16 / 40
第十六話 踏み込む王都と、交わらない選択
しおりを挟む
第十六話 踏み込む王都と、交わらない選択
春が近づき、北の雪はようやく地面を手放し始めた。
白一色だった景色に、淡い緑が混じる。
その穏やかな変化とは対照的に、王都の動きは速かった。
「王都、北との技術協定を正式提案」
書状は重く、そして明確だった。
均衡特性を理論として組み込むだけでなく、北との共同研究体制を築く。
名目は協調。
だが実態は、王都が北を取り込もうとする動きでもある。
「ついに来ましたね」
私は書状を閉じる。
「予想通りだ」
レオンハルトは落ち着いている。
「王都は均衡を外に置いたままでは不安なのだ」
「取り込みたい」
「制御したい」
言葉は静かだが、本質を突いている。
私は椅子に座り、少しだけ目を閉じた。
王都は変わった。
だが完全に変わったわけではない。
均衡を受け入れた。
しかし“中心に置きたい”という欲求は消えていない。
数日後、王都代表団が再び北へ訪れた。
今回は調査ではなく、協議だ。
会議室には団長、最適化局の魔術師、そしてアルフレッドがいる。
「王都は、均衡特性を正式理論として採択する」
団長が切り出す。
「北との共同研究体制を提案する」
私は黙って聞く。
「具体的には」
「王都内に北支部を設立。君の直接指導を求める」
つまり。
王都に拠点を持て。
王都に“属せ”。
私は静かに首を振る。
「お断りいたします」
空気が止まる。
団長の目が細まる。
「理由を聞こう」
「私は北の公爵家と契約しています」
それが第一。
「そして」
私は続ける。
「均衡は、中心に置くべきものではありません」
ざわめき。
「中心に置けば、再び依存が生まれる」
王都は中枢依存から脱却したばかりだ。
均衡を新たな中枢にしては、同じことの繰り返しになる。
アルフレッドが口を開く。
「分散型の理念に反する、ということか」
「はい」
彼はわずかに頷いた。
理解している。
団長は深く息を吐く。
「ならば、共同研究は」
「理論共有と遠隔協議に留めましょう」
北は北。
王都は王都。
交わるが、混ざらない。
それが均衡。
会議は長引いた。
政治的駆け引き。
条件のすり合わせ。
最終的に、北は独立を保ったまま理論共有を行う形で合意する。
会議後。
庭に出ると、アルフレッドが追ってきた。
「なぜ、そこまで拒む」
「拒んではいません」
私は振り向く。
「均衡を守っているだけです」
「王都は敵ではない」
「ええ」
「ならば」
「近づきすぎれば、また偏ります」
彼は黙る。
王都は常に中心であり続けようとしてきた。
だが今は、中心を分散させる時代。
「君は、戻るつもりは本当にないのだな」
「ありません」
即答。
迷いはない。
「私は選ばれた場所にいます」
彼の目が揺れる。
かつて彼の隣に立つ未来を思い描いていた少女は、もういない。
今いるのは、北を選んだ私だ。
王都代表団が帰る日。
雪解け水が流れ、小川が音を立てる。
「ざまぁ、とは少し違いますね」
私はぽつりと言う。
「彼らは滅びていない」
「均されたのだ」
レオンハルトが答える。
「偏りが削られただけ」
確かに。
王都は崩壊しない。
だが絶対ではなくなった。
それが最大の変化。
遠く王都では、保守派が最後の足掻きを始めていた。
「北を取り込めなかった」
「王都の威信が損なわれる」
だが声は弱い。
均衡はすでに理論として根を張った。
否定はできない。
夜。
私はバルコニーに立つ。
春の風が頬を撫でる。
王都と北。
交わりはする。
だが混ざらない。
私は北にいる。
王都は変わり続ける。
そして選ばれなかった令嬢は、今や選択する側に立っている。
交わらない選択は、静かに、しかし確実に王都の常識を塗り替えていた。
春が近づき、北の雪はようやく地面を手放し始めた。
白一色だった景色に、淡い緑が混じる。
その穏やかな変化とは対照的に、王都の動きは速かった。
「王都、北との技術協定を正式提案」
書状は重く、そして明確だった。
均衡特性を理論として組み込むだけでなく、北との共同研究体制を築く。
名目は協調。
だが実態は、王都が北を取り込もうとする動きでもある。
「ついに来ましたね」
私は書状を閉じる。
「予想通りだ」
レオンハルトは落ち着いている。
「王都は均衡を外に置いたままでは不安なのだ」
「取り込みたい」
「制御したい」
言葉は静かだが、本質を突いている。
私は椅子に座り、少しだけ目を閉じた。
王都は変わった。
だが完全に変わったわけではない。
均衡を受け入れた。
しかし“中心に置きたい”という欲求は消えていない。
数日後、王都代表団が再び北へ訪れた。
今回は調査ではなく、協議だ。
会議室には団長、最適化局の魔術師、そしてアルフレッドがいる。
「王都は、均衡特性を正式理論として採択する」
団長が切り出す。
「北との共同研究体制を提案する」
私は黙って聞く。
「具体的には」
「王都内に北支部を設立。君の直接指導を求める」
つまり。
王都に拠点を持て。
王都に“属せ”。
私は静かに首を振る。
「お断りいたします」
空気が止まる。
団長の目が細まる。
「理由を聞こう」
「私は北の公爵家と契約しています」
それが第一。
「そして」
私は続ける。
「均衡は、中心に置くべきものではありません」
ざわめき。
「中心に置けば、再び依存が生まれる」
王都は中枢依存から脱却したばかりだ。
均衡を新たな中枢にしては、同じことの繰り返しになる。
アルフレッドが口を開く。
「分散型の理念に反する、ということか」
「はい」
彼はわずかに頷いた。
理解している。
団長は深く息を吐く。
「ならば、共同研究は」
「理論共有と遠隔協議に留めましょう」
北は北。
王都は王都。
交わるが、混ざらない。
それが均衡。
会議は長引いた。
政治的駆け引き。
条件のすり合わせ。
最終的に、北は独立を保ったまま理論共有を行う形で合意する。
会議後。
庭に出ると、アルフレッドが追ってきた。
「なぜ、そこまで拒む」
「拒んではいません」
私は振り向く。
「均衡を守っているだけです」
「王都は敵ではない」
「ええ」
「ならば」
「近づきすぎれば、また偏ります」
彼は黙る。
王都は常に中心であり続けようとしてきた。
だが今は、中心を分散させる時代。
「君は、戻るつもりは本当にないのだな」
「ありません」
即答。
迷いはない。
「私は選ばれた場所にいます」
彼の目が揺れる。
かつて彼の隣に立つ未来を思い描いていた少女は、もういない。
今いるのは、北を選んだ私だ。
王都代表団が帰る日。
雪解け水が流れ、小川が音を立てる。
「ざまぁ、とは少し違いますね」
私はぽつりと言う。
「彼らは滅びていない」
「均されたのだ」
レオンハルトが答える。
「偏りが削られただけ」
確かに。
王都は崩壊しない。
だが絶対ではなくなった。
それが最大の変化。
遠く王都では、保守派が最後の足掻きを始めていた。
「北を取り込めなかった」
「王都の威信が損なわれる」
だが声は弱い。
均衡はすでに理論として根を張った。
否定はできない。
夜。
私はバルコニーに立つ。
春の風が頬を撫でる。
王都と北。
交わりはする。
だが混ざらない。
私は北にいる。
王都は変わり続ける。
そして選ばれなかった令嬢は、今や選択する側に立っている。
交わらない選択は、静かに、しかし確実に王都の常識を塗り替えていた。
0
あなたにおすすめの小説
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる