31 / 40
第三十一話 残された名と、北の選択
しおりを挟む
第三十一話 残された名と、北の選択
均衡理論継承の儀から、季節が一つ巡った。
王都では若手魔術師たちが次々と補助炉の管理を任され、地方都市でも分散型結界が本格稼働を始めている。南方連合も独自に応用を進め、もはや均衡は“北の理論”とは呼ばれなくなっていた。
それは、望んだ未来だ。
だが同時に、私の名は奇妙な形で残り続けていた。
「北の令嬢式補正」
「公爵令嬢モデル」
学術論文の末尾に、そんな言葉が並ぶ。
理論は個人を離れたはずなのに、名前だけが象徴として残る。
北の書斎で、私はその報告を読み、静かにため息をついた。
「消えませんね」
レオンハルトが軽く笑う。
「完全に無名になるのは難しい」
「象徴になるつもりはなかったのですが」
均衡は中心を持たない。
だが人は、中心を求める。
王都から正式な打診が届く。
――均衡理論記念塔の建立。
王都中央広場に、小型分散炉の模型とともに“北の令嬢の功績”を刻む。
それは名誉だ。
だが同時に、理念への危うさを孕んでいる。
私は即答しなかった。
庭に出る。
秋の気配が混じる風。
「受ければ、あなたの名は永遠に王都の中心に刻まれる」
レオンハルトの声。
「断れば、王都の善意を拒むことになる」
私は空を見上げる。
均衡は、個人を讃えるための理論ではない。
削る理論だ。
名声も、権威も、過度なら偏りになる。
数日後、王都へ返書を送る。
――記念塔の建立は不要。代わりに“均衡基金”を設立してほしい。
若手育成と地方支援のための基金。
名ではなく、仕組みを残す。
王宮。
王は返書を読み、ゆっくりと頷いた。
「やはり、そう来るか」
王太子が笑う。
「像を建てるより、ずっとらしい」
記念塔計画は取り下げられ、均衡基金が設立される。
公的発表では、私の名は最小限に留められた。
ざまぁ。
それは誰かの失脚ではない。
だが王都の“讃えたい欲”は削られた。
北。
通信が入る。
「基金が正式承認された」
「良かった」
「像を建てたかった者もいた」
「分かっています」
私は微笑む。
「ですが、均衡は像になりません」
夜。
庭に立つ。
空は澄んでいる。
私の名は残るかもしれない。
だがそれは重要ではない。
重要なのは、均衡が続くこと。
選ばれなかった令嬢は、今や名声さえ削る。
中心に立たず、像にもならず。
仕組みだけを残す。
それが、最後の選択。
遠く王都の光は変わらず安定している。
私は北に立つ。
名が消えても、揺らがない。
均衡は続く。
それでいい。
均衡理論継承の儀から、季節が一つ巡った。
王都では若手魔術師たちが次々と補助炉の管理を任され、地方都市でも分散型結界が本格稼働を始めている。南方連合も独自に応用を進め、もはや均衡は“北の理論”とは呼ばれなくなっていた。
それは、望んだ未来だ。
だが同時に、私の名は奇妙な形で残り続けていた。
「北の令嬢式補正」
「公爵令嬢モデル」
学術論文の末尾に、そんな言葉が並ぶ。
理論は個人を離れたはずなのに、名前だけが象徴として残る。
北の書斎で、私はその報告を読み、静かにため息をついた。
「消えませんね」
レオンハルトが軽く笑う。
「完全に無名になるのは難しい」
「象徴になるつもりはなかったのですが」
均衡は中心を持たない。
だが人は、中心を求める。
王都から正式な打診が届く。
――均衡理論記念塔の建立。
王都中央広場に、小型分散炉の模型とともに“北の令嬢の功績”を刻む。
それは名誉だ。
だが同時に、理念への危うさを孕んでいる。
私は即答しなかった。
庭に出る。
秋の気配が混じる風。
「受ければ、あなたの名は永遠に王都の中心に刻まれる」
レオンハルトの声。
「断れば、王都の善意を拒むことになる」
私は空を見上げる。
均衡は、個人を讃えるための理論ではない。
削る理論だ。
名声も、権威も、過度なら偏りになる。
数日後、王都へ返書を送る。
――記念塔の建立は不要。代わりに“均衡基金”を設立してほしい。
若手育成と地方支援のための基金。
名ではなく、仕組みを残す。
王宮。
王は返書を読み、ゆっくりと頷いた。
「やはり、そう来るか」
王太子が笑う。
「像を建てるより、ずっとらしい」
記念塔計画は取り下げられ、均衡基金が設立される。
公的発表では、私の名は最小限に留められた。
ざまぁ。
それは誰かの失脚ではない。
だが王都の“讃えたい欲”は削られた。
北。
通信が入る。
「基金が正式承認された」
「良かった」
「像を建てたかった者もいた」
「分かっています」
私は微笑む。
「ですが、均衡は像になりません」
夜。
庭に立つ。
空は澄んでいる。
私の名は残るかもしれない。
だがそれは重要ではない。
重要なのは、均衡が続くこと。
選ばれなかった令嬢は、今や名声さえ削る。
中心に立たず、像にもならず。
仕組みだけを残す。
それが、最後の選択。
遠く王都の光は変わらず安定している。
私は北に立つ。
名が消えても、揺らがない。
均衡は続く。
それでいい。
0
あなたにおすすめの小説
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる