見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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3-2 教育改革の“見えない敵”

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3-2 教育改革の“見えない敵”

 ディオール領に設立された平民学舎――。
 開校からわずか数週間、あれほど賑わっていた教室は、今や閑散としていた。
 椅子の半分が空席。黒板には、途中で止まったままの文字。

「……どうして、こうなってしまったの?」

 執務室の机に両肘をつき、セリカ・ディオールは沈思していた。
 書類の上には、教師からの報告書がいくつも並んでいる。どれも似たような内容だ。

> 「子供が通わなくなった理由は不明」
「家庭の事情により退学」
「出席率低下、改善の兆しなし」



 どの報告も、原因を突き止めようとする意志が感じられない。
 セリカは深く息を吐いた。

「まるで“誰も悪くない”って言いたいみたいね……」

 彼女の声は冷たく、静かだった。
 教育の機会を広げる――それは領地改革の中でも、彼女がもっとも力を入れていた計画だった。
 なのに、数週間でこの有様。焦りよりも、強い違和感が胸を締めつけていた。

(きっと、何か見えない理由がある。……現場の声を聞かなくては)

 セリカは羽ペンを置き、決断の瞳を上げた。

「――エル・ドライドを呼んで」

 執事が一礼して去る。
 数分も経たぬうちに、灰色の外套をまとった男が扉を開けた。

「呼ばれましたので、参上しました。セリカ殿」

「ええ、相談したいことがあるの。学校のことよ」

 セリカは机の上の資料を彼の前に並べた。
 平民学舎の出席率、退学理由、教師別の授業評価――全てをまとめた“測定表”だ。

「ご覧の通り、開校から三週間で出席率が半分以下に。原因を探っても、何も見えてこないの」

 エルは無言のまま書類を手に取り、視線を滑らせた。
 やがて、淡々と呟く。

「……“不明”が多いですね。教師が自らの怠慢を記すはずもない。
 恐らく――報告の時点で隠蔽されています」

「隠蔽?」

「はい。“学ぶ価値がない”と見下しているのでしょう。
 教育を受ける側ではなく、“与える側の気分”で動いている」

 セリカの目が細くなる。
 彼女の中に、薄氷のような怒りが静かに広がった。

「……やっぱり、教師たちね」

「ですが、叱責では解決しません。
 彼らにとって“平民を教える”のは、誇りを失う行為です。
 ――誇りを奪ったまま、忠誠を求めるのは愚策です」

「つまり、“誇りの再定義”が必要、ということね?」

 エルは小さく笑みを浮かべた。
 セリカの理解の速さに、少し驚いたようだった。

「おっしゃる通りです。
 彼らに“教える意味”を与えるのです。単に命令するのではなく、彼らが“成果を示したくなる仕組み”を作る」

「仕組み……たとえば?」

「数字です。測る自由を使えばいい。
 平民の学力上昇、出席率、家庭の協力度――それらを“教師ごとに公開”する。
 競わせるのです。誇りを“比較”に転換する」

 セリカの瞳が輝いた。
 まるで霧が晴れたように、答えが形を成していく。

「教師の“名誉”を、貴族ではなく数字で決める……。
 それなら、彼らも結果を出さざるを得ないわね」

「ええ。ただし、公開の仕方を誤れば反発が起きる。
 “評価”ではなく“進歩”を示す形で掲示するのが理想です」

「なるほど……“競争”ではなく“成長”の数字にするのね」

 セリカは頷き、羽ペンを手に取った。
 エルはそんな彼女を見つめながら、心の中で思う。

(やはり、この子は――ただの理想主義者ではない)

 彼女の言葉には感情があるが、決断には論理がある。
 それが、他の貴族たちとは決定的に違っていた。

「エル・ドライド。あなたの助言、感謝します。
 教師たちの意識を変える前に、“数字で動かす”仕組みを整えましょう。
 その上で、彼らの心を変えるのは――私の役目」

 セリカは立ち上がり、小さな手で学舎の地図を指さす。

「明日、もう一度現場を見に行くわ。
 ――数字では測れない“心”を、確かめたいの」

「危険ですよ。教師の中には、改革を快く思っていない者もいます」

「平民の学校を壊そうとする者がいれば、それは領地を壊す者と同じ。
 なら、私は領主として行くわ」

 エルは苦笑し、肩をすくめた。

「……わかりました。では、同行いたしましょう。
 貴族も平民も、氷も炎も――“教育”の前では平等ですから」

 その言葉に、セリカはわずかに微笑んだ。
 そして、胸の奥で静かに誓う。

(――必ず、この学舎を守り抜く。
 “教えることの価値”を、この国に示してみせる)

 こうして、セリカ・ディオールとエル・ドライドの“教育改革戦線”は、静かに動き出したのだった。
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