選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第三十二話 継がれる理論と、消えない証

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第三十二話 継がれる理論と、消えない証

 均衡基金が設立されてから、北には時折、若い魔術師たちが訪れるようになった。

 王都、地方都市、そして南方連合からも。

 彼らは理論を学ぶために来る。

 崇拝ではない。

 確認のためだ。

 北の庭で、私は一人の若い魔術師と向き合っていた。

「令嬢は、どうして王都に戻らないのですか」

 率直な問い。

 私は少し考える。

「戻る理由がないからです」

「ですが、王都はあなたを必要とした」

「ええ」

 私は頷く。

「ですが、必要とされることと、そこに居続けることは違います」

 彼は首を傾げる。

「均衡は中心を持たない理論です」

「はい」

「ならば、私が中心に立てば、それは偏りになります」

 若い魔術師は静かに理解する。

 王都では、基金の第一期生が正式に任命された。

 その中には、かつて私の水晶を“価値なし”と笑った家の子弟もいる。

 歴史は巡る。

 だが立場は逆転した。

 アルフレッドは講義室で言う。

「均衡は才能ではない」

「理解だ」

 その言葉は、かつての彼自身への答えでもある。

 北。

 私は通信を受け取る。

「第一期生、優秀だ」

「良かった」

「君が直接教えなくても問題ない」

「それが理想です」

 私は庭を見渡す。

 北の結界は安定している。

 王都も、地方も、南方も。

 揺らぎは起きる。

 だが削られ、整えられる。

 その夜、ひとつの報せが届く。

 ――王家が均衡理論を国法に明記する。

 理念として固定する。

 王命ではなく、制度として。

 私は静かに笑った。

「ついに、そこまで」

「拒むか」

 レオンハルトが問う。

「いいえ」

 私は首を振る。

「今なら偏りません」

 かつて王家直属顧問を断った。

 だが今は違う。

 理論は個人から離れた。

 制度は王家の所有物ではない。

 公開討論、基金、地方展開。

 すべてが土台になっている。

 王宮での宣言。

「均衡は本国の基盤理念とする」

 拍手が起こる。

 だが今回は、私の名は呼ばれない。

 それでいい。

 北。

 夜の庭に立つ。

 星が澄んでいる。

 選ばれなかった令嬢は、いまや呼ばれなくても揺らがない。

 名も像も必要ない。

 理論は続く。

 ざまぁは、もう遠い過去。

 かつて価値なしとされた水晶は、国法に刻まれた。

 だが私は北にいる。

 動かず、支配せず、誇示せず。

 均衡は削る理論。

 名声も削り、権威も削る。

 残るのは仕組み。

 それが続く限り、私は満足だ。

 遠く王都の光が静かに瞬く。

 揺らぎはない。

 均衡は、もう私なしでも証明されている。

 それこそが、最後の逆転だった。
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