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第九話 揺らぐ栄光と、孤立する嫡男
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第九話 揺らぐ栄光と、孤立する嫡男
王が北を去った翌日、王都は静かに、しかし確実にざわついていた。
表向きは「視察は無事終了」「結界は安定」と発表されている。だが宮廷の空気は重い。王が自ら北へ赴き、結界構造の見直しを宣言した事実は、魔術貴族たちの胸をえぐっていた。
――魔術は絶対ではない。
その前提が、初めて揺らいだのだ。
「中枢炉依存率の再算出を急げ」
王宮魔術団の会議室で、団長が命じる。
「分散型への移行案を提出せよ」
魔術師たちの顔には、明らかな焦燥があった。
長年守ってきた理論が、見直しを迫られている。
その中心に立たされているのが、アルフレッドだった。
「北方面の波形解析、まだ終わらんのか」
「……解析中です」
声に、わずかな苛立ちが混じる。
彼は北で見た光景を思い出していた。
リリアーナが魔石に触れ、光が消え、そして戻った瞬間。
破壊ではない。
支配でもない。
均す。
あの言葉が、頭から離れない。
「彼女は危険ではない、と?」
若い魔術師が問う。
アルフレッドは即答できなかった。
「危険かどうかは……扱い方次第だ」
それは弱い答えだった。
かつてなら、「無能だ」と断じて終わりだった。
だが今は違う。
彼が切り捨てた存在が、王都の結界に影響を与えている。
その事実が、彼の立場を少しずつ削っていた。
社交界もまた、敏感だった。
「北の公爵夫人候補だそうよ」
「王が自ら会いに行ったとか」
「魔力なしのはずでは?」
囁きは、形を変える。
嘲笑は、疑問へ。
疑問は、興味へ。
そして興味は、評価へ。
アルフレッドは夜会に立っていた。
以前なら彼の周囲には人だかりができた。魔術学院首席、王宮魔術団の将来を担う若き嫡男。
だが今、距離がある。
「北の件、どうなっているの」
「責任は問われないのかしら」
言葉は丁寧だが、目は探るようだ。
彼は笑みを保つ。
「王都の安定に問題はない」
だが内心は揺れていた。
もし結界の再設計が進めば、彼の専門は価値を失うかもしれない。中枢炉特化型理論の第一人者として築いてきた評価が、根底から見直される。
北では、私は雪原を歩いていた。
冷たい空気が肺に入る。遠くで兵が訓練している。
「王都は動き始めた」
レオンハルトが隣を歩く。
「分散型への移行を検討している」
「良いことではありませんか」
「魔術貴族の反発は強い」
当然だろう。
魔術の強さが、そのまま権威だったのだから。
「私は、王都を壊したいわけではありません」
「分かっている」
彼は即答する。
「だが、変化は痛みを伴う」
私は立ち止まり、雪を掬った。
白い結晶は、手のひらの熱で溶ける。
「均す、ということは」
「過剰を削ることだ」
「削られる側は、痛いですね」
彼はわずかに笑う。
「だからこそ、抵抗する」
王都。
魔術貴族の一角で、密かな会合が開かれていた。
「北の公爵が主導している」
「魔術軽視の思想だ」
「放置すれば、我々の権威が揺らぐ」
声は低く、しかし怒りを帯びている。
「原因は、あの女だ」
「無効化体質など、異端だ」
排除すべきだ、と誰かが囁く。
その言葉は、まだ表に出ない。
だが種は蒔かれた。
アルフレッドは一人、自室で資料を広げていた。
北で記録した波形データ。
リリアーナの接触時刻と、王都の揺らぎ。
完全一致ではない。
ずれがある。
「……距離減衰」
小さく呟く。
彼女が北にいる限り、影響は限定的。
だが王都へ近づけば。
かつて彼は、彼女を“無”と呼んだ。
今は違う。
彼女は、王都の構造を映す存在だ。
「私が、誤っていたのか」
呟きは、誰にも届かない。
北の夕暮れ。
私は邸のバルコニーに立っていた。
空は淡い紫に染まり、雪原が静かに光を返している。
王都は今、揺れている。
だが崩れてはいない。
変わろうとしている。
私は、触れていない。
それでも波は立つ。
魔力なしと断じられた私が、魔術王国の未来に関わっている。
皮肉な巡り合わせだ。
レオンハルトが背後に立つ。
「後悔しているか」
「いいえ」
私は振り返る。
「選ばれなかったあの日が、今を連れてきました」
彼は静かに頷く。
「王都は、そろそろ誰かを責める」
「私でしょうか」
「あるいは」
彼の赤い瞳が、遠くを見る。
「嫡男だ」
その予測は、静かに現実味を帯びていた。
王都の栄光は、まだ輝いている。
