『婚約破棄された令嬢ですが、王太子殿下に一途に愛されまして? 気づいたら王妃候補ですわ』

しおしお

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第14話 崩れる影、寄り添う腕

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第14話 崩れる影、寄り添う腕

 黄金の閃光が収まり、塔の内部にはしばし静寂が訪れた。

 黒い靄はほとんど消え、影の海も跡形もなく消えている。
 ただ中央に、影を失ったディアスが倒れていた。

「はぁ……はぁ……」

 フェリシェールは床につきかけた膝を震わせながら立ち続けた。
 先ほどの魔力放出は、暴走ではない。
 “意思”を伴う初めての発動だった。

 けれど――負荷はあまりにも大きかった。

 呼吸が乱れ、視界が揺れる。

 アレンがすぐに駆け寄り、肩を支えた。

「フェリシェール、大丈夫か?」

「だ……大丈夫です……私は……」

 強がりの言葉は、喉の奥で消えた。
 体の芯から魔力が抜け落ち、全身が重い。

 アレンの手が温かい。
 それだけが、身体が崩れそうになるのを辛うじて支えていた。

「無理をするな。今の一撃は……君の身を削って放った力だ」

 その優しい声に、フェリシェールの胸が痛む。

(殿下……私、また……迷惑をかけてしまった)

 だが、その思考は次の声でかき消された。

「あ……あぁ……」

 床に倒れていたディアスが、うめき声を上げた。

「まだ……終わりじゃ……ない……」

 その身体から、黒い影が再び滲み出す。

「っ!影が……まだ生きているのか?」

 アレンがフェリシェールを庇うように一歩前に出る。

「さっきので……全部、消えたんじゃ……」

「いいや。奴の影は禁術によって“根”を持っている。
 本体が死ぬまでは、魔力の残滓が何度でも蘇る可能性がある」

 その言葉通り、ディアスの身体の下から黒い影が、じわりと広がり始める。

 だが先ほどのような嵐のような勢いはない。
 黒い影は細く、弱く、ゆらゆらと揺れていた。

「……は……はは……」

 ディアスは震える身体を必死に起こし、
 フェリシェールを見上げた。

「僕を……拒絶した……フェリシェール……?」

 その瞳には、怒りでも憎悪でもない。

 絶望があった。

「どうして……どうして……僕じゃなくて……殿下なんだ……?
 僕は……君を理解しようと……ずっと……」

 震える声には、どこか子どものような幼さがあった。

「ディアス……もうやめて」

 フェリシェールは苦しげに目を伏せる。

「あなたが選んだのは……愛ではなく、執着です」

 その言葉にディアスの肩がびくりと揺れた。

「執着……?
 違う……違う違う違う……!
 僕は……ただ……君の魔力が欲しかったんじゃ……ない……
 本当に……君を……!」

「それが執着だ」

 アレンが静かに言い放つ。

「愛とは……相手の意思を尊重するものだ。
 力づくで奪い、縛り、支配するものではない」

「黙れ……黙れっ……!」

 ディアスが手を伸ばすと、最後の影が刃となって形を取る。

 細い、弱々しい刃。
 しかし、その狙いは――フェリシェール。

「フェリシェール……だけは……!」

 その瞬間。
 アレンが迷わずフェリシェールを引き寄せた。

「きゃ……っ!」

 アレンの腕の中に抱き込まれた瞬間、
 フェリシェールの世界は銀色に包まれた。

 影の刃はアレンの背に触れ――

 銀光の障壁が爆ぜた。

 ぎん、と火花を散らして影を弾く。

 ディアスは息を呑んだ。

「あ……ありえない……あの魔力を……防いだ……?」

「私の魔力は、フェリシェールを守るためにある」

 アレンは淡々と告げた。

「君ごときの影に負けるわけがない」

「……っ!」

 ディアスの顔から、ついに希望の光が消えた。

 影の刃は霧散し、彼は崩れ落ちるように倒れた。

 もう立ち上がる力はない。

 塔の空気も、先ほどのような圧を失い始める。
 代わりに、結界核が低く鼓動する音だけが響く。

 アレンはディアスに一瞥をくれた後、
 抱き寄せたままのフェリシェールへと視線を戻した。

「フェリシェール……震えている。
 怖かったのか?」

 優しい声だった。

 その声を聞いた瞬間、フェリシェールは堪えていた感情があふれた。

「こ……怖かったです……!
 殿下が……傷つくのが……
 私のせいで……殿下が……!」

 涙が溢れた。

 アレンはそっと彼女の頬を撫で、言った。

「私が望んで選んだ。
 君を守ることも……君の側に立つことも。
 だから……責任を背負うな」

「でも……私は……!」

「もう一人で背負うな。
 君は一人で泣き、一人で耐え、一人で我慢しすぎている。
 そんな生き方は……君を壊してしまう」

 フェリシェールは息を呑んだ。

「殿下……?」

「これからは……私が支える。
 君の光も、涙も、弱さも……全部」

 フェリシェールの胸が熱く震えた。

 怖かった。
 でも、嬉しかった。

 アレンの腕の中で、初めて――
 誰かに守られてもいいと思えた。

「殿下……私は……」

 言葉を続けようとした時。

 塔の奥で、結界核が不気味に鳴った。

 ゴウン……ゴウン……

 ひび割れが走り、塔全体が振動する。

「っ……結界が……!」

 アレンの表情が一瞬で鋭くなる。

「フェリシェール、離れるな。
 結界が……崩れようとしている」

 崩壊の前兆が、静かに始まっていた。

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