34 / 40
第三十四話 残された問いと、削れない感情
しおりを挟む
第三十四話 残された問いと、削れない感情
最高顧問の席が消え、分散審議会が動き始めてから、王都の制度はさらに安定した。
決定は合議でなされ、補助炉網は滑らかに稼働し、地方都市も南方も自律的に均衡を運用している。
制度としての均衡は、ほぼ完成した。
だが――制度では削れないものがある。
王都、研究局。
夜遅くまで灯りが残る部屋で、アルフレッドはひとり波形記録を見ていた。
揺らぎはない。
問題もない。
だが彼の胸には、削りきれない感情が残っている。
後悔でも未練でもない。
ただ、問い。
――もし、あのとき彼女を正しく評価していたら。
その問いは、今さら意味を持たない。
だが消えない。
北。
私は書斎で冬の報告書をまとめていた。
北の結界は安定。
採掘も順調。
若手魔術師たちも育っている。
均衡は制度として回っている。
それでも、ふと考える。
――私は、本当に何も失っていないのだろうか。
王都を離れた。
王家を断った。
像も断った。
席も消した。
後悔はない。
だが削れない感情は、確かにある。
通信が入る。
「北公爵令嬢」
アルフレッドの声だ。
「珍しいですね」
「制度の相談ではない」
「では」
「個人的な話だ」
私は少しだけ息を整える。
「聞きましょう」
短い沈黙。
「均衡は、すべてを削る理論か」
意外な問い。
「違います」
私は即答する。
「削るのは偏りです」
「では感情は」
「偏りでなければ、削りません」
彼は小さく笑う。
「私は、かつて偏っていた」
「ええ」
「今はどうだ」
「……分かりません」
正直な答え。
制度は整った。
王都も北も自立した。
だが感情は制度ではない。
削ることも、整えることも、簡単ではない。
「私は王都に戻らない」
「分かっている」
「あなたも北には来ない」
「ああ」
道は交わらない。
だが否定でも敵対でもない。
ただ、選択。
「後悔はあるか」
彼が問う。
私は静かに空を見上げる。
冬の星が冷たく光る。
「ありません」
間。
「ですが、感情は残ります」
「それでいい」
彼の声は穏やかだった。
「均衡は、感情を消す理論ではない」
通信が切れる。
レオンハルトが静かに近づく。
「未練か」
「いいえ」
「では」
「人としての証です」
均衡は制度として完成した。
だが人は制度ではない。
感情は削りきれない。
それでいい。
ざまぁは終わった。
逆転は完了した。
だが物語は感情を残す。
私は北に立つ。
彼は王都に立つ。
交わらない。
それでも揺らがない。
削れないものがあるからこそ、均衡は意味を持つ。
冬の夜は静かだ。
星は変わらず瞬いている。
制度は完成した。
だが人は、まだ揺らいでいる。
それが最後に残された問いだった。
最高顧問の席が消え、分散審議会が動き始めてから、王都の制度はさらに安定した。
決定は合議でなされ、補助炉網は滑らかに稼働し、地方都市も南方も自律的に均衡を運用している。
制度としての均衡は、ほぼ完成した。
だが――制度では削れないものがある。
王都、研究局。
夜遅くまで灯りが残る部屋で、アルフレッドはひとり波形記録を見ていた。
揺らぎはない。
問題もない。
だが彼の胸には、削りきれない感情が残っている。
後悔でも未練でもない。
ただ、問い。
――もし、あのとき彼女を正しく評価していたら。
その問いは、今さら意味を持たない。
だが消えない。
北。
私は書斎で冬の報告書をまとめていた。
北の結界は安定。
採掘も順調。
若手魔術師たちも育っている。
均衡は制度として回っている。
それでも、ふと考える。
――私は、本当に何も失っていないのだろうか。
王都を離れた。
王家を断った。
像も断った。
席も消した。
後悔はない。
だが削れない感情は、確かにある。
通信が入る。
「北公爵令嬢」
アルフレッドの声だ。
「珍しいですね」
「制度の相談ではない」
「では」
「個人的な話だ」
私は少しだけ息を整える。
「聞きましょう」
短い沈黙。
「均衡は、すべてを削る理論か」
意外な問い。
「違います」
私は即答する。
「削るのは偏りです」
「では感情は」
「偏りでなければ、削りません」
彼は小さく笑う。
「私は、かつて偏っていた」
「ええ」
「今はどうだ」
「……分かりません」
正直な答え。
制度は整った。
王都も北も自立した。
だが感情は制度ではない。
削ることも、整えることも、簡単ではない。
「私は王都に戻らない」
「分かっている」
「あなたも北には来ない」
「ああ」
道は交わらない。
だが否定でも敵対でもない。
ただ、選択。
「後悔はあるか」
彼が問う。
私は静かに空を見上げる。
冬の星が冷たく光る。
「ありません」
間。
「ですが、感情は残ります」
「それでいい」
彼の声は穏やかだった。
「均衡は、感情を消す理論ではない」
通信が切れる。
レオンハルトが静かに近づく。
「未練か」
「いいえ」
「では」
「人としての証です」
均衡は制度として完成した。
だが人は制度ではない。
感情は削りきれない。
それでいい。
ざまぁは終わった。
逆転は完了した。
だが物語は感情を残す。
私は北に立つ。
彼は王都に立つ。
交わらない。
それでも揺らがない。
削れないものがあるからこそ、均衡は意味を持つ。
冬の夜は静かだ。
星は変わらず瞬いている。
制度は完成した。
だが人は、まだ揺らいでいる。
それが最後に残された問いだった。
0
あなたにおすすめの小説
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる