見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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16-3 表向きのアプローチ

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第16章 シビック編

16-3 表向きのアプローチ

 リュミエール王国の第三王子――シビック・リュミエールは、策略を練ることにおいて天才だった。
 彼はすでに、セリカ・ディオールという名の少女が王国全体に及ぼす影響を正確に見抜いていた。
 その才能、民を惹きつける徳、そしてディオール領の富。
 どれを取っても、彼女を味方につけることは王国支配の近道だった。

 ――ただし、強引に動いてはならない。

 力で押せば、彼女は必ず反発する。
 天才とは、押さえつけられることを最も嫌うものだ。

 だからシビックは、「真摯な協力者」を演じることにした。
 それが彼の「表向きのアプローチ」だった。


---

 季節は春。
 王都の宮廷では、王国の繁栄を祝う晩餐会が開かれていた。
 金色の燭台に灯る炎が、磨き上げられた大理石の床に反射し、
 貴族たちの笑声が花のように咲き乱れている。

 シビックは、銀の杯を手に取りながら、遠くの席に座るひとりの少女を見つめた。

 ――セリカ・ディオール。

 まだ幼いが、その存在感はすでに周囲の大人を凌駕していた。
 背筋をまっすぐに伸ばし、どんな貴族からの言葉にも怯まず応える。
 まるで、小さな女王のような落ち着きと気品。

 (なるほど……王国を動かす器だ)

 シビックの唇が、わずかに笑みを描いた。
 その笑みは柔らかく見えて、実際は冷たい計算の色を帯びていた。


---

 晩餐が中盤に差しかかった頃、
 シビックは絶妙なタイミングで彼女の席に歩み寄った。
 ディオール家の従者たちが一瞬身構えたが、
 シビックは穏やかな声で語りかけた。

 「セリカ・ディオール様――お目にかかれて光栄です。
  王都では、貴女の名を聞かぬ日はありません。
  その才覚、そして領民からの信頼……まさに理想の指導者と呼ぶにふさわしい。」

 その声音には、完璧なまでの敬意がこもっていた。
 どこにも隙がない。
 まるで、心から彼女を称えているように。

 セリカは一瞬、わずかにまばたきをした。
 そして、丁寧に礼を返す。

 「ありがとうございます、シビック王子。
  けれど私はまだ、父の補佐にすぎません。
  領地がここまで発展できたのは、支えてくださる方々のおかげです。」

 幼いながらも謙遜を忘れない――その姿勢に、
 シビックはますます興味を抱いた。

 「謙虚さまでもお持ちとは。
  やはり、ディオール家の血筋は只者ではないですね。
  もし叶うなら……いつか、私の領地でも貴女の知恵をお借りしたい。」

 セリカの瞳がわずかに揺れる。
 王族から直接の要請――だが、その声には不思議と圧力がなかった。
 むしろ、彼女の意志を尊重するような柔らかさがあった。

 「王子の領地でも……ですか?」

 「ええ。
  リュミエール全体の発展のために、互いに手を取り合うべきだと思うのです。
  例えば、貴女のディオール領の農業改革を、
  他の地方にも広めることができれば――
  国全体の食料問題が解決するでしょう。」

 シビックの提案は、極めて現実的で、しかも魅力的だった。
 だからこそ、危険でもある。

 セリカは短く息を吐き、微笑みを保ったまま答えた。

 「それは確かに、素晴らしい考えです。
  王国全体の利益を考えるのは、貴族の務めですから。」

 ――だが、彼女の心の奥には小さな警鐘が鳴っていた。

 (この人……あまりにも“完璧”すぎるわ。)

 言葉の端々に矛盾がない。
 表情も、仕草も、すべてが計算され尽くしている。
 セリカは幼いながらに、相手の思考の“深さ”を直感的に読み取っていた。


---

 晩餐の終盤、二人は何度か軽い談笑を交わした。
 表面上は、王子と公爵令嬢の穏やかな対話。
 だが、その裏では、静かな探り合いが続いていた。

 シビックはセリカの返答の一言一言を記憶し、
 彼女の価値観、反応、思考の傾向を分析する。

 セリカもまた、王子の目線の揺れ、言葉の抑揚、
 わずかな沈黙までも観察していた。

 ――互いに“駆け引き”を理解する者同士。

 それでも、笑顔だけは絶やさない。
 周囲から見れば、まるで信頼関係が芽生えたかのように見えただろう。


---

 晩餐が終わり、シビックは退出の際に軽く頭を下げた。

 「本日は貴重なお話をありがとうございました、セリカ様。
  次にお会いできる日を楽しみにしております。」

 「こちらこそ、シビック王子。
  またお会いできるのを、楽しみにしておりますわ。」

 そう言って微笑んだセリカの横顔に、
 シビックは冷ややかな目を向けながらも、
 内心でひとつの結論を下していた。

 ――この少女は、ただの天才ではない。
 ――手懐けるのではなく、“取り込む”しかない。

 彼の胸の奥に潜む野心が、静かに熱を帯びる。


---

 月光の差し込む宮殿の廊下を歩きながら、
 シビックは心の中で呟いた。

 「まずは信頼を。
  次に依存を。
  そして最後に――支配を。」

 その声は低く、誰にも聞こえなかったが、
 確かに夜気を震わせた。

 こうして、シビックの“表向きのアプローチ”は完璧に幕を開けた。
 それは一見、優雅な協力の申し出。
 だが実際には、セリカを王国最大の駒として手中に収めるための、
 冷徹な布石だった。


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