10 / 40
第十話 崩れ始めた序列
しおりを挟む
第十話 崩れ始めた序列
王都の朝は、いつもと変わらぬ光で始まった。
魔導灯は規則正しく点り、転移門は安定した青白い輝きを保ち、王宮中枢炉は低く唸り続けている。
表面上は、何も変わらない。
だが“序列”は、静かに崩れ始めていた。
「中枢炉依存率を六割まで下げる」
王宮魔術団の会議室で、団長が告げる。
「補助炉の増設を急げ。分散型結界の試験運用を開始する」
ざわめきが広がる。
これは単なる調整ではない。
長年の思想転換だ。
そしてその決定は、アルフレッドの研究領域を真っ向から否定するものだった。
「中枢制御は、効率性と統率性に優れています」
彼は冷静に反論する。
「分散型は不安定要素が増える。統制が難しい」
「だが揺らぎに強い」
団長は即答した。
「王命だ」
それで議論は終わる。
王の言葉は絶対だ。
かつては、その絶対性を支える側にいた。
今は、揺らぐ側にいる。
会議後、廊下で若い魔術師が囁いた。
「北の件で評価が落ちたらしい」
「王が直々に動いたのだぞ」
「嫡男でも安泰ではないか」
聞こえないふりをする。
だが言葉は、確実に届く。
社交界でも空気は変わっていた。
夜会で、彼に近づく者は減った。
「北の公爵夫人候補は、王に気に入られたとか」
「無効化体質……新しい研究対象ね」
興味の矛先は、もう彼に向いていない。
北では、私は書斎で設計図を見ていた。
分散型結界の試案。
王都から送られてきた資料に、レオンハルトが修正を加えている。
「王都は本気だ」
「はい」
「君を排除するのではなく、構造を変える方向に舵を切った」
私は小さく息を吐く。
「それなら、私は脅威ではなくなりますね」
「いや」
彼は首を振る。
「構造を変えさせた存在として、記憶される」
その言葉は、重く、だが優しい。
私は苦笑する。
「望んだわけではありません」
「望まずとも影響する。それが力だ」
力。
王都では、私は力がないと断じられた。
今は違う。
触れなくても波を起こす。
それが私の力。
王都。
分散型結界の試験運用が始まった。
中枢炉の負荷を落とし、補助炉を複数同時起動する。
「安定波形、確認」
「北方面との共振、減少」
報告が上がる。
揺らぎは、確かに弱まっている。
団長は頷く。
「やはり構造の問題だった」
その言葉は、暗にアルフレッドの理論を否定する。
彼は黙って記録を見つめる。
数字は嘘をつかない。
彼女が悪意を持って揺らしているわけではない。
王都が過敏だっただけだ。
「……均衡」
北で聞いた言葉が、脳裏をよぎる。
彼は自室へ戻り、鏡の前に立った。
誇り高い嫡男。
将来の団長候補。
その肩書きが、今は少し軽い。
「私が間違っていたのか」
答えは出ない。
だが一つだけ確かなことがある。
彼は彼女を、正しく見なかった。
北の夜。
私は暖炉の前に座り、静かな炎を見つめる。
「王都は安定してきている」
レオンハルトが報告する。
「揺らぎは減少」
「良かった」
本心だ。
王都が崩れれば、多くの人が困る。
私は破壊者ではない。
「だが、嫡男の立場は揺らいでいる」
私は顔を上げる。
「責任を問われるでしょうか」
「可能性はある」
王は構造改革を選んだ。
誰かが“過去の象徴”として位置づけられるかもしれない。
私は静かに目を閉じる。
ざまぁ。
復讐。
そうした感情は、もう薄い。
だが現実は動く。
序列は変わる。
王都が私を“無”と断じた瞬間、序列は固定された。
今、その固定は崩れている。
翌朝、王宮から正式な通達が出た。
「中枢炉責任者の更迭」
名は記されていない。
だが誰もが分かる。
アルフレッドは、静かに席を立った。
北の空は今日も白い。
私は窓辺に立ち、遠くを見つめる。
触れなくても、揺らぐ。
選ばれなかった令嬢が、序列を揺らした。
王都の栄光は消えていない。
だが、形は変わり始めている。
そしてその変化の中で、かつて絶対だった嫡男は、初めて自分の足場の脆さを知ることになるのだった。
