8 / 11
第8話 :「あれ?なんで私働いてるの?」
しおりを挟む8-1. 気づけば忙しすぎる毎日
セーラの朝は、かつてとはまるで違っていた。
貴族夫人としての優雅な朝食――ではなく、彼女は 商人ギルドの簿記講習 に向かうため、早朝から書類の整理をしていた。
「うん、今日の講義内容はこれで大丈夫ね……」
最近は、商人たちの要望に応えて簿記と珠算の講習会を開くようになった。
最初は数人の商人相手だったのが、今では講習の規模が広がり、定期開催が必要なほどになっている。
さらに、彼女は 屋敷の管理 も改善していた。
使用人たちの給与体系を見直し、労働時間の管理を効率化。
メイドたちの負担を軽減しつつ、屋敷の運営をスムーズにするための制度を導入した。
おかげで、屋敷の使用人たちは働きやすくなり、主人であるリチャードまでも 「仕事がしやすくなった」 と感謝している。
さらには、リチャードの財務管理を手伝い、貴族としての交渉ごとにも関わるようになり――。
「……あれ?」
書類の整理をしていたセーラは、ふと手を止めた。
「ちょっと待って、私、なんでこんなに働いてるの?」
「私、働かない貴族夫人のはずじゃなかった!?!?」
――気づけば、朝から晩まで仕事に追われている。
商人ギルドの顧問としての業務、屋敷の運営改善、夫の財務サポート、さらには簿記と珠算の普及活動……。
「……まるで前世の私みたいじゃない!」
転生してからというもの、セーラは 「働かなくていい生活」 を満喫するつもりだった。
それが今や――完全に働いている。
セーラは、頭を抱えた。
「これは……なんの罠?」
使用人たちの変化
屋敷のメイドたちは、最近のセーラの変化に気づいていた。
「奥様、本日もお忙しいのですね。」
「最近、お仕事をされているお姿をよくお見かけしますわ。」
彼女たちは口々にそう言う。
「いえいえ、そんなことは……」
セーラは誤魔化そうとしたが、ふと、屋敷の使用人たちの表情が以前よりも 明るく なっていることに気づいた。
「……そういえば、皆さん、最近楽しそうですね?」
メイド長が微笑んだ。
「はい、奥様が屋敷の管理を改善してくださったおかげです。」
「以前は、長時間労働で休憩も十分に取れませんでしたが、今では労働時間が調整され、皆の負担が軽くなりました。」
「しかも、お給金まで見直していただきましたし!」
「屋敷での仕事が、とても快適になりましたわ!」
メイドたちは嬉しそうに話す。
セーラは、そんな彼女たちを見て、ふと胸が温かくなった。
「そう……よかったですわね。」
彼女は、本当に やりたくて これをしていたのだろうか?
気づけば、使用人たちが快適に働ける環境を作りたくて、屋敷の運営に関わっていた。
それは、貴族夫人としての義務ではなく、彼女自身の意志だったのかもしれない。
「私は、本当に働きたくなかったのかしら……?」
そう考え始めた瞬間――「セーラ?」 という声が響いた。
振り向くと、そこにはリチャードが立っていた。
夫の視線
リチャードは、セーラの様子をじっと見つめた後、静かに言った。
「……また、仕事を増やしたな?」
彼の言葉に、セーラは 「うっ」 と口をつぐんだ。
「最近、君はずっと忙しそうにしている。」
「屋敷の運営、商人ギルド、簿記と珠算の普及……。君は、ただの貴族夫人でいるつもりだったのでは?」
リチャードの言葉は、まさに 核心 を突いていた。
「それは……その……」
セーラは目を逸らしながら言い訳を探す。
「私、気づいたら、やりたくなっていたんです……!」
「屋敷の管理を見直すのが楽しくて、商人ギルドの人たちが成長するのを見るのが嬉しくて……。」
「そして、あなたのお手伝いをするのも、嫌ではなくて……。」
リチャードは、彼女の言葉を静かに聞いていた。
「だから……私は、ただ働かないで過ごしたかったわけではなかったのかもしれません。」
「私は、やりたいことをやっていたんです。」
そう言った瞬間、セーラはようやく気づいた。
彼女は「働いていた」のではなく、「やりたいことをしていた」だけだったのだ。
前世では 「生活のために働くこと」 が当たり前だった。
でも、今は 「誰かの役に立つこと」 に喜びを感じていた。
それは、まったく違うことだった。
リチャードは、彼女の言葉を聞いて微笑んだ。
「なら、いい。」
「え?」
「君が本当にやりたいことをしているのなら、それでいい。」
彼は、そっと彼女の頬に触れた。
「ただし、無理はするな。」
「君は一度、過労で倒れたことがあるのだから。」
セーラは、彼の優しい言葉に思わず胸が詰まった。
リチャードは、彼女のことを本当に気にかけてくれている。
「……ありがとう、旦那様。」
彼の温もりを感じながら、セーラは 「私は今、幸せだ」 と思った。
「私は、私のやりたいことをやる。」
結局、セーラは働かない貴族夫人ではいられなかった。
でも、それが悪いことではないと気づいた。
「私は、私のやりたいことをやる。」
そう決めたとき、彼女の心はとても軽くなった。
こうしてセーラは、貴族夫人でありながら、商業の発展にも関わり続けることを選んだ。
そして、彼女の影響は――さらに大きく広がっていくことになるのだった。
8-2. すべては「やりたくてやっている」
「それで、次の商人ギルドの会合では、新しい取引ルールについて話し合う予定ですわ。」
夕食の席で、セーラは自然と仕事の話をしていた。
向かいに座るリチャードは、ワインを飲みながら彼女の話を聞いていた。
「ふむ……君が関わるようになってから、ギルドは確実に変わっているな。」
「まあ、いい方向に進んでいるのなら嬉しいですけど……。」
セーラはため息をついた。
「働かない貴族夫人になるはずだったのに、気づいたら毎日忙しくなっていましたわ。」
リチャードはクスッと笑った。
「それでも、君は楽しそうだ。」
セーラは、彼の言葉にドキリとした。
「楽しい……?」
「君は、気づいていないのか?」
リチャードは静かにワインを回しながら言った。
「君がギルドの商人たちと議論するとき、君が簿記や珠算を教えるとき……君はとても楽しそうに見える。」
「それは、私が……?」
セーラは少し考えた。
確かに、彼の言う通りだった。
簿記を教えるとき、商人たちが目を輝かせるのを見ると嬉しかった。
財務管理を改善し、屋敷の使用人たちの待遇が向上したとき、心が温かくなった。
「……そうですね。私は、やりたくてやっていたのかもしれません。」
セーラはしみじみと呟いた。
「働かない貴族夫人を目指していたはずなのに……。」
リチャードは静かに笑った。
「それは、君が本質的に“やるべきこと”を見つけるのが得意だからだろう。」
「やるべきこと……?」
「君は、問題を見つけると、それを解決したくなる性格なのだ。」
「ギルドの財務が混乱していたときも、屋敷の使用人たちの待遇が悪かったときも、君はそれを見過ごせなかった。」
「その結果、君は自ら動いて、環境を良くしていったのだ。」
リチャードの言葉を聞きながら、セーラは静かに納得した。
――私は、本当に働きたくなかったのか?
そうではない。
彼女はただ、自分が楽しく過ごすことを優先していた。
そして、自分の関わる場所がより良くなるのを見ることが楽しかったのだ。
---
「自由」ではなく「選択」
食事を終えた後、二人は書斎に移動した。
「君が顧問になってから、ギルドの収支が驚くほど安定している。」
リチャードは机の上の帳簿を開きながら言った。
「これまで商人たちは、それぞれのやり方で財務管理をしていたが、君の指導によって統一されたルールができつつある。」
「おかげで取引の透明性が向上し、不正の抑止にもなっている。」
「……そんなに影響があったのですね。」
セーラは自分のやってきたことの大きさに改めて驚いた。
「本当に、ここまでくるとは思っていませんでしたわ。」
リチャードは静かに頷いた。
「だからこそ、私は君にもう一度確認しておきたい。」
彼は彼女を真剣な眼差しで見つめる。
「君は、本当にこれからもこの道を進みたいのか?」
「……!」
セーラは一瞬、言葉を失った。
彼は、彼女の意思を尊重し続けてくれている。
そして今、彼女自身に決断を委ねているのだ。
彼女は静かに考えた。
働かない貴族夫人としての生活を捨てたわけではない。
しかし、彼女が本当に求めていたのは 「自由」 ではなく 「選択」 だったのかもしれない。
「……私は。」
セーラはゆっくりと口を開いた。
「私は、やりたいことをして生きていきたいです。」
「だから、これからもギルドの仕事に関わり、簿記と珠算を広め、貴族としての責務も果たします。」
「それが私の“選んだ道”ですわ。」
リチャードは彼女の言葉を聞いて、静かに微笑んだ。
「そうか。」
彼は優しく彼女の手を取った。
「君が選んだ道なら、私は何も言うまい。」
「ただ、一つだけ。」
彼の瞳が、少しだけ厳しさを帯びる。
「無理はするな。」
「……!」
「私は、君が倒れる姿を二度と見たくない。」
セーラは、彼の言葉に胸が熱くなった。
この人は、本当に彼女のことを大切に思ってくれている。
「……分かりましたわ。」
彼の手を握り返しながら、セーラは微笑んだ。
---
「やりたいことをする人生」
それからの日々。
セーラはますます忙しくなった。
簿記と珠算の講習会はさらに人気を博し、新たな教育制度が確立された。
商人ギルド内には、正式に財務管理部が設置され、商業の基盤が安定し始めた。
そして、彼女の活動は貴族社会にも影響を及ぼし、他の貴族たちも経済の仕組みを学ぶようになっていった。
ある日、セーラはふと気づく。
「私は、本当にやりたくてやっているんだわ。」
彼女は、ただの貴族夫人ではなくなった。
けれど、それは決して悪いことではない。
自分が選んだ道を歩んでいるのだから。
「これからも、私は私のやりたいことをやるわ。」
そう心に決めたとき、彼女の中には迷いが一切なくなっていた。
---
リチャードの一言
夜、リチャードと並んで紅茶を飲みながら、セーラはふと微笑んだ。
「旦那様。」
「なんだ?」
「私、本当に貴族夫人としてのんびり暮らすつもりだったのに、どうしてこうなったのでしょう?」
リチャードは静かに微笑みながら言った。
「それが、君だからだ。」
その言葉に、セーラは 「確かに!」 と思わず吹き出した。
こうして、彼女の 「働かないつもりだったのに働いてしまう人生」 は、今後も続いていくのだった。
47
あなたにおすすめの小説
『お前とは結婚できない』と婚約破棄されたので、隣国の王に嫁ぎます
ほーみ
恋愛
春の宮廷は、いつもより少しだけざわめいていた。
けれどその理由が、わたし——エリシア・リンドールの婚約破棄であることを、わたし自身が一番よく理解していた。
「エリシア、君とは結婚できない」
王太子ユリウス殿下のその一言は、まるで氷の刃のように冷たかった。
——ああ、この人は本当に言ってしまったのね。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ
鷹 綾
恋愛
「魔法の無駄遣いだ」
そう言われて婚約を破棄され、南方の辺境へ追放された元・聖女エオリア。
けれど本人は、まったく気にしていなかった。
暑いならエアコン魔法を使えばいい。
甘いものが食べたいなら、全自動チョコレート製造魔法を組めばいい。
一つをゆっくり味わっている間に、なぜか大量にできてしまうけれど――
余った分は、捨てずに売ればいいだけの話。
働く気はない。
評価されても困る。
世界を変えるつもりもない。
彼女が望むのは、ただひとつ。
自分が快適に、美味しいものを食べて暮らすこと。
その結果――
勝手に広まるスイーツブーム。
静かに進む元婚約者の没落。
評価だけが上がっていく謎の現象。
それでもエオリアは今日も通常運転。
「魔法の無駄遣い?
――快適な生活のために、全部必要ですわ」
頑張らない。
反省しない。
成長もしない。
それでも最後まで勝ち続ける、
アルファポリス女子読者向け“怠惰ざまぁ”スイーツファンタジー。
婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~
sika
恋愛
社交界で名高い公爵令嬢・アイリスは、婚約者である王太子に冤罪をでっち上げられ、婚約破棄と同時にすべてを失った。
誰も信じられず国外に逃れた彼女は、名を偽り辺境の地で静かに生きるはずだった――が、そこで出会った青年将軍が、彼女に異常なまでの執着と愛を向け始める。
やがて明らかになる陰謀の真相、そして王都から彼女を探す“元婚約者”の焦燥。
過去を乗り越え、愛を選ぶ彼女の物語は、痛快な逆転劇と甘く濃密な溺愛とともに幕を開ける。
転生したら没落寸前だったので、お弁当屋さんになろうと思います。
皐月めい
恋愛
「婚約を破棄してほしい」
そう言われた瞬間、前世の記憶を思い出した私。
前世社畜だった私は伯爵令嬢に生まれ変わったラッキーガール……と思いきや。
父が亡くなり、母は倒れて、我が伯爵家にはとんでもない借金が残され、一年後には爵位も取り消し、七年婚約していた婚約者から婚約まで破棄された。最悪だよ。
使用人は解雇し、平民になる準備を始めようとしたのだけれど。
え、塊肉を切るところから料理が始まるとか正気ですか……?
その上デリバリーとテイクアウトがない世界で生きていける自信がないんだけど……この国のズボラはどうしてるの……?
あ、お弁当屋さんを作ればいいんだ!
能天気な転生令嬢が、自分の騎士とお弁当屋さんを立ち上げて幸せになるまでの話です。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
安らかにお眠りください
くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。
※突然残酷な描写が入ります。
※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。
※小説家になろう様へも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる