選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第八話 王の来訪と、均衡の証明

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第八話 王の来訪と、均衡の証明

 王が北へ来る。

 その報は、雪よりも静かに、だが確実に公爵領を震わせた。

 親征ではない。視察という名目。だが王都の中心が自ら動くという事実は、王都の揺らぎを何より雄弁に物語っていた。

「結界は」

 レオンハルトが確認する。

「物理防衛に切り替え済みです」

 側近が答える。

 北は魔術に依存しない。城壁は厚く、兵は実戦的で、補給は地道だ。王都のように“光”で飾られた都市ではない。

 私は中庭に立ち、白い空を見上げる。

 王が来る。

 王都で、私は名もない令嬢だった。測定水晶が光らなかっただけで、未来を切り捨てられた存在。

 その私の前に、王が立つ。

 皮肉だ。

 王の一行は、昼過ぎに到着した。雪を巻き上げ、重厚な馬車が門をくぐる。王旗がはためき、衛兵が整然と並ぶ。

 私はレオンハルトの隣に立った。

 扉が開き、王が姿を現す。

 年齢を重ねた威厳ある顔立ち。だがその目の奥には、明確な疲労があった。

「北の公爵」

「陛下」

 形式的な挨拶が交わされる。

 そして王の視線が、私に向けられる。

「そなたが、リリアーナか」

「はい」

 声は静かに、だが揺れない。

「王都の結界が揺らいでいる」

 王は単刀直入だった。

「原因は、そなたにある可能性が高いと報告を受けている」

 周囲の空気が張り詰める。

「可能性、でございます」

 私は一歩前へ出る。

「触れれば、魔石は沈黙いたします。ですが触れずとも揺らぐのであれば、それは構造の問題です」

 王の眉が動く。

「構造?」

「中枢炉依存型の結界は、変動に弱い。北は分散型です。揺らぎは致命傷になりません」

 王は団長を見る。

「事実か」

「理論上は……はい」

 王は私へ視線を戻す。

「そなたは王都へ戻る気はないか」

 問いは柔らかいが、重い。

「ございません」

 即答する。

「王都は、私を必要とするかもしれません。ですが、私は選ばれた場所におります」

 王の目が細まる。

「選ばれた、か」

「はい」

 王都は、私を選ばなかった。北は選んだ。

 その違いは、私にとって決定的だった。

 沈黙ののち、王は言った。

「証明できるか」

「何を」

「そなたが“破壊者”ではなく、“均衡”であると」

 私はレオンハルトを見る。彼は小さく頷いた。

 中庭に高位魔石が運ばれる。

 王都から持参した、王宮級の魔石だ。

「触れてみよ」

 王の声。

 私は歩み寄る。

 指先を、そっと当てる。

 光が揺れ、消える。

 周囲がざわめく。

 私は手を離す。

 数拍後、魔石は再び淡く光り始めた。

「……戻った」

 団長が息を呑む。

「完全停止ではない」

 レオンハルトが補足する。

「恒久的破壊ではない。均し、戻す」

 私は王を見る。

「私は壊しません。ただ、過剰を削るだけです」

 王は長く、深く息を吐いた。

「王都は、魔術を誇りとしてきた。だが依存もしてきた」

 遠くを見るように、呟く。

「そなたは、その過剰を映す鏡か」

 私は答えない。

 ただ、立つ。

 王はやがて決断した。

「王都は結界構造を見直す。分散化を進める」

 団長が目を見開く。

「陛下、それは」

「揺らぎは敵ではない。警告だ」

 王は私を見る。

「そなたを拘束はせぬ。だが、王都との協議は継続する」

「承知いたしました」

 その瞬間、空気が変わった。

 排除ではなく、再設計。

 王都は、初めて“自らを疑う”選択をした。

 王の一行が去ったあと、中庭は再び静寂を取り戻す。

「危なかったな」

 レオンハルトが低く言う。

「少しだけ」

 私は微笑む。

「でも、戻りませんでした」

「戻さないと言った」

 赤い瞳が、柔らかく揺れる。

 王都はまだ揺らぐだろう。

 だが今、その揺らぎは崩壊ではなく、変化の兆しになりつつある。

 私は触れなくても、影響を与える。

 それは呪いではない。

 均衡だ。

 選ばれなかった令嬢は、いまや王都の構造を映す存在となった。

 雪は静かに降り続ける。

 白の中で、私は初めて、自分の足で立っていると感じていた。
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