選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第三十一話 残された名と、北の選択

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第三十一話 残された名と、北の選択

 均衡理論継承の儀から、季節が一つ巡った。

 王都では若手魔術師たちが次々と補助炉の管理を任され、地方都市でも分散型結界が本格稼働を始めている。南方連合も独自に応用を進め、もはや均衡は“北の理論”とは呼ばれなくなっていた。

 それは、望んだ未来だ。

 だが同時に、私の名は奇妙な形で残り続けていた。

「北の令嬢式補正」

「公爵令嬢モデル」

 学術論文の末尾に、そんな言葉が並ぶ。

 理論は個人を離れたはずなのに、名前だけが象徴として残る。

 北の書斎で、私はその報告を読み、静かにため息をついた。

「消えませんね」

 レオンハルトが軽く笑う。

「完全に無名になるのは難しい」

「象徴になるつもりはなかったのですが」

 均衡は中心を持たない。

 だが人は、中心を求める。

 王都から正式な打診が届く。

 ――均衡理論記念塔の建立。

 王都中央広場に、小型分散炉の模型とともに“北の令嬢の功績”を刻む。

 それは名誉だ。

 だが同時に、理念への危うさを孕んでいる。

 私は即答しなかった。

 庭に出る。

 秋の気配が混じる風。

「受ければ、あなたの名は永遠に王都の中心に刻まれる」

 レオンハルトの声。

「断れば、王都の善意を拒むことになる」

 私は空を見上げる。

 均衡は、個人を讃えるための理論ではない。

 削る理論だ。

 名声も、権威も、過度なら偏りになる。

 数日後、王都へ返書を送る。

 ――記念塔の建立は不要。代わりに“均衡基金”を設立してほしい。

 若手育成と地方支援のための基金。

 名ではなく、仕組みを残す。

 王宮。

 王は返書を読み、ゆっくりと頷いた。

「やはり、そう来るか」

 王太子が笑う。

「像を建てるより、ずっとらしい」

 記念塔計画は取り下げられ、均衡基金が設立される。

 公的発表では、私の名は最小限に留められた。

 ざまぁ。

 それは誰かの失脚ではない。

 だが王都の“讃えたい欲”は削られた。

 北。

 通信が入る。

「基金が正式承認された」

「良かった」

「像を建てたかった者もいた」

「分かっています」

 私は微笑む。

「ですが、均衡は像になりません」

 夜。

 庭に立つ。

 空は澄んでいる。

 私の名は残るかもしれない。

 だがそれは重要ではない。

 重要なのは、均衡が続くこと。

 選ばれなかった令嬢は、今や名声さえ削る。

 中心に立たず、像にもならず。

 仕組みだけを残す。

 それが、最後の選択。

 遠く王都の光は変わらず安定している。

 私は北に立つ。

 名が消えても、揺らがない。

 均衡は続く。

 それでいい。
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