だがその光は、少しずつ揺らいでいる。
そして揺らぎの中心で、アルフレッドは初めて、孤立の気配を感じていた。
王が北を去った翌日、王都は静かに、しかし確実にざわついていた。
表向きは「視察は無事終了」「結界は安定」と発表されている。だが宮廷の空気は重い。王が自ら北へ赴き、結界構造の見直しを宣言した事実は、魔術貴族たちの胸をえぐっていた。
――魔術は絶対ではない。
その前提が、初めて揺らいだのだ。
「中枢炉依存率の再算出を急げ」
王宮魔術団の会議室で、団長が命じる。
「分散型への移行案を提出せよ」
魔術師たちの顔には、明らかな焦燥があった。
長年守ってきた理論が、見直しを迫られている。
その中心に立たされているのが、アルフレッドだった。
「北方面の波形解析、まだ終わらんのか」
「……解析中です」
声に、わずかな苛立ちが混じる。
彼は北で見た光景を思い出していた。
リリアーナが魔石に触れ、光が消え、そして戻った瞬間。
破壊ではない。
支配でもない。
均す。
あの言葉が、頭から離れない。
「彼女は危険ではない、と?」
若い魔術師が問う。
アルフレッドは即答できなかった。
「危険かどうかは……扱い方次第だ」
それは弱い答えだった。
かつてなら、「無能だ」と断じて終わりだった。
だが今は違う。
彼が切り捨てた存在が、王都の結界に影響を与えている。
その事実が、彼の立場を少しずつ削っていた。
社交界もまた、敏感だった。
「北の公爵夫人候補だそうよ」
「王が自ら会いに行ったとか」
「魔力なしのはずでは?」
囁きは、形を変える。
嘲笑は、疑問へ。
疑問は、興味へ。
そして興味は、評価へ。
アルフレッドは夜会に立っていた。
以前なら彼の周囲には人だかりができた。魔術学院首席、王宮魔術団の将来を担う若き嫡男。
だが今、距離がある。
「北の件、どうなっているの」
「責任は問われないのかしら」
言葉は丁寧だが、目は探るようだ。
彼は笑みを保つ。
「王都の安定に問題はない」
だが内心は揺れていた。
もし結界の再設計が進めば、彼の専門は価値を失うかもしれない。中枢炉特化型理論の第一人者として築いてきた評価が、根底から見直される。
北では、私は雪原を歩いていた。
冷たい空気が肺に入る。遠くで兵が訓練している。
「王都は動き始めた」
レオンハルトが隣を歩く。
「分散型への移行を検討している」
「良いことではありませんか」
「魔術貴族の反発は強い」
当然だろう。
魔術の強さが、そのまま権威だったのだから。
「私は、王都を壊したいわけではありません」
「分かっている」
彼は即答する。
「だが、変化は痛みを伴う」
私は立ち止まり、雪を掬った。
白い結晶は、手のひらの熱で溶ける。
「均す、ということは」
「過剰を削ることだ」
「削られる側は、痛いですね」
彼はわずかに笑う。
「だからこそ、抵抗する」
王都。
魔術貴族の一角で、密かな会合が開かれていた。
「北の公爵が主導している」
「魔術軽視の思想だ」
「放置すれば、我々の権威が揺らぐ」
声は低く、しかし怒りを帯びている。
「原因は、あの女だ」
「無効化体質など、異端だ」
排除すべきだ、と誰かが囁く。
その言葉は、まだ表に出ない。
だが種は蒔かれた。
アルフレッドは一人、自室で資料を広げていた。
北で記録した波形データ。
リリアーナの接触時刻と、王都の揺らぎ。
完全一致ではない。
ずれがある。
「……距離減衰」
小さく呟く。
彼女が北にいる限り、影響は限定的。
だが王都へ近づけば。
かつて彼は、彼女を“無”と呼んだ。
今は違う。
彼女は、王都の構造を映す存在だ。
「私が、誤っていたのか」
呟きは、誰にも届かない。
北の夕暮れ。
私は邸のバルコニーに立っていた。
空は淡い紫に染まり、雪原が静かに光を返している。
王都は今、揺れている。
だが崩れてはいない。
変わろうとしている。
私は、触れていない。
それでも波は立つ。
魔力なしと断じられた私が、魔術王国の未来に関わっている。
皮肉な巡り合わせだ。
レオンハルトが背後に立つ。
「後悔しているか」
「いいえ」
私は振り返る。
「選ばれなかったあの日が、今を連れてきました」
彼は静かに頷く。
「王都は、そろそろ誰かを責める」
「私でしょうか」
「あるいは」
彼の赤い瞳が、遠くを見る。
「嫡男だ」
その予測は、静かに現実味を帯びていた。
王都の栄光は、まだ輝いている。
だがその光は、少しずつ揺らいでいる。
そして揺らぎの中心で、アルフレッドは初めて、孤立の気配を感じていた。
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