媛と視線を交わし、周囲の反応を確かめている。
それが答えだった。
「参ります」
私の声は、はっきりと広間に響いた。
息を呑む音が重なる。
レオンハルトの口元が、わずかに上がる。
「良い判断だ」
その瞬間、王都での私の立場は完全に消えた。だが同時に、別の道が開いた。
夜会は再びざわめきを取り戻す。
「北の公爵が、なぜあの女を?」 「魔力なしを?」 「何か裏があるのでは……」
囁きは止まらない。
けれど私は、もう震えていなかった。
広間を去るとき、背後でアルフレッドの声が聞こえた。
「好きにしろ。どうせ役立たずだ」
振り返らなかった。
宮殿の外は冷えていた。夜気が頬を刺す。だが、不思議と心は静かだった。
「後悔はないか」
隣を歩くレオンハルトが問う。
「ございません」
「王都の安寧を捨てることになる」
「もとより、安寧など持っておりませんでした」
彼は一瞬だけ私を見て、低く笑う。
「面白い」
馬車へと向かう石畳の上で、私は初めて王都の空を見上げた。魔導灯が輝き、空気は魔力に満ちている。けれど、その光は私には一度も応えてくれなかった。
ならば、光に縋るのはやめよう。
北の空は、きっと違う色をしている。
馬車の扉が開く。
「リリアーナ」
レオンハルトが手を差し出す。
その手は冷たいはずなのに、不思議と温もりを感じた。
「今日から君は、我が北の公爵夫人候補だ」
候補。その言い方が、どこか含みを持つ。
私はその手を取った。
王都の魔導燭台が遠ざかる。
その光は相変わらず美しい。だが、もう私のものではない。
馬車が動き出す。
知らなかった。
この夜の選択が、王都の魔術社会そのものを揺らす始まりになることを。
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