選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第二十九話 北の試練と、均衡の本質

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第二十九話 北の試練と、均衡の本質

 王都が自立し、若手魔術師たちが均衡理論を運用できるようになってから、しばらくの間、大きな揺らぎはなかった。

 分散型結界は地方へも広がり、南方連合との技術協定も安定している。

 均衡は、もはや特別なものではなくなった。

 だが――。

 揺らぎは、今度は北で起きる。

 それは初夏の早朝だった。

 北の山岳地帯で、小規模な魔力暴走が発生する。

 採掘中の未開発魔石層が共鳴し、周辺の補助結界が一時的に不安定化。

 被害は限定的。

 だが北の城壁外縁部の魔導灯が一斉に揺れた。

 王都から即座に通信が入る。

「北で暴走だと?」

 アルフレッドの声は緊張を含んでいる。

「ええ。局所的です」

 私は波形を確認する。

 揺らぎは鋭い。

 王都で見慣れた歪みとは違う。

 北特有の高密度魔石の反発。

「遠隔補正を送る」

「不要です」

 私は即答する。

「今回は北で処理します」

 沈黙。

「確実か」

「はい」

 私は装置の前に立つ。

 だが遠隔同期は行わない。

 北の若手魔術師たちに指示を出す。

「位相をずらさず、負荷を逃がしてください」

「逃がす、ですか」

「削るのではなく、流す」

 均衡は常に削る理論ではない。

 時に、受け流す。

 暴走は山の奥へと分散され、次第に収束する。

 半刻後。

 揺らぎは消えた。

 通信を開く。

「収束完了」

 アルフレッドが息を吐く。

「支援は不要だったな」

「ええ」

 私は微笑む。

「均衡は北の理論でもあります」

 かつては、北が王都を支えた。

 だが今は逆も可能だ。

 王都は北を支えようとする。

 それが均衡。

 レオンハルトが言う。

「王都は助けようとした」

「ええ」

「だが断った」

「依存を作らないために」

 北は自立している。

 王都も自立している。

 だからこそ繋がれる。

 王都。

 会議室で団長が言う。

「北は自力で処理した」

「分散型は王都専用ではない」

 南方代表も頷く。

「均衡は国境を越える」

 ざまぁ。

 今回は誰の失脚もない。

 だが意味は大きい。

 かつて王都を支えた北が、今は支えられなくても揺らがない。

 北の若手魔術師たちが、私を見上げる。

「成功しました」

「ええ」

「怖くはなかったですか」

 私は少し考える。

「怖かったですよ」

 正直な答え。

「ですが、恐れに頼る理論ではありません」

 均衡は恐怖を削る。

 依存を削る。

 支配を削る。

 夜。

 山の稜線に月が昇る。

 北もまた、自立した。

 王都も、南方も、北も。

 均衡は一方向ではない。

 選ばれなかった令嬢は、今や誰にも頼らず、誰にも頼らせない。

 それが本当の逆転。

 私は空を見上げる。

 星は変わらず瞬いている。

 揺らぎは起きる。

 だが削られ、流され、整う。

 それが均衡の本質だった。
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