選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第四話 責任の矛先と、北の選択

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第四話 責任の矛先と、北の選択

 王都では、異変は「偶然」として片づけられなかった。

 転移門の微細な不安定、補助結界の一瞬の消失、照明系統の波形乱れ。いずれも短時間で復旧し、被害は出ていない。だが、魔術に絶対を置くこの国にとって、「理由が分からない」は何よりも不穏だった。

「北方面と波形が一致しています」

 王宮魔術団の会議室で、記録官が淡々と報告する。

「誤差の範囲ではありません。相関があります」

 視線が一斉にアルフレッドへ向く。北方面の魔術網を担当しているのは彼だ。

「北で何かが起きている可能性は」

 団長の問いに、アルフレッドは即答できなかった。

「……現在、北の公爵家に照会中です」

「照会では足りん」

 団長の声は冷たい。

「王都の安定を揺るがす事象だ。原因究明は急務だ」

 責任という言葉は出ていない。だが、空気は明確に彼を囲っている。

 アルフレッドは唇を噛む。

 まさか、あの女が。

 だが、理屈に合わない。魔力がない女が、どうやって魔術網に干渉する。

 ――いや。

 だからこそ、干渉できるのではないか。

 思考が、嫌な方向へ進む。

 北の公爵邸。

 私は図書室にいた。王都から運び込まれた魔術理論書と、北独自の工学書が並ぶ棚の前で、頁をめくる。

 魔力とは何か。流れとは何か。共鳴とは何か。

 私は、魔力を持たない。

 だが、魔力に影響を与える。

 それは欠如ではなく、別の性質なのではないか。

「調べ物か」

 振り向くと、レオンハルトが立っていた。

「魔力理論を」

「自分を理解しようとしているのか」

「理解せずに、触れるのは怖いですから」

 彼は静かに近づき、本を閉じる。

「恐れているか」

「……少しだけ」

 嘘は言わない。

 王都で起きている異変が、もし私と関係しているなら。私は意図せず国を揺らしていることになる。

「王都から正式な問い合わせが来た」

 やはり、と思う。

「北で異常はないか、だと」

「どうお答えに」

「事実のみだ。『異常は確認していない』」

 確かに、北では混乱は起きていない。魔術に過度に依存していないからだ。

「王都は魔術網を一本の動脈のように扱っている。集中管理、中央制御。だから小さな乱れが全体に響く」

「北は違うのですか」

「分散だ。物理と魔術の併用。止まっても致命傷にはならない」

 彼は地図を広げる。

「もし、君の影響が王都の中枢に近づけば」

 指先が王都の中心、王宮を示す。

「揺らぎは、今より大きくなる」

 私は息を呑む。

「止めることはできますか」

「君が、か」

 彼はしばし沈黙する。

「止める方法はあるかもしれない。だが、止める必要があるかは別だ」

「必要が……ない?」

「腐った構造は、いずれ崩れる。君はきっかけに過ぎない」

 その言葉は冷徹だが、現実的だった。

 その頃、王都では次の段階へ進んでいた。

「北へ調査団を送るべきです」

 若い魔術師が提案する。

「原因が北方面にあるのなら、直接確認するしかありません」

 団長は頷く。

「アルフレッド、同行せよ」

「……承知しました」

 決定は早かった。

 北へ行く。

 彼は胸の奥に渦巻く感情を押し込める。

 リリアーナ。

 あの夜、切り捨てた名。

 もし、何か関係しているのなら。

 自分が正しかったと証明しなければならない。

 北の夜。

 私は暖炉の前に座っていた。今日は魔石を使わず、薪だけで火を起こしている。北の生活は、思っていた以上に“魔術なし”に慣れていた。

「王都から調査団が来る」

 レオンハルトの声が落ちる。

「……アルフレッドも」

 胸が一瞬、強く打つ。

「対面は避けられない」

「避けるつもりはありません」

 私は顔を上げる。

「私は、何も奪っていません。ただ、選ばれなかっただけです」

「強いな」

「強くならざるを得ませんでした」

 彼はわずかに目を細める。

「王都は君を“無”と呼んだ」

「はい」

「だが無ではない。均衡だ」

 その言葉が、胸に静かに沈む。

 均衡。

 過剰を削り、偏りを正す存在。

 それが私なら。

 翌朝、雪原の彼方に王都の旗が見えた。

 調査団の到着。

 王都の秩序と、北の現実が、いよいよ正面から向き合う。

 私は立ち上がる。

 逃げない。

 泣かない。

 ただ、そこに立つ。

 王都が切り捨てた“無能”は、北で静かに息をしている。

 そして今、責任の矛先は、ゆっくりとこちらへ向かっていた。
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