選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第五話 再会と、触れられない魔法

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第五話 再会と、触れられない魔法

 王都からの調査団が北の公爵邸に到着したのは、正午を少し回った頃だった。

 雪を踏みしめる重い足音。王宮の紋章を掲げた馬車が中庭へと入ってくる。白い息を吐きながら降り立った魔術師たちは、厚手の外套の下に正式装束を整えていた。

 その中に、彼の姿があった。

 アルフレッド。

 あの夜と変わらぬ整った顔立ち。だが、その表情には明らかな硬さがある。

 私は正面玄関の階段に立っていた。隣にはレオンハルト。

「ようこそ、北へ」

 公爵としての声音で、彼が告げる。

「ご多忙の中、応じていただき感謝いたします」

 団長が一礼する。

 アルフレッドの視線が、私をとらえた。

 一瞬だけ、目が合う。

 その中にあるのは驚きか、苛立ちか、それとも後悔か。読み取ることはできない。

「……久しぶりだな」

 低い声。

「お久しぶりです」

 私は淡々と答えた。

 王都の夜会での屈辱は、もう胸を焼かない。ただ、遠い出来事のように感じられる。

 応接室に移動し、調査が始まった。

「北方面の魔術網に、異常はありませんか」

「現在のところ、重大な障害は確認していない」

 レオンハルトが即答する。

「だが、王都側で波形の乱れが出ている」

 団長が資料を広げる。

「発生時刻は、いずれも北方面の魔力流が微減した瞬間と一致します」

 空気が張り詰める。

「北で何らかの干渉があった可能性は」

「理論上は否定できない」

 レオンハルトの視線が、私へと向く。

 アルフレッドもまた、私を見る。

「……まさか」

 彼が呟く。

「リリアーナが関係していると?」

 問いというより、確認だ。

 私は静かに立ち上がる。

「私にできることは、触れることだけです」

「触れる?」

「魔石に」

 室内に運ばれた高位魔石へと歩み寄る。

「危険です」

 若い魔術師が声を上げる。

「壊れる可能性が――」

「壊れません」

 私は魔石に指先を当てる。

 淡い光が揺れる。

 次の瞬間、すうっと消えた。

「なっ……」

 団長が息を呑む。

 魔石は割れていない。ただ、沈黙している。

 アルフレッドが立ち上がる。

「吸収か?」

「いいえ」

 私は首を振る。

「何も感じません。ただ、消えるだけです」

 彼は魔力計を取り出し、私の周囲を測定する。

「魔力濃度……低下している」

「半径三歩以内、顕著です」

 北の側近が補足する。

 アルフレッドの顔色が変わる。

「……無効化」

 彼の口から、その言葉が漏れる。

「魔力がないのではなく、打ち消しているのか」

 私は静かに答える。

「私にも、まだ分かりません」

 沈黙。

 王都の魔術理論では、魔力は“持つ”か“持たない”かしかなかった。

 “打ち消す”という概念は、存在しない。

「これが王都の魔術網に影響を及ぼしている可能性は」

 団長が問う。

「ある」

 レオンハルトが言う。

「だが、それは彼女の意思ではない」

 アルフレッドが私を見つめる。

「なぜ黙っていた」

「黙っていたのではありません」

 私は彼を真っ直ぐに見る。

「王都では、検査すらまともにされませんでした」

 水晶が光らなかった瞬間、私は“無”と決めつけられた。再検査も、理論検証もなく。

 ただ、価値がないと断じられた。

 アルフレッドの視線が揺れる。

「……王都は魔力に依存しすぎている」

 彼は低く言った。

「もし無効化体質が広域に作用すれば、結界も転移門も」

「止まる」

 レオンハルトが引き取る。

「だからこそ、構造の見直しが必要だ」

 団長は険しい顔で沈黙する。

「王都は、彼女の存在をどう扱うべきか」

 その問いは、重かった。

 危険因子として排除するのか。

 それとも、制御対象として囲い込むのか。

 私は口を開く。

「私は、王都へ戻るつもりはありません」

 はっきりと。

「公爵家との契約があります。そして、北での生活を選びました」

 アルフレッドが言い返す。

「王都の安定が脅かされているのだぞ」

「それは、私のせいですか?」

 問い返すと、彼は言葉に詰まった。

 私は続ける。

「王都が魔力に依存していなければ、ここまで揺れないはずです」

 団長が目を伏せる。

 事実だった。

 魔術網は効率的だが、集中しすぎている。一本の血管のように、中央に負荷がかかる。

 そこへ、私という“異質”が近づけば、波が立つ。

「結論は持ち帰る」

 団長が告げる。

「だが、彼女の監視は必要だ」

 アルフレッドが私を見る。

 そこには、かつての優越も侮蔑もなかった。

 あるのは、困惑と、理解しきれない現実への焦り。

「……なぜ北を選んだ」

 小さな声。

「選んでくれたからです」

 私は答える。

 王都は、私を選ばなかった。

 北は、私を必要だと言った。

 それだけの違いだ。

 調査団はその日のうちに邸内を測定し、詳細な記録を持って部屋へ引き上げた。

 夜。

 私は一人、窓辺に立つ。

 王都からの視線が、背後にあるような気がした。

「後悔しているか」

 レオンハルトの声。

「いいえ」

 私は振り向く。

「私は、やっと“無”ではなくなりました」

 彼は静かに頷く。

「王都は今、君を脅威と見るだろう」

「それでも、戻りません」

「……ああ」

 赤い瞳が柔らかくなる。

「戻さない」

 その言葉は、契約よりも強い響きを持っていた。

 王都の魔法は、まだ灯っている。

 だが、私に触れれば消える。

 それを知った今、王都はもう、以前と同じではいられなかった。
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