王都の朝は、いつもと変わらぬ光で始まった。
魔導灯は規則正しく点り、転移門は安定した青白い輝きを保ち、王宮中枢炉は低く唸り続けている。
表面上は、何も変わらない。
だが“序列”は、静かに崩れ始めていた。
「中枢炉依存率を六割まで下げる」
王宮魔術団の会議室で、団長が告げる。
「補助炉の増設を急げ。分散型結界の試験運用を開始する」
ざわめきが広がる。
これは単なる調整ではない。
長年の思想転換だ。
そしてその決定は、アルフレッドの研究領域を真っ向から否定するものだった。
「中枢制御は、効率性と統率性に優れています」
彼は冷静に反論する。
「分散型は不安定要素が増える。統制が難しい」
「だが揺らぎに強い」
団長は即答した。
「王命だ」
それで議論は終わる。
王の言葉は絶対だ。
かつては、その絶対性を支える側にいた。
今は、揺らぐ側にいる。
会議後、廊下で若い魔術師が囁いた。
「北の件で評価が落ちたらしい」
「王が直々に動いたのだぞ」
「嫡男でも安泰ではないか」
聞こえないふりをする。
だが言葉は、確実に届く。
社交界でも空気は変わっていた。
夜会で、彼に近づく者は減った。
「北の公爵夫人候補は、王に気に入られたとか」
「無効化体質……新しい研究対象ね」
興味の矛先は、もう彼に向いていない。
北では、私は書斎で設計図を見ていた。
分散型結界の試案。
王都から送られてきた資料に、レオンハルトが修正を加えている。
「王都は本気だ」
「はい」
「君を排除するのではなく、構造を変える方向に舵を切った」
私は小さく息を吐く。
「それなら、私は脅威ではなくなりますね」
「いや」
彼は首を振る。
「構造を変えさせた存在として、記憶される」
その言葉は、重く、だが優しい。
私は苦笑する。
「望んだわけではありません」
「望まずとも影響する。それが力だ」
力。
王都では、私は力がないと断じられた。
今は違う。
触れなくても波を起こす。
それが私の力。
王都。
分散型結界の試験運用が始まった。
中枢炉の負荷を落とし、補助炉を複数同時起動する。
「安定波形、確認」
「北方面との共振、減少」
報告が上がる。
揺らぎは、確かに弱まっている。
団長は頷く。
「やはり構造の問題だった」
その言葉は、暗にアルフレッドの理論を否定する。
彼は黙って記録を見つめる。
数字は嘘をつかない。
彼女が悪意を持って揺らしているわけではない。
王都が過敏だっただけだ。
「……均衡」
北で聞いた言葉が、脳裏をよぎる。
彼は自室へ戻り、鏡の前に立った。
誇り高い嫡男。
将来の団長候補。
その肩書きが、今は少し軽い。
「私が間違っていたのか」
答えは出ない。
だが一つだけ確かなことがある。
彼は彼女を、正しく見なかった。
北の夜。
私は暖炉の前に座り、静かな炎を見つめる。
「王都は安定してきている」
レオンハルトが報告する。
「揺らぎは減少」
「良かった」
本心だ。
王都が崩れれば、多くの人が困る。
私は破壊者ではない。
「だが、嫡男の立場は揺らいでいる」
私は顔を上げる。
「責任を問われるでしょうか」
「可能性はある」
王は構造改革を選んだ。
誰かが“過去の象徴”として位置づけられるかもしれない。
私は静かに目を閉じる。
ざまぁ。
復讐。
そうした感情は、もう薄い。
だが現実は動く。
序列は変わる。
王都が私を“無”と断じた瞬間、序列は固定された。
今、その固定は崩れている。
翌朝、王宮から正式な通達が出た。
「中枢炉責任者の更迭」
名は記されていない。
だが誰もが分かる。
アルフレッドは、静かに席を立った。
北の空は今日も白い。
私は窓辺に立ち、遠くを見つめる。
触れなくても、揺らぐ。
選ばれなかった令嬢が、序列を揺らした。
王都の栄光は消えていない。
だが、形は変わり始めている。
そしてその変化の中で、かつて絶対だった嫡男は、初めて自分の足場の脆さを知ることになるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる