選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第二十五話 境界線の向こう側

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第二十五話 境界線の向こう側

 王太子の来訪から一か月。

 王都は以前にも増して安定していた。

 分散型結界は日常の一部となり、市民はもはやその存在を意識しない。光は揺らがず、魔導交通は滞りなく動き、貿易も堅実に伸びている。

 均衡は“特別な理論”ではなく、“当たり前の基盤”になりつつあった。

 それは喜ばしいことだ。

 だが同時に、ひとつの疑問が生まれる。

 ――私の役目は、終わったのではないか。

 北の書斎で、私は波形記録を閉じた。

 王都から送られてくる数値は安定している。

 揺らぎは少ない。

 補正も軽微。

「もう、遠隔支援の頻度を減らしても問題ありませんね」

 レオンハルトが頷く。

「王都は自立した」

 かつては、少しの位相ずれも見逃せなかった。

 だが今は違う。

 王都の魔術師たちは、自ら判断し、自ら補正している。

 アルフレッドもまた、均衡の理念を完全に理解し、運用に落とし込んでいた。

 その夜、通信が入る。

「支援頻度を減らすと聞いた」

 彼の声は落ち着いている。

「ええ」

「不安はないか」

「ありません」

 私は正直に答える。

「王都はもう、自力で均衡を保てます」

 短い沈黙。

「……そうか」

 その言葉には、安堵と、わずかな寂しさが混じっている。

 私は静かに続ける。

「私は消えるわけではありません」

「分かっている」

「ただ、境界線を引くだけです」

 北と王都の間にある、目に見えない線。

 依存と自立を分ける線。

 翌週、王都では新たな施策が発表された。

 ――均衡理論の地方都市への展開。

 王都だけでなく、地方にも分散型結界を導入する。

 それは、王都が中心でなくなるという意味でもある。

 アルフレッドは会議で言った。

「均衡は王都の特権ではない」

 その言葉に、かつての彼の影はない。

 彼は完全に、理念を自分のものにしていた。

 北。

 私は報告書を読み、微笑む。

「王都はもう、私を必要としませんね」

「それを寂しいと感じるか」

 レオンハルトの問い。

 私は少し考える。

「いいえ」

 かつては必要とされることを望んだ。

 だが今は違う。

 私は選ばれなかった。

 だからこそ、自分で選ぶことを覚えた。

 王都が自立するなら、それは喜ばしい。

 ざまぁは終わった。

 破滅ではなく、成長という形で。

 夜。

 庭に立つ。

 春は深まり、風はやわらかい。

 王都の光は遠くで安定している。

 私はもう、その揺らぎを逐一追わない。

 必要なときだけ、触れる。

 境界線の向こう側で、王都は自ら均衡を保つ。

 選ばれなかった令嬢は、いまや選ばれなくても揺らがない。

 中心に立たず、支配せず、縛られない。

 それが私の在り方。

 境界線は引かれた。

 だが断絶ではない。

 北と王都は、互いに自立したまま繋がっている。

 均衡とは、そういう関係なのだ。

 私は空を見上げる。

 星は静かに瞬いている。

 王都の光も、もう私の心を縛らない。

 それが、最後の逆転だった。
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