選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第三十五話 選ばなかった未来と、残された光

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第三十五話 選ばなかった未来と、残された光

 冬が深まり、北の山々は再び白く覆われた。

 王都から届く報告は穏やかだ。分散審議会は安定し、基金も順調に機能している。南方との技術協定も軌道に乗り、均衡は制度として完全に根付いた。

 もう、大きな揺らぎはない。

 それでも、人の心は別だ。

 王都。

 夜の研究局で、アルフレッドは若手魔術師の指導を終え、窓辺に立っていた。

「局長、今日はありがとうございました」

「もう局長と呼ぶな」

 彼は苦笑する。

「今は合議制だ」

 若手は頭を下げて去る。

 静かな部屋に残るのは、過去の自分の影。

 かつて“価値なし”と切り捨てた水晶。

 その誤りを認めたからこそ、今の立場がある。

 だが、もし。

 あのとき彼女を信じていたら。

 北。

 私は暖炉の前で書簡を整理していた。

 均衡基金からの報告。

 地方都市で新たな補助炉網が成功したという知らせ。

 王都の光は遠く安定している。

 それでも、ふとした瞬間に思う。

 もし、王都に残っていたら。

 もし、王家の誘いを受けていたら。

 違う未来があったのか。

 レオンハルトが言う。

「迷いか」

「いいえ」

 私は首を振る。

「想像です」

 選ばなかった未来。

 それは後悔ではない。

 ただの可能性。

 通信が入る。

「北公爵令嬢」

 王太子の声だった。

「珍しいですね」

「礼を言いたくてな」

「何の」

「王都を縛らなかったことに」

 私は少しだけ目を細める。

「縛る理由がありません」

「だが、縛ることもできた」

 王家直属顧問、最高顧問、名誉塔。

 どれかを受けていれば、王都は彼女を中心に据えただろう。

「均衡は、支配ではありません」

「分かっている」

 王太子は静かに言う。

「だからこそ、今の王都がある」

 通信が切れる。

 私は暖炉の火を見つめる。

 ざまぁは終わった。

 逆転は完成した。

 王都は自立し、北も揺らがない。

 選ばなかった未来は、今さら意味を持たない。

 それでも、心に残る光がある。

 アルフレッドから、短い書簡が届く。

 ――均衡は続いている。

 それだけ。

 返書は書かない。

 必要ない。

 夜。

 雪が静かに降り始める。

 選ばれなかった令嬢は、今や誰にも選ばれなくていい。

 自ら選び、自ら立ち、自ら削る。

 残された光は、後悔ではない。

 証だ。

 削れなかった感情があるからこそ、均衡は人の理論でいられる。

 私は北に立つ。

 王都の光は遠く揺らぎなく輝いている。

 選ばなかった未来は、静かに雪の中へ溶けていった。
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