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第七話 王命と、選ばれなかった側の矜持
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第七話 王命と、選ばれなかった側の矜持
王都からの伝令は、雪を蹴立てて到着した。
王宮の紋章が押された封蝋は、重く、そして速やかに開封された。応接室の中央、長卓の上に置かれた書状は、ひと目で“王命”と分かる威圧を帯びている。
「北の公爵、ならびにリリアーナ・エヴァレットに告ぐ」
団長が読み上げる。
「王都中枢結界の安定確保のため、当該人物の王都帰還を要請する。協議は王宮にて行う」
室内の空気が固まった。
要請、と書かれている。だが実質は命令だ。
私は静かに息を吐く。
「帰還、ですか」
アルフレッドが一歩前へ出る。
「これは好機だ。王都で理論検証を行えば、影響の範囲を把握できる」
「影響の範囲を把握した後は?」
私の問いに、彼は一瞬言葉を失う。
「管理体制を整える」
「管理、ですか」
その響きは、檻を連想させる。
レオンハルトが低く口を開いた。
「北の公爵夫人候補を、王都が“管理”する権利はない」
「国の安定が関わっている!」
若い魔術師が声を荒げる。
「彼女が近づけば結界が揺らぐ可能性があるのです!」
「近づかなければ揺らがないのか」
レオンハルトの問いは鋭い。
「今も揺れている」
団長が認める。
私が王都へ戻らなくても、結界は揺らいでいる。波形の一致はあるが、距離を置いても完全には止まらない。
それはつまり。
「王都の構造そのものが、過敏なのです」
私は静かに言う。
「過敏?」
「一点集中型の魔術網。中枢炉に七割依存。そこに小さな変動が生じれば、全体が揺らぐ」
団長は黙り込む。
「私は触れていません。それでも波は立つ。ならば問題は、私だけではない」
アルフレッドが苦しげに眉を寄せる。
「だが、君の存在が引き金になっている可能性は高い」
「可能性、です」
私は頷く。
「ならば、王都が取るべきは私の拘束ではなく、構造の見直しです」
室内が静まり返る。
“魔力なし”と断じられた私が、王都の魔術構造に言及している。
皮肉だ。
団長が深く息を吐いた。
「王命は無視できない」
「無視はしません」
私は答える。
「ですが、帰還はいたしません」
はっきりと。
アルフレッドが顔を上げる。
「それは拒否と同義だ」
「違います。協議には応じます。ここで」
私は北の石壁を指す。
「王都が来ればいいのです」
沈黙。
王都が、来る。
それは象徴的な逆転だ。
レオンハルトの口元が、わずかに上がる。
「合理的だ」
「王宮が北へ?」
若い魔術師が戸惑う。
「王都の威信が」
「威信より安定が優先だろう」
レオンハルトが冷ややかに返す。
団長は長い沈黙の末、告げた。
「王都へ伝える。王自らの判断を仰ぐ」
書状は封じられ、再び雪原へと運ばれていった。
夜。
私は一人、回廊を歩いていた。石壁の冷気が、ゆっくりと頬に触れる。
「強く出たな」
背後からレオンハルトの声。
「怖くはないのか」
「怖いです」
正直に答える。
「ですが、戻れば……私は研究対象になります」
魔石と同じように扱われる未来が、容易に想像できた。
触れられ、測られ、管理される。
「北は違うと?」
「北は、私を選びました」
選んだ、という事実。
それが私を支えている。
彼は隣に並び、歩調を合わせる。
「王都は君を必要とする」
「必要とされるだけでは、足りません」
私は立ち止まる。
「私は、選ばれたいのです」
利用ではなく、契約ではなく。
存在として。
赤い瞳が、静かに揺れる。
「選んだ」
短い言葉。
だが重い。
「最初からだ」
胸が、わずかに熱くなる。
王都では、私は“選ばれなかった側”だった。
光らなかった水晶が、その証だった。
だが今、王都が私を求める。
皮肉な逆転。
翌朝、王都から第二の書状が届く。
「王、北への親征を検討」
団長の声が震える。
王自らが、北へ来る。
王都の象徴が、魔術の中心が、北へ。
それは単なる協議ではない。
魔術王国の重心が、動くということだ。
私は静かに目を閉じる。
触れなくても、揺らぐ。
拒まれても、求められる。
魔力がないと言われた私が、今、王都の結界を揺らしている。
選ばれなかった側の矜持は、まだ消えない。
私は、戻らない。
戻らずに、向き合う。
王都が北へ来るなら、その場で立つ。
無でも、欠如でもない。
均衡として。
王都の魔法は、いよいよ自らの足場を疑い始めていた。
王都からの伝令は、雪を蹴立てて到着した。
王宮の紋章が押された封蝋は、重く、そして速やかに開封された。応接室の中央、長卓の上に置かれた書状は、ひと目で“王命”と分かる威圧を帯びている。
「北の公爵、ならびにリリアーナ・エヴァレットに告ぐ」
団長が読み上げる。
「王都中枢結界の安定確保のため、当該人物の王都帰還を要請する。協議は王宮にて行う」
室内の空気が固まった。
要請、と書かれている。だが実質は命令だ。
私は静かに息を吐く。
「帰還、ですか」
アルフレッドが一歩前へ出る。
「これは好機だ。王都で理論検証を行えば、影響の範囲を把握できる」
「影響の範囲を把握した後は?」
私の問いに、彼は一瞬言葉を失う。
「管理体制を整える」
「管理、ですか」
その響きは、檻を連想させる。
レオンハルトが低く口を開いた。
「北の公爵夫人候補を、王都が“管理”する権利はない」
「国の安定が関わっている!」
若い魔術師が声を荒げる。
「彼女が近づけば結界が揺らぐ可能性があるのです!」
「近づかなければ揺らがないのか」
レオンハルトの問いは鋭い。
「今も揺れている」
団長が認める。
私が王都へ戻らなくても、結界は揺らいでいる。波形の一致はあるが、距離を置いても完全には止まらない。
それはつまり。
「王都の構造そのものが、過敏なのです」
私は静かに言う。
「過敏?」
「一点集中型の魔術網。中枢炉に七割依存。そこに小さな変動が生じれば、全体が揺らぐ」
団長は黙り込む。
「私は触れていません。それでも波は立つ。ならば問題は、私だけではない」
アルフレッドが苦しげに眉を寄せる。
「だが、君の存在が引き金になっている可能性は高い」
「可能性、です」
私は頷く。
「ならば、王都が取るべきは私の拘束ではなく、構造の見直しです」
室内が静まり返る。
“魔力なし”と断じられた私が、王都の魔術構造に言及している。
皮肉だ。
団長が深く息を吐いた。
「王命は無視できない」
「無視はしません」
私は答える。
「ですが、帰還はいたしません」
はっきりと。
アルフレッドが顔を上げる。
「それは拒否と同義だ」
「違います。協議には応じます。ここで」
私は北の石壁を指す。
「王都が来ればいいのです」
沈黙。
王都が、来る。
それは象徴的な逆転だ。
レオンハルトの口元が、わずかに上がる。
「合理的だ」
「王宮が北へ?」
若い魔術師が戸惑う。
「王都の威信が」
「威信より安定が優先だろう」
レオンハルトが冷ややかに返す。
団長は長い沈黙の末、告げた。
「王都へ伝える。王自らの判断を仰ぐ」
書状は封じられ、再び雪原へと運ばれていった。
夜。
私は一人、回廊を歩いていた。石壁の冷気が、ゆっくりと頬に触れる。
「強く出たな」
背後からレオンハルトの声。
「怖くはないのか」
「怖いです」
正直に答える。
「ですが、戻れば……私は研究対象になります」
魔石と同じように扱われる未来が、容易に想像できた。
触れられ、測られ、管理される。
「北は違うと?」
「北は、私を選びました」
選んだ、という事実。
それが私を支えている。
彼は隣に並び、歩調を合わせる。
「王都は君を必要とする」
「必要とされるだけでは、足りません」
私は立ち止まる。
「私は、選ばれたいのです」
利用ではなく、契約ではなく。
存在として。
赤い瞳が、静かに揺れる。
「選んだ」
短い言葉。
だが重い。
「最初からだ」
胸が、わずかに熱くなる。
王都では、私は“選ばれなかった側”だった。
光らなかった水晶が、その証だった。
だが今、王都が私を求める。
皮肉な逆転。
翌朝、王都から第二の書状が届く。
「王、北への親征を検討」
団長の声が震える。
王自らが、北へ来る。
王都の象徴が、魔術の中心が、北へ。
それは単なる協議ではない。
魔術王国の重心が、動くということだ。
私は静かに目を閉じる。
触れなくても、揺らぐ。
拒まれても、求められる。
魔力がないと言われた私が、今、王都の結界を揺らしている。
選ばれなかった側の矜持は、まだ消えない。
私は、戻らない。
戻らずに、向き合う。
王都が北へ来るなら、その場で立つ。
無でも、欠如でもない。
均衡として。
王都の魔法は、いよいよ自らの足場を疑い始めていた。